第四節 狩人
「今夜は、月は期待出来ない空模様でございますね」
魔女は人懐っこく会話を求める。
「え、ええ、そうですね」
答えながら、懺悔室を見る。
早く出て来いバカ兄貴。お目当ての魔女だぞ。
青と白のドレスの魔女は、とてもおしとやかに微笑んでいるが、刻印で狩ってしまっていいのか?それとも兄貴を待つべきか?
手を後ろに回し、解らないように革手袋を外す。襲って来る気配はないが、備える必要はあるだろう。なんせ、あの親父が怪我を負わされるほどだ。この魔女の仕業かどうかは別にしても、油断は出来ない。
「あら?襟が立ってらっしゃいますわ」
ワイシャツの襟を、親切に直そうとしてくれる。その時、銃声が響いた。
懺悔室からだ。
「兄貴!」
緊張が走る。銃を撃ったのは、おそらく兄貴だとは思うのだが。
ふと、ゾッとするような感覚に見舞われ、無意識に立ち上がってた俺は魔女を見る。
「………貴方、その懐にあるもの………まさか……銃?」
しまった。ジャケットがホルスターに引っ掛かってやがった。
表情を一変させた魔女は、俺が刻印を構える前に、不思議な力で動きを防いで来た。
「ぬあっ?!な、なんだ……?!」
縛られてるのとは違う。例えるならそう、身体だけコンクリートに埋められてるような。
正直、これは苦しい。
十字架に張り付けにされたように腕が横に広がる。
「噂に聞いてはいましたけど………こんなに早くわたくしの下にいらっしゃるなんて。あぁ………不幸ですわ。そう思いません?ロザリオカルヴァ!」
綺麗な顔が、キリッと俺を射ぬく。
「知ってたのか………」
「わたくし達魔女を狩る狩人。うふっ。敵の情報くらい仕入れてはあります」
この状態では刻印は使えない。最悪だ。
それにしても、なんて笑みを浮かべやがる。さっきまでとは違う、獲物を仕留める時の残酷な笑みだ。
「ほう。そいつは光栄だな」
すると、懺悔室の扉がようやく開き、兄貴が銃を構えて出て来た。
「あ…兄貴」
「情けないぞ、アロウ。あまりみっともない姿を晒すな。真神の名が汚れる」
「うるせーっ!いいから早くなんとかしろよ!」
普段は嫌いな兄貴も、今ばかりは救世主に見え………ないが、とにかくこの状況をなんとか出来るのは兄貴しかいないのだ。
「だそうだ。悪いが弟を解放してやってくれ」
「くすっ。そうはいきません。狩人はわたくし達にとって脅威。そうでなくとも、貴方がたを相手にする暇はないんですから」
「交渉決裂だな。なら………」
一瞬だけ鼻で笑い、眼鏡をくいっと指で上げると、遠慮なく銃をぶっ放した。
銀の弾丸は魔女にかわされたが、注意が逸れたのか同時に俺も見えない力から解放された。
「女性に対して随分遠慮のないことで」
少し機嫌悪そうにした魔女に、
「そうでもない。私は紳士だ。まあ、生身の人間に限っての話だが」
銃口を向けたまま兄貴が歩いて来る。
「アロウ!刻印で狩れっ!」
「言われるまでもねぇっ!」
右手に意識を集中させると、刻印が金色に輝く。この光が妖かしを浄化………つまり消し去るワケだ。
「そういや、まだ名前聞いてなかったな。魔女さんよ」
妖かしとは言え、見た目は人間。消し去るという行為に抵抗は出てしまう。せめて名前だけでも覚えておいてやろう。
「名前だなんて………名乗るほどの者ではありません。そうですねぇ、強いて名乗るのならば、ブルームーンとでもお呼び下さい」
消されるってのになんて笑顔なんだ。
「さっさとやれ!アロウ!」
兄貴は相変わらず銃口をブルームーンと名乗った魔女に向け、動きを封じている。ちょっとでも動けば迷わず引き金を引く気だ。
銀の弾丸で魔女を仕留められるかどうかは解らない。さすがに魔女を相手にしたことはないからな。
「悪いな。こっちにも事情があるもんでね」
刻印の力を解放しようと手の平を開き掛けた時だった、
−ガシャンッ!!−
派手にガラスが割れ、女子高生が転がり込む。
「あっ!お、お前………!!」
両手に指貫きの革手袋を嵌め、髪をツインテールにして、キレのある瞳。危険女だ。
「……あら、……あんたは………」
互いに知れた顔。名前は知らなくとも、会う度に濃い出会いをしている。
「変態男じゃない」
もっと違う言い回しは出来んのか。兄貴に「知り合いか?」と囁かれたが、それはそれは深い溜め息でごまかした。
「最悪。一日に二度は会いたくなかったわ」
言うな。俺もお前に会いたくなかった。