第四十六節 日食
金環日食。その日が世界の境目だと思い、そして今日がその金環日食の日。
街は壊滅状態のままだが、空だけはやたら青々していて、見物客の限られた天体ショーの為の演出を気取ってるように見えた。
特に待ち合わせたわけではないのだが、だだっ広く空き地になってる場所へ行くと、クダイとジャンヌが待っていた。
「遅かったね。後10分もすれば金環日食が始まる」
涼しい顔で話すクダイとも、間もなくおさらばだ。どっかに行く気なんだろうし。
「決めて来たかい?」
俺の後ろにいるアサキとユラを見ている。
「ああ」
アサキとユラには、今朝全て説明した。金環日食を越えるには二人の命と引き換えだということも。
「なら結論を聞こう。時間がない」
時間がない………か。そうやって、何度も焦って来たんだ。
「………俺はアサキとユラを殺さない」
「………じゃあ、このまままたループするのかい?」
「他に道がないなら、見つかるまで何度でもループする」
「………ま、それもいいだろう」
クダイは意外とあっさり受け入れたようだ。
これでいいんだ。間違った選択はしていない。そう思ってると、
「クダイ」
アサキがクダイに歩み寄る。
「なんだい?」
「私とユラ………どういう関係なの?」
「薮から棒に聞くんだね」
「私に記憶が無い理由は聞いたわ。でも、それじゃ私って………」
「君と、そこのユラは、同一視されるべきだろうね」
「同じ人物ってこと?」
「いや………」
「わかりやすく言って!自分のことだもの、ちゃんと知りたいの!」
アサキ………。
「………わかった。なら言おう。君は神格化されたユラだ。これは僕の憶測だが、グリムの過去でユラは何か特別な存在だったんだ。魔女の大元とかね」
「魔女の大元?」
クダイがアサキからユラへ視線を動かす。
「ユラ、君はアロウのことが好きなんだね?」
と、唐突にこの男は何を言い出すんだ。ユラが俺を?大体、今そんなこと関係ないだろ。
「関係あるんだよ。さあユラ、どうなんだい?」
ユラは俯いたまま、
「はい。好きです。アロウ様のことが」
答えた。
だからと言って、それとこれと何の因果関係があるんだ?
「ユラは、アロウの傍にいたいと願った。しかし、それが叶わぬ願いだったんだ。強く想うあまり、別の形でアロウの傍にいるしかなかったんだ。もちろん、ユラ自身は無意識でのこと。で、アロウが気に入るような女性像のアサキが生まれたのさ。それもみな、グリムを名乗り過去へやって来た十七年前の君のせいだ」
んなこと言われても困る。十七年後、俺が何をするかなんて知ったことか。
クダイはそれが真実だと言わんばかりに話すが、二人にとってはピンと来ないだろう。
「でも、アロウの傍にいたいのなら、そう言えばいいのに」
アサキがそう言うと、
「私はアロウ様に恋をしてはいけない身分なんです」
自虐的に答える。
「身分なんて関係ないだろ」
俺はそんなこと気にしたこともない。だから、ユラがそう思ってることが淋しかった。
ところが、ユラは突然上着を脱ぎ出した。
白い膨らみが顔を出し、それを覆う下着まで………脱ぎ出した。
「ユ、ユラ?!何してるんだよ!」
目を背け、叫んではみるものの、脱いだ上着はそのままに、
「見てください」
俺達に背中を見せた。理由はわかった。ユラの綺麗な背中には、
「それは………刻印!」
そう。ユラの背中一面に刻印があった。
「なんで………ユラに刻印が………?」
刻印は真神の人間にだけ現れるもの。俺は恥ずかしさなど忘れ、ただユラの背中を見ていた。
「私にもアロウ様やセツハ様と同じ血が流れてるんです」
「なんだって?!ど、どういう………」
「私は真神ユラ。あなたの妹です」
呆気に取られたのは俺だけだろう。クダイ達には大して問題じゃないのだから。
「妹って言われてもなぁ………」
「異母兄弟と言うのでしょうか。母親は違いますが、父親は佐一郎様です」
あのバカ親父………隠し子がいたのかよ。それも、よりによってユラだなんて。
「だからアロウに想いを寄せても叶わないのか」
人の苦悩を尻目に、ジャンヌがたわけたことをしれっと言いやがった。
「叶わぬ願いを、形を変えて叶えようとした。でもそれだけじゃないだろ?」
クダイが言うと、ユラは小さく頷き、
