第四十二節 終息
「アロウ!」
そう呼んで駆け寄り、俺を迎えてくれたのはアサキだった。
その後ろから、ユラもてくてくと着いて来た。二人の姿に、俺はホッとして思わず微笑んでいた。
「アロウ様………勝たれたのですね?」
「ユラ………ああ。楽勝だったけど、なんか疲れたよ」
脱力感が俺を突っつき、その場に胡座をかいて座り込んだ。
「………サマエルは?」
気付けばサマエルがいない。特に心配するような奴でもないが、いないと不思議と気にはなる。
「サマエルなら、クダイと戦ってる」
アサキが俺の横に座り言った。
「クダイか………アイツ、嫌な奴だけど、なんかいつも淋しそうなんだよな」
すれた雰囲気を出してはいるけど、クダイの胸の奥には何があるんだろうか?そう思っていると、
「あのお方は根はお優しいお方です」
ユラが俺達の前に座って言った。
屋敷にいたから、会話もしたことがあるんだろう。クダイの方は気にもしてない様子だったけど。そういう奴だ。俺達のことなんてどうとも思ってない。
「ユラは屋敷でクダイと話したことがあるのか?」
「はい。ございます。一度だけでしたが、温室の花を見て何かを思い出しているようでしたので、私から話し掛けたことが」
何の話をしたのか尋ねようとしたところに、サマエルが帰って来た。
だいぶ痛めつけられたのは、見れば誰にもわかる。鎧も破損が酷く、身体中傷だらけ。それでも、穏やかな表情をしてるのは勝ったからか?
「クダイを……倒したのか?」
修飾語で飾るわけでもなく、露骨に結果を聞いた。
「フッ。いや。勝負はお預けだ。舞台を変える」
舞台を変える………それはつまり、二人共この世界を離れるということだ。
「時間の密度も薄くなった。世界がループすることも、これで無くなるだろう」
サマエルは空を見上げて言った。
「行くのか?」
どうやって世界やら時間やらを旅するのかわからないが、サマエルが旅立とうとしているのはわかる。
「短い時間だったが、充分に楽しめた」
「………せめて、金環日食くらい見て行ったら?」
思いがけず、アサキがそんなことを口にした。ま、勝利を味わうなら、ブランシェットに会うってのが一番だろう。だけど、サマエルにとってはどうでもいいことだ。コイツは、強く在りたいと願うだけなんだから。
「それは貴様らの役目だ。俺は次の戦いを探さねばならん」
カッコつけやがって。そしてサマエルは背を向けた。
「次は会えるといいな。お前の追ってる奴らに」
「……………。」
サマエルは何も言わずに飛び立った。その向こう側に黒く渦巻く穴が出現し、サマエルは消えた。
「何よ、アイツ!さよならくらい言ったらいいのに!」
怒るなアサキ。きっと、サマエルは言いたくなかったのさ。またいつか、フラッと立ち寄る気なんだよ。きっと………。
そして夜が明け、また一日が過ぎた。まだ気になることもあるが、世界がループしないのなら、これからいつでも解決出来る。
「行こうか、アサキ。ユラ。腹減ったよ」
明日が今日になり、今日が昨日になる。これで全て元通りだ。
「それではファミレスにでも行きましょうか。この時間では、他に営業してるところもないですし」
ユラがにこやかに笑うと、
「牛丼屋だってあるわ。そっちの方がアロウは好きよ」
牛丼が好きだなんて言ったことはないのだが。何かとユラに突っ掛かるアサキに、
「まあまあ。腹さえ膨れりゃ、なんでもいいよ」
と、宥めるつもりで言うと、
「「なんでもよくないっ!!」」
二人にそう返されてしまった。なんだってんだ。
だが、それも心地好い。肩の荷が下りたからだろう。
行くべき道は繋がった。ダンテやシンデレラとアリスの行方は、これからゆっくりと探し出せばいい。
二人に手を引っ張られ、おろおろと着いて行く。
時間が、当たり前のように流れる世界の中で、俺達だけがどこか特別なんだと、バカな俺はそう思っていた。しかし………
まだ、何も終わってなかったんだ。