第四十一節 王道
終わった。これでもう二度と世界がループすることはない。
肉体を塵にして行く親父を見て、俺は確信を持った。
「………ア……アロ……ウ…………」
悪いとは思ってないからな。神様だろうと何だろうと、人の命を弄んだんだ。自分勝手な思い上がりで、平等にあるべき時間を一人占めしようとした罪は重い。
「親父………全部、あんたが蒔いた種だ。恨むな」
「………アロウ………お前……は……満…足……なのか……?神の力を………手に……しながら………人としての……生き方を………望む……のか……?」
くだらない質問を。
「生き方なんて、そんなに真剣に考えちゃいねーよ。俺はただ、今日の俺が俺らしくあれたらって、そう思うだけだ」
「………誰もが……力を欲する。……それを放棄する………馬鹿な話だ………」
「………神様になって何かをしたいなんて思わないね」
「後悔する……ぞ……神の力を………行使しなかったことを……」
「余計なお世話だ。………それより、兄貴の右腕はどうした?」
「……なんの……こと……だ……?」
「とぼけるな!兄貴の右腕を持ってたんだろ!」
「………知らぬな……セツハの……右腕など……」
「………なんだって?」
じゃあ誰が………?
どこからか風が吹き、親父が消え失せた。と、同時にこの異次元空間にも強い圧迫感を覚える。主無き空間も、その役目を終えるのだ。
「………仕方ない、帰るか」
元の姿に戻り、元の世界へ帰る。
何もかも終わるなら、そのくらい呆気ない方がむしろ清々しいか。
この何もない空間で、現実と繋がるあの扉だけが俺を待っているようだ。
ただ………何かが違うような気がしないでもなかった。
サマエルとクダイが刃をぶつけ合う度、大気が震える。互いに付け入る隙のない完璧なモーションで立ち振る舞う姿は、バイブルの挿絵に相応しい。
「ダイナミックスラッシュッ!!」
サマエルが技を繰り出せば、
「終末幻想!!」
クダイも技で応戦する。どちらも引けを取らぬ戦いに、ある種の快楽さえ覚えてゆく。
「ぐっ………見事だね、サマエル。この僕が傷付いて行くなんて………」
「クックックッ………貴様もな。神を名乗るに申し分のない実力だ」
「そりゃそうさ。死に物狂いで磨いて来た腕だ。ダーインスレイヴと、この黄金の剣に恥じないように」
「そいつは結構な話だが、貴様の剣からは血の臭いがする。神になる為に、斬らなくていい命も斬って来たということだろう」
「事情がね、あるんだよ」
「悪びれるもない………か。で、これからどうする気だ?アロウが父親を倒し、世界のループが解かれたら」
「君には関係ないよ。ほっといてくれ」
クダイの二刀流もまた、サマエルを傷付けて行く。
「クク………どうせ他の世界に行くつもりなんだろ」
「だとしたら、どうだって言うんだ?君も同じだろう。僕らは旅をする。それぞれが想う理想の彼方。心の果てへ」
「心の果て………かもしれんな。雲散しようとしている宇宙の中ではな」
「ちょっと待て!」
剣を振るうのを止める。
「………なんだ?戦いの最中だぞ」
それでも、サマエルの顔に曇りはなかった。逆に、蒔いたエサに魚でも釣れたように笑んでいる。
「宇宙が………雲散しようとしているって………どういう意味だ!」
対称的に、クダイの表情は日陰の草花。
「なんだ、知らなかったのか?なら教えてやろう。………宇宙は二人の男に自らの運命を託した。しかし、その二人の男は、未だ決着を着けられないでいる」
「………その二人って、羽竜とヴァルゼ・アーク……か?」
「クク………貴様が旅をし続けるのなら、いつかまた出会うはずだ。それは貴様もわかっているだろう?」
「羽竜とヴァルゼ・アークが、宇宙に関係してるってのか?」
クダイがそう言うと、サマエルは剣を鞘に収めた。
クダイの戦意が衰えたからだ。これでは戦いを楽しめない。
同時に、クダイの心の脆さを知った。
「サマエル?!」
「心が折れた奴と剣を交えたところで、なんの面白みもない」
「待てよ!どこに行くんだ!まだ話は終わってないぞ!宇宙が雲散してるって………」
背を向けたサマエルに叫ぶ。
答えを聞かなければならない。そんな気がして。
だが、
「宇宙は何もかもを“無かった”ことにしようとしているということだ。その意味も答えも、貴様の言う心の果てにあるのだろう。貴様の野望が何かは知らんが、時間も世界も越えて生きる者には、あの二人を無視して野望を叶えることは出来ん話だ」
「……………。」
「いつかまた会おう。俺と貴様………願わくば、輪廻の神と悪魔の神も迎えてな」
サマエルがアサキとユラの方へ飛び立った。
別れを告げるのだろう。まるで、アロウが帰って来ることを悟ったかのように。
「…………フッ……フハハ…………アハハハハハハッ!!」
冷めて行く夜に、クダイは高笑いをする。
「つまり、宇宙が雲散するまでに野望を叶えなくてはいけないのか」
独り言を吐き、曇り加減の表情が悪意に満ちる。
「いいだろう。ならばあの二人に会って、僕が宇宙の運命を変えてやる。………そしてサマエル、君もね」
思った通り、アロウの気配を感じる。
「何もかも“無かった”ことになんて………されてたまるかッ!」
信念に執着し者に行くべき道が見えた時、人も神も心を失くす。