終節
街は元に戻ったが、一人になった俺は特に行くところもなく、かと言って誰もいない屋敷に帰る気にもなれず、またブレーメンに足を向けていた。
ブレーメンの敷地に入り、中庭に進む。雑音が遮断され、心地好いんだ。
悦に浸るわけではない。そういう気分じゃあないからな。
中庭へ行く門を開け、枯れ葉を踏んで入る。と、そこにジャンヌがいた。
「ジャンヌ………何か忘れ物か?」
てっきりクダイと旅立ったとばかり思っていた。
俯いたまま、顔上げようとしないので、こっちから近づいてやった。
ジャンヌは泣いていた。
「お、おい、どうしたんだ!?」
「ボクは………捨てられた」
「捨てられたって………なんだよそれ?」
「クダイ様は、ボクをこの世界に残して旅立った」
「なんだって?理由は?お前はアイツの一番の部下だろ」
「ハハ……笑ってくれ。部下どころか、ボクはあの方にとって、単なる捨て駒に過ぎなかったんだ」
あの野郎………俺ひとりが怒っても仕方ないことなのだろうけど、男として許せるわけがない。
「アロウ」
「え?あ、どうした?」
「ボクを消してくれないか………刻印で」
「な、何言ってんだよ!んなこと………」
「ボクは英霊。妖かしだ。君に消されるなら、文句はない」
「勘弁してくれ。アサキとユラのことで結構参ってんだ。これ以上、顔なじみを消したくはない」
「なら、取り引きと考えてくれ」
「取り引き?」
「狩った妖かしの力を、ロザリオカルヴァは奪うことが出来る。君がボクを狩れば、相応の代価を与えてやれる」
「今更、妖かしの力なんていらねーよ。戦いは終わったんだし」
「君に与えるのは力じゃない。ボクの記憶だ」
だから、記憶であってもいらないんだ。
「ボクはクダイ様がどうやって時間を超えるかわかる。一度だけ、やって見せてくれたから。その記憶があれば、もう一度アサキとユラを助けに行けるはずだ」
「!!」
「後生だ。惨めなまま生きて行くつもりはない。頼む。殺してくれ………」
見てられないぜ。主に捨てられ、行き場を失った女の姿は、見るに堪えない。
「それで………気が済むんだな?」
ジャンヌは頷いた。それがジャンヌの望みなら、叶えてやれるのはロザリオカルヴァだけか。
右手をジャンヌの前に翳す。叶えてやるよ。俺なんかで役に立てるのなら。
「次は………ただの女に生まれて来るといい」
刻印が熱くなり、ジャンヌの存在を消して行く。
「ありがとう。アロウ………」
感謝の言葉を残し消えたジャンヌに、俺は何を思えばいいのだろうか………。
翌日。陽射しの強い朝だった。この季節には珍しく、暖かさを感じさせた。
瞼を陽射しが突き抜け、少し乱暴に俺の睡眠時間に終わりを告げた。
「……………。」
ベッドの中から手を伸ばし、目覚まし時計をまさぐる。
「何時だ………?」
招き入れた目覚まし時計の針をよく拝む。
「………なんだよ、まだ七時か」
やることなんて何もありゃしないが、もうこの街に用はない。早く街を出て、自分の人生とやらを考えようじゃないか。
疲れの取れない身体にムチ打つように起き、でかい欠伸をかますと、冷たい酸素が脳に侵入して目を覚まさせてくれた。
「ふわぁ………」
おまけのような欠伸がポロリと零れた矢先、携帯電話の電子音が鳴り出した。
「電話?」
はて?誰が俺にかけて来たんだ?
サブディスプレイには“非通知”の文字。
「はい………もしもし?」
三度目の欠伸を堪え、けだるく通話に応じてやった。………のに、向こうからは何の返答もない。
「もしも〜し。どちら様?」
『……………。』
「………誰だかわかんねーけど、悪戯なら俺じゃなくて他の誰かにしてくれないか」
『……………。』
「テメェ………ふざけんなよ!誰だッ!名前くらい言え!」
『その分だと、あまり落ち込んではいないようだな』
「その声!!お前!!」
聞き覚えのある声。一気に眠気が吹っ飛んだ。
「お前、グリムだな!」
『覚えててもらって光栄だな。すっかり忘れられたんじゃないかと心配したぞ』
「バカな!お前は死んだはずだ!」
クダイが首を切り落としたんだ。生きてるわけがない。
『そう思うなら、窓の外を見てみろ』
言われるがまま、勢いよく窓を開け外を見る。そこには、紛れも無いグリムがいた。
『驚いたかね?』
「な……なんで………?」
俺は固まったまま動けなかった。声さえ自由を奪われてしまっている。
死んだはずのグリムが、下から俺を見て笑ってやがる。
寒気がする。明らかな絶望感が俺を襲う。信じたくないが、世界は………またループしたんだ。
『さあて、始めようか………アロウ。今度はお前の内面世界だ』