第三十九節 失楽
「お前達は覚えておらんのかもしれんが、同じことを何度も繰り返して来たのだぞ?そう思えば、悲しむ理由などないはずだ」
親父は自分のしたことを正当化する。
「うるせぇっ!!あんな小さな子供にまで手をかけるとは………外道も過ぎれば鬼畜より劣る!大体、何の為に世界をループさせてるんだッ!」
「………“時間の概念を作り替える為”だ」
「何だとッ?」
「時間とは、世界によっては進み方が異なると言う。この世界での一日が、ある世界では一年になることもあるんだそうだ」
「だったらなんだってんだ!何が不満なんだッ!」
「不満があるわけではない。私はただ、無常に過ぎて行く時間に“果て”を作り、時間の限界の中でだけ人が存在する世界を築きたいのだ」
俺には、親父が何を言ってるのかさっぱりだが、
「………時間に喰われたか」
サマエルには、はっきりとわかってるらしい。
俺が怒りに困惑を混ぜていると、
「つまりこういうことです。………全ての時間に“ゼロ”地点と、“範囲”を決めてしまい、永遠に未来にだけ流れる時間ではなく、“範囲”