「私の母は妖かし。魔女です」
なんとも返答の困る告白をしてくれる。
「ごめんなさい。黙ってて」
俺は………特に気にするようなことはない。
人と魔女の間に生まれた子供。ただそれだけのこと。
俺は、ユラが脱ぎ捨てた上着を拾い上げ、ユラにかけてやる。
「アロウ様………」
「ユラはユラだよ」
泣き出しそうな瞳で見つめる。
大丈夫。何も変わらない。
そんな風に思っていると、急に辺りが暗くなり始めた。
「日食だ」
クダイは物憂げに月に隠れて行く太陽を見ていた。
「あの!」
ユラが声を上げ、クダイを呼ぶ。
「なんだい?」
「私とアサキさんがいなくなれば、世界は元に戻りますか?!」
ユラ………何を言ってんだ。
「元に戻るかはわからない。でも、君とアサキがいなくなれば、世界の時間は明日へと進む。保証しよう」
“保証しよう”。それは、クダイがユラにそうしろと言ってるようなものだ。
「待てよ!そんなことさせるわけには………」
「時間を進めましょう」
「アサキ!お前まで………!」
「それしかないのよ」
「ふざけんなっ!」
「ふざけてないわよ!」
「ふざけてんだろ!お前、死ぬってことなんだぞ?!」
「そうよ!それで………それであんたが助かるなら………」
すると、アサキの目にも涙が浮かぶ。
「私の記憶を取り戻すって言ってくれたの、嬉しかった。本当のこと知ってショックも受けてるけど、最後にアロウの役に立てるなら………ううん。それが私の役目なんだと思う」
「ダメだ!そんなことは許さない!もっと違う方法があるはずだ!それがわかるまで、何度だってループして探してやる!」
俺はアサキの肩を強く掴んでいた。そうじゃないと、どこか遠くへ行ってしまいそうな気がするからだ。
でも、
「アロウ。ありがとう。気持ちだけで充分よ」
「アサキ!」
俺のことを無視して、アサキはユラに、
「あなたも同じ気持ちでしょ?」
そう聞くと、
「はい。異論はありません」
「それでこそ最後の魔女グレーテル。潔いわ」
二人はニコリと笑い合いあった。
「クダイ。もう金環日食が完成しちゃうわ。私とユラを………殺して」
「フッ。いい覚悟だ。僕は君達を忘れないよ。………でもね、ただ殺すだけじゃだめなんだ。アロウの………ロザリオカルヴァの刻印で消し去る。それで終わりだ」
そう言って、クダイは俺を見る。
「後は君が決めるんだ。君の力でしか彼女達を消せない」
「バカな………俺がそんなことすると思うのか!」
「彼女達の意志を尊重するかしないか。それだけだろ」
刹那。俺はクダイを殴っていた。
「………気が済んだかい?」
「テメェ!」
もう一度殴ろうとした時、それを遮るようにアサキとユラが立ちはだかる。
「アロウ。お願い。ちゃんと前を向いて!」
「私達はアロウ様が好きです。どうか、金環日食を越えて下さい」
アサキ………
ユラ………
「どうしてそこまで………」
わからない。どうしてそこまでしようとするんだ。
「アロウ、君はループしてもアサキとユラが今のことを記憶してると思っているのか?」
「…………!」
「君はいい。なにせ、真実の神だ。きっと記憶を無くさずにループするだろう。でも、彼女達はまた同じ苦労をするんだ。君の勝手な思い上がりでだ」
「俺のどこが思い上がってるって?」
「他に方法はない。百回繰り返しても、千回繰り返しても、結局は二人を消すしかないと気付く。それでもループすると言うのなら、それは思い上がりだ」
太陽の半分が月に隠れた。猶予はない。どうすれば………。
「アロウ。私達はあなたの記憶の中で生きる。あなたが私達を忘れない限り」
アサキ………
「行きましょう。金環日食の向こう側へ」
ユラ………」
「さあ、選択だ」
ジャンヌが責っ付き、俺を焦らせる。
金環日食の向こう側………二人の大切な友人を犠牲にしても、行く意味があるのか。
「アロウ!」
「アロウ様!」
俺は、刻印を二人の前に掲げた。
「…………ゴメン。アサキ、ユラ」
二人が俺の右手に触れる。
「絶対………絶対に忘れない」
微笑んでくれた。忘れないから。約束する。世界を救うのは俺じゃない。アサキ、ユラ、お前達だ。
刻印の力を解放して、俺は二人の魔女を狩った。
明日へ行く為に。
「許してくれ………二人共」
そして、金環日食は完成した。