第五章 麻希
「なんでお前がここに」
言った俺は危険女を睨み付けた。
しかしまあ、扉があるのに窓ガラスを割って侵入して来るとは、この女の頭の中には常識だとか道徳などというものは欠落………いや、陥落してるに違いない。
「あんたこそ。なんでここにいるのよ」
それが蹴りをもらってまで道案内をしてやった者に対する態度か?
「何?根に持ってんの?」
持つわ。
「弟とどういう関係か知らないが、ここは君のようなか弱い女性が来る場所ではない。悪いことは言わん、早々に去れ」
無駄だよ、兄貴。そんな上から目線で物を言えばきっと、
「神経質そうな男だな。顔の割にモテないと見た」
「な……ッ!」
そういう女なんだよ。
ビシッと兄貴を指差し言った危険女は、チラリと俺の右手を見て、
「刻印………ひょっとしてあんたら、ロザリオカルヴァ!?」
明らかに警戒する体勢を取った。
「なんでそれを………!」
俺は再び刻印の力を溜める。刻印を知ってるということは、ただモンじゃない。
「ロザリオカルヴァ………真神一族の者なら、話し合う必要はないわね」
危険女はファイティングポーズを取る。おいおい、バトルする気かよ。
「うふふ。なんだか賑やかになって参りましたわねぇ」
「あんた、魔女ね?」
「ええ。いかにも。魔女ですわ」
「あんたはブレーメンで保護するわ。安心して」
ブレーメン?それって確か………
「そうか。魔女保護組織、ブレーメンなのか、お前」
兄貴は銃口を魔女から危険女に向ける。
兄貴が車ん中で言ってた、魔女保護法を掲げる組織。この女が?
「ああ。ブレーメンの方ですの。貴方様の噂もお聞きしてますわ」
「だったら話が早いわ。私に着いて来て!」
「お断りします」
「ちょっ………な、なんでよ!守ってやるって言ってんのに!」
「余計なお世話です。守るとか守らないとか、勝手にお決めにならないで頂きたいものですわ」
魔女は不愉快な顔で髪を指で巻くと、
「さて、そこの殿方」
「なんだ」
兄貴を呼ぶ。
「先程の銃声から、神父様を殺したのだと察しますが?」
「………見抜かれていたからな。こちらの素性を。殺られる前に殺ったまでだ。それがどうした?」
「それを聞いてホッと致しました。神父が居なくなれば、魔女は自由を手に入れます。従って、わたくしを拘束するものは何もなくなったワケです。」
魔女はツツーっと天井付近まで浮遊すると、
「感謝しますわ。ロザリオカルヴァのお二方」
ドレスの裾を持ち上げ会釈する。そして、
「せめてものお礼に、名を名乗りましょう。わたくしの名はシンデレラ。時間制限の魔女でございます。皆様がわたくしを追う限り、またお会いすることもございましょう。では、ごきげんよう」
粉のような光になって消えた。
「やれやれだな。また親父に怒られる」
二十歳を過ぎて親父を怒られる心配をしなければならないとは、兄貴は兄貴で大変なのかもな。真神の跡取りとして。
「じゃあ解散だな。兄貴、悪いけどホテルまで送って………ぐあっ!」
「この変態男ッ!どーしてくれんのよ!魔女に逃げられちゃったじゃない!」
「な………なんでいちいち蹴るんだ!お前は!」
「うるさいっ!変態男に『お前』呼ばわりされる筋合いはないわ!」
我慢にも限度がある。こいつのせいで俺の肉体は悲鳴を上げっぱなしだ。
「誰が変態だ!だ・れ・が!」
このままじゃ収拾が着かないと思ったのか、兄貴が割って入って来た。
「魔女に逃げられた以上、手ぶらで帰るのも忍びない。ブレーメンの情報くらい、持って帰るとするか」
安全装置を外したままの銃を構える。
「おい!兄貴!」
「心配するな。素直に吐けば無傷で帰してやる。そんなことより、知り合いかどうか知らんが、真神の敵を庇い立てするのは見過ごせんぞ。わかったなら、さあ、そこをどけ!アロウ!」
割って入った兄貴と危険女との間に、今度は俺が割って入る。
「女子高生相手に銃はマズイだろ!」
「問題無いと言っただろう。魔女狩りに支障をきたす者を殺しても、罪に問われることはない!」
だから真神が嫌いなんだ。
政府からの依頼だかなんだか知らないが、盾突く者を叩きのめそうとする根性が気に入らない。
「アロウ!」
と、兄貴が叫ぶと、“あの”感覚が俺の背中を襲い、
「ぐえっ!」
奇っ怪なうめき声を上げて兄貴にもたれる。
また蹴りやがったんだ。ホント、足癖の悪い女だ。
「覚えてなさい。今度はあんた達より先に、魔女を保護してみせるから!」
そう言って、逞しく去って行った。
「待て!………くっ、この愚弟め!」
突き飛ばされ尻餅を着く。ったく、どいつもこいつも人をなんだと思ってんだ。
「んだよ………別にまたチャンスはあんだろ」
「だからお前はダメなんだ!仕事というのはだな………」
得意のお説教が始まった。
大体、仕事ってのは報酬があって成立するもんだろ。魔女狩りを仕事にしたつもりもないしな。
魔女………か。初めて見たな。イメージとは大分違ってはいたが、間違いなく妖かしの気配だった。それよりかは幾分、人に近いものだったけど。
それと危険女。あいつブレーメンだったのか。女子高生を制服姿のまま使う組織って一体………。もっとこう、ナントカスーツみたいなもの着たりしないのか?
あれこれと思慮しなければならないことが山ほどある。
「ん?なんだあれ?」
一向に止まない兄貴の説教から目を背けると、学生証を見つけた。
「聞いてるのか!」
「わかったよ、兄貴。今度からはもっと気をつけるって」
「………わかればいい。なら帰るぞ。とにかく親父に報告だ」
言うだけ言うと、兄貴は教会を後にする。
「ふぅ。あぶねーあぶねー」
兄貴が気付かず素通りした学生証を拾うと、そこには、
『白南高等学校 進学科 二年二組 道和麻希』
あの危険女の顔写真と一緒に、そう書かれていた。
「何やってるんだーっ!置いてくぞ!」
「今行くよ!」
明日、届けてやろう。聞きたいこともあるからな。
三年ぶりの故郷は、まだまだ俺を落ち着かせてはくれそうにもなかった。




