第四十四節 貫通
一度は開けた世界が、再び閉じようとしている。
ループが開始されようとしているんだ。
正真正銘。最後のロザリオカルヴァによって。
「ぐあぁっ!!」
「アロウッ!!」
グリムに向かって行ったはいいが、あっさり弾き飛ばされ無様に転ぶ。我ながらいいザマだぜ。
クダイにまで心配され、
「見てられないよ!」
その部下であるジャンヌにまで、俺への攻撃を防いでもらう始末。
「チッ。クダイ!なんとかならないのか!アイツの攻撃!」
嵐のように繰り出されるグリムの攻撃に、俺ではどうにも出来ないのが現状だ。
でも、バカが付くくらい強いクダイなら………そう。コイツは神様だ。頼りたくはないけど、アサキとユラの命が優先。クダイならこのくらい………
「そうしたいのは山々なんだが………この空間ごと彼の意識の中にあるようでね、存分に力を発揮出来ないんだ」
どうにもならないのか。結局、ここはグリムの内面世界化しつつあると………神様ってのに定義があるなら、肝心な時には役に立たないって書いてあるんだろうな。
「君だってこの世界では神様だろ?大体、彼は未来の君だ。むしろ君になんとかしてもらいたいね」
責任転嫁かよ。グリムと戦うのは、お前自身の問題とか言ってなかったか?
「それとこれとは話が別だろ。それよりも上を見ろ!」
上?
言われるがままに上………つまり空を見る。
「空が………閉じて行く………」
ジャンヌの言う通り、赤く血で濡れたような空に、スモーク掛かった灰色のドームのようなものが、ゆっくりと互いを求めるように重なる。
「お前らはまた戻るんだ。二週間前に。もっとも、俺だけはブランシェットに会いに行く。次のループからは、俺も、アサキも、ユラもいない。つまり、二度とループから抜けることは不可能ということだ」
グリムが勝ち誇る顔をすればするほど、コイツが十七年後の自分だとは認めたくない。
「くそっ………そんなことになったら………」
「諦めるな!この空間が存在してる限り、まだチャンスはある!」
クダイ。慰めならいらないぜ?時間の仕組みってヤツなら、グリムのお陰で理解出来てる。
グリムがこの“内面世界化した空間”から、俺達だけを残して消えるということは、“十七年後の俺が消える”ってことだ。その時点で、俺は“十七年後に行けなくなる”。間違いなく世界が、時間が繰り返されるんだ。
だから結論から言えば、この“内面世界化した空間”が存在しているうちにグリムを倒せば、時間を元の流れに戻せる。本来、この時間にはいないグリム。内面世界化の中で倒さねば、どこで倒しても俺の十七年後は奪われるってことか。
「諦めてなんかねーよ!」
考えるより先ず行動。手当たり次第でいい。俺はクダイやジャンヌのようには戦えない。刻印の力の成すがままでも、クダイとジャンヌのアシストでも、切り開くんだ。針の穴ほどの突破口を。
「行くぞ!グリムッ!」
身体を張るから頼むぞクダイ!
グリムは奪った魔女達の技を同時に放ち攻撃してくる。
兄貴が奪った二人の魔女の技と合わせて四つ。厄介極まりない。
容赦なく襲って来るリジィの千手を刻印で破壊し、地面を盛り上げバカでかいムチのようにしなる、ラプンツェルの荊の幹をかい潜る。
そして、シンデレラの能力の、制限された時間によって制限されたクダイの力。アリスの空間搾取の能力により、空間のあちこちが歪み俺を捕らえようとする。
それでも、ただひたすら猪突猛進。グリムに隙を作る為に。
「くらえぇぇぇっ!!!」
力一杯、刻印を刻み付けるように拳を繰り出す………が、
「お前を見てるとな、十七年前の俺はこうも不甲斐ないのかとガッカリさせられる」
逆に拳を掴まれ、ぶん回されたあげく、地面に叩き付けられる。
「もう降参したらどうだ?この内面世界化した空間の中で、お前らに勝ち目はない。そう思わないか………クダイ?」
「バカ言わないでくれないか?諦めて僕らに明日はない。君に引導を渡す。それが僕らのすべきことだ」
「………フン!そう言うと思ったよ」
「グリム。君はさっき僕らに勝ち目はないと言ったね?」
「半分の力も出せないこの空間で、私はお前らの何十倍もの脅威だからな」
「じゃあ聞くけど…………どうして君に“十七年前”が存在するんだい?」
「な……に……?」
「君の知る僕は、時間についてよく講義しなかったみたいだね。いいかい?時間における概念図は、未来は無限に広がって行くけど、過去へは一本道なんだ。だってそうだろ?元を辿って行くんだ。一度起きたことは、たったひとつしか存在しない」
クダイが何か難しいことを言い始めると、グリムの顔色が褪せて来た。
それを見て、クダイはニヤリとし、
「僕らがまたループさせられるのなら、“十七年後”の君がいるわけがない。ほうら、もうわかったよね?“十七年後”の君が今ここにいるということは、僕らはループした世界には戻らないということ」
「クダイ様。さっきのセリフ、お返ししなければいけませんね」
「ああ、そうだね!それがいい!………グリム、君に勝ち目はないんだよ」
ジャンヌの冷やかしが見事に引き立て、クダイの言葉が切れ味を増した。
「……………!!」
事の重大さを知ったらしい。グリムは後ずさり、絶句している。
俺にもようやくわかった。どんな無限の未来からやって来た“俺”だとしても、過去は共通のもの。厳密に言えば、戻って来る過去の場所にもよるのだろうが、そうであっても、元は一本の幹。そういう事だ。
「そんな………私は………自ら死にに来たと言うのか………?」
「ある男が僕に言った。“運命は既に決まっている”と。生まれた時………いや、生まれることすら緻密な宇宙の計算の下に決まっているってね。運命を変えるには、相応の力と、それに比例するリスクが必要だ。ただ単に過去にやって来た君に、運命を変える力なんてないんだよ」
「運命が………既に決まっている………?フ……フハハハ!戯言だ!そんな屁理屈………!」
強気に出て来たが、グリムの………気配って言うのか?が、明らかに薄まった。怯んでいるんだ!
「クダイ様!空が!」
ジャンヌの呼びかけに、再び空を見上げる。
「光………!」
俺の見間違えでなければ、灰色のドームが少しだけ開き、その向こうの赤く血で濡れたような空が割れている。
「アロウ!もう一度だけ突破口を!」
わかってる。その代わり、クダイ。トドメを刺せ。
「もちろんだ!」
グリムの懐へ、俺は走る。相変わらず激しい攻撃だが、さっきまでの勢いはない。
「私は負ける為に過去へ来たわけではない!!」
「ほざけ、グリムッ!」
後ろから風の刃が俺の脇を抜け、グリムの右腕を切り飛ばした。
「ジャンヌ………!」
チラッと振り向くと、ジャンヌが援護してくれていた。
「うおぉぉぉぉーーッ!!」
全体重を乗せ、グリムの顔面に叩き込む。
「ぐおあっ!!」
今だ!クダイ!!
「ゲームは終わりだ!グリム!」
吹っ飛んだグリムの真ん前に、いつの間にか移動していたクダイの右手には黄金の剣。左手には、確かダーインスレイヴ。
もはや、グリムに抗う術はない。クダイから黄金の蒸気………オーラってヤツだろう。そいつが立ちのぼる。
最後を飾るヒーローには程遠い表情をしてるんだろうな、お前。
「グリムッ!己の浅はかさを思い知れっ!!」
死刑を宣告。二本の剣が、グリムの身体を貫いた。