第四十節 人害
元の世界。
アロウの意志を尊重し、サマエルはアサキとユラを連れて戻って来た。
「離して!」
アサキはサマエルの手を振りほどき、わずかに距離を取る。
サマエルはユラの身体も離し、ユラが丁寧にお辞儀するのをどう反応していいか困ったような顔をした。
「フッ。礼を言うならアロウに言え」
と、照れを隠すようなことを言うと、
「ねぇ!なんでアロウを置いて来たのよ!」
一人不機嫌なアサキが毒吐く。
残して来たアロウが、佐一郎と同じ力に目覚めたにしても、勝てる確証などない。サマエルがいてこその戦いのはずなのだ。
「これはアロウの戦いだ。アロウが一人で父親へ挑むと決意したのなら、尊重してやるのが筋だろう」
「あ、あんたねぇ………」
「それに、俺にはやることがある」
「やること………?」
サマエルは、そのまま先を見つめる。
その視線を追うように、アサキとユラも先を見つめると、
「アロウはようやく真実に辿り着きました。しかし佐一郎は、それすらも重ねた時間のひとつだと言い、自分の勝利を疑わないのです。果たして、アロウは佐一郎を倒し、この世界に未来をもたらすことが出来るでしょうか」
紙芝居の語りのような口調で、クダイは含む言い方をしながら現れた。
「クダイ………」
サマエルはアサキとユラの前に出た。自分の客だからだ。
「またループするか、金環日食を越えるか。その前に君と戦ってみたい」
クダイにも芽生えた好奇心。
「その好奇心が、貴様の後悔になるかもしれんぞ」
と、サマエルは軽い揶揄で忠告する。
「その言葉。そのままそっくり返すよ」
クダイは二本の剣を手に取ると、ダーインスレイヴをかざしてくるくる回す。そこに穴が開き、
「来いっ!サマエル!」
クダイが穴の中に吸い込まれて行く。それを見て、サマエルもまた穴に近付き、
「貴様らはアロウの帰りを待て」
そう告げてクダイを追う。
「勝手な奴!」
残されたアサキはやり場のない怒りを噛み締めるしかなかった。
自分の中の眠っていた力が目覚めると、それは俺にとって絶対の自信となった。同時に、背負った運命と言うべきか、己の役目を果たすが為に、刻印の従者ロザリオカルヴァとして最強のロザリオカルヴァに挑んでいる。
「うおおーーーッ!!」
思い描くように肉体が反応してくれ、数分前には脅威に感じていた親父も、恐れる因子とならない。
「ぐはっ………何と言うパワーだ………」
これまで、何度世界をループさせて来たのか知らないが、それももう終わりだ。
親父がふらつく。ロザリオカルヴァとしての力も、若さに比例するみたいだな。
「我が息子ながら、見事としか言いようがない………」
「減らず口はいい!さっさと終わらせる!覚悟出来てんだろーな!」
「フッ………生意気な口を聞くまでに成長したか」
「黙れ!今更何を父親ぶってやがる!」
「お前はセツハと違い、自分の生き方というものを持っている。あいつがずっと欲しがっていたものだ」
兄貴が欲しがっていたもの?俺の生き方が?
「どうだ?アロウ。その生き方、セツハに教えてやっては。何かと喧嘩の絶えないお前達ではあるが、二人の仲を考えるのも悪くないだろう」
「ケッ。バカ言うな。兄貴はもう死んでる。あんたが殺したじゃねーかよ!」
「フフ………」
「………何がおかしい!」
「セツハを想う気持ちはあるようだな」
「一応、兄貴だからな」
「ならば生き返らせればいい」
「なに?」
「もう一度世界をループさせる。もちろん、真のロザリオカルヴァとして目覚めたお前は、時間を戻しても記憶はリセットされない。次の時間で、セツハにも目覚めてもらい、親子三人、仲良く時間を支配しようではないか!」
コイツは………。
「親父………」
「さあ、私の手を取れ。行くべき明日は金環日食の向こう側などではない。戦争もない、飢餓も格差もないただ人々が平和な世界。真神の支配する時間世界だ!」
ゴツい親父の手が差し延ばされる。
時間を支配する………許されてしまうのか?
「許されるのだ。刻印を持つ真神には」
親父が言うように、後一回だけでいい。世界をループする。時間を戻す。そうすれば、兄貴を………おチビを助けられる。
「親父………」
「そうだ。もう一度世界を戻すんだ」
掴む。親父の手を。
「フフフ………所詮、お前も人の子よ」
笑い、ギュッと俺の手を握り返した親父を、
「………どうしようもないバカだぜ。あんた」
手を引っ張り、体勢を崩した親父の顔面に頭突きする。
「ぐあっ………ア、アロウ!!」
「誰が時間なんか戻すかよ!」
「バカな………セツハを見殺しにするのか!?」
「俺の記憶がリセットされない保証はない。次の世界では、もうこの力に目覚めることはないかもしれない。俺にとっては全てがギャンブルになる。とてつもなく高いリスクを負った………だったら、俺のやるべきことはただひとつ!あんたを存在ごと消し去ることだ!」
そうしなければ、親父の思惑の中から抜け出せない。
「アロウーーーーーーッ!!!」
憤怒した親父が、波動を放って来た。
でもそれは、最後の足掻き。悪足掻きってヤツだ。
「終わりだッ!!俺は“明日”へ行く!!」
どれだけの時間を繰り返して来たか。俺は知らない。
親父の内面世界と現実世界が融合していた世界を元に戻し、金環日食の向こう側へ行く。永遠に訪れる明日へ行くんだ。
人は、明日に希望を持つ生き物。今日に未来を見れない生き物であると、誰が認めるだろうか。




