第四十七節 離別
金環日食が完成した。すっかり暗くなり、空には金色の環が俺達を見ていた。
ブランシェットが現れる。はずだ。
「………おかしい」
しかし、クダイが呟いたように、どうにも様子がおかしい。待てど暮らせど、何も起きる気配がない。泣く間を惜しんで見定めようとしてるのにだ。
「おかしいじゃねぇよ。何も起きねーじゃねーか」
「………そんなはずはない。僕の考えに間違いはないはずだ」
「どっからその自信は出て来るんだ!神様だからか!アサキとユラは………!」
もう一発ぶん殴ってやろうと拳を振り上げた時、
「待って!」
ジャンヌが叫んだ。俺を止めたわけではなく、ハッと我に返った俺はその意味を理解した。
「これは………異次元空間!?」
暗がりが変化を見せ、淀んだ空間へ姿を変えた。
相変わらず金色の環はお高く止まっている。
「どうして異次元空間が………」
「違う」
俺を否定するようにクダイが言った。
違うって言われても、明らかに異次元空間だろ。何が違うんだ?
「………これは…………ディメンジョンバルブ!」
「ディメンジョン………?」
「ディメンジョンバルブ。時間と時間を繋ぐ道の中だ!」
クダイが慌てている。俺には親父と戦った時の空間にしか思えないが、そうではないらしい。
「こんなこと………まさか、あの金色の環がディメンジョンバルブだっていうのか?」
「クダイ。何をそんなに慌ててるんだ?」
お前が取り乱すと、なぜか不安になる。
なのに、クダイは俺を完全に無視して金色の環を見ている。
「クダイ様………あそこ!」
またしても、ジャンヌが何かを発見したらしく、声を上げた。
観察力が凄いのか、はたまた洞察力に優れているのか、彼女が指差す先。俺達の視線の先に、一人の成人の女が立っていた。
「ブランシェット」
俺が言うと、
「シトリー………」
クダイがその女の名を口にしたが、でもソイツは、ブランシェットだ。
「知り合いか?」
しかし、クダイはそのブランシェットに目を奪われたままだ。
「シトリー………君なのかい?」
よろよろとブランシェットに近づいて行く。一歩一歩、確かな道を選ぶように。
「間違いない………シトリー、君なんだね」
「……………。」
ブランシェットは何も答えず、佇んだままだ。
右手には杖を持ち、際どいコスチュームでグラマラスな印象を受ける。
何者だ?
「おい、クダイ」
呼び止めようとした俺を、ジャンヌは首を横に振って止めた。黙って見てろと。
「ハハ………すっかり大人になったね。僕もだけど。何て言うか、綺麗になったよ」
「……………。」
「こんなところで君に会えるなんて、思ってもみなかった。嬉しいよ」
「……………。」
「そうだ、君に謝らなきゃ。僕は君達の世界を壊してしまった。やむを得ない事情だった。許して欲しい」
クダイがブランシェットに触れようとした瞬間、まるで感電したようにクダイに衝撃が走る。
「うわあぁぁっ!!」
「……………。」
微動だにしなかったブランシェットが、少し焦点をクダイに寄せる。
「シトリー………僕だ!クダイだ!わからないのか!」
「……………。」
無言を貫くブランシェットに、少し苛立ったのか、
「どうして何も言ってくれないんだ!覚えてるだろ?一緒に戦ったじゃないか!頼むよ………シトリー。罵声でもいい、君達の世界を壊したことを軽蔑してもいい、どんな言葉でもいいんだ!君の………君の声を聞かせてくれよ………」
一瞬のフラストレーションの爆発も、すぐに消え失せ力なく膝から落ちた。
余程ショックらしい。態度を見てれば、ブランシェットはクダイが好意を寄せる女だとわかる。
「………でもよかった。君が生きててくれて。それだけでも、僕は救われた」
「………クダイ」
「!!!………シトリー?」
ブランシェットは、確かにクダイの名前を呟いた。俺もちゃんと聞いた。
「シトリー………わかるんだね?僕が!」
ところが、ブランシェットはそれっきりまただんまりを決め、パアッと光ったかと思うと、次の瞬間にはいなくなっていた。
「シトリー!?シトリーーーッ!!」
そして、月は太陽の前から去り、元の街に………壊滅前の街の姿に戻っていた。
「クダイ様………」
ブランシェットを見て取り乱したクダイを見たジャンヌの胸中は、まだ悲痛な叫び声を上げているのだろう。
「クダイ」
俺は、ブランシェットのことを尋ねようとしたが、
「ハハ……ハハハ…………そうか、シトリーは………生きてるんだ!壊した世界の破片の中で………まだ!」
今のクダイには聞いても無駄かもしれない。
「ジャンヌ」
立ち上がったクダイは、それまでの頼りなさを皆無にしたように勇ましく彼女を呼ぶ。
愛する主の声にジャンヌは即座に、
「はい」
返事した。
「帰ろう。もうこの世界に用はない。シトリーが生きてることがわかっただけで充分だ」
「………では、次の世界に?」
「ああ。壊した世界の破片を集める方法を探しに旅に出る」
嫌味なくらい青い空は、クダイの新たな決意を引き立てているようで、俺は内心ムカついていた。
「クダイ。ブランシェットは、お前の知り合いか?」
「僕のお姫様だよ」
と、調子良く言う。
「アロウ。君とはここでお別れだ。楽しかったよ」
「待ってくれ。こんなんで本当に時間が進むのかよ」
「………ああ。大丈夫だ」
「信じるぜ?」
「フッ。十七年後、せいぜいグリムに化けないようにすることだね」
「ほざけ」
「じゃあ。いい未来を」
長い髪を掻き上げ、クダイとジャンヌは消え去った。
「本当に、これで終わったのか………」
あまりに単純過ぎる終焉に、半ば晴れない気持ちだった。
旅に出ると言っても、特別、仕度することはない。身体ひとつで行けばいいのだから。
そうジャンヌに話すと、クダイは元に戻った街を眺めた。
「ブランシェットを探しに行くのですね」
英霊として召喚されたジャンヌは、愛する主との新たな旅に胸を踊らせていた。
「ブランシェットではない。シトリーだ」
ちょっと不機嫌にそう返したクダイは、やはりシトリーのことしか頭にないのだろう。
踊るジャンヌの胸も、隅の方ではチクチクと痛んでいる。
「失礼しました」
それを我慢し、謝罪をする。全てはクダイを愛するがゆえ。
「ジャンヌ」
「はっ」
「君に頼みがある」
「はっ。何なりと」
こうやって、クダイの願いを叶えて行くことだけでしか傍にいれない立場。
「君はこの世界に残って、アロウを監視してくれ」
「…………え?」
「グリムは時間超えを僕から聞いたと言った。だが、僕は言った覚えがない。これから先、万が一にもアロウに時間超えをされては困るんだ」
「……………。」
ただ唖然と聞くしかない。共に行けると思っていたのに、残れと言われたのだ。
「時間移動なんて、限られた存在だけがすること。そんな簡単に時間移動されたら、僕は何の為にこの手を汚して来たのかわからなくなる」
「待って下さい!私も一緒に連れて行ってはもらえないのですか!」
「聞いてなかったのか?君はここに残るんだ」
「そんな………」
「これは命令だ。しっかり監視してくれ。もし、アロウに時間超えの気配があった時は、迷わず殺すんだ。いいね?」
愕然と全身の力が抜ける。
「僕は行くから。後は頼んだよ」
それがクダイからの最後の言葉だった。
クダイは空を見上げると、彗星の如く飛んで行った。
「クダイ様…………うっ………うわあぁぁーーっ!!」
慕い、崇めた神を信じた末路は、哀れにも捨てられるという惨めなものだった。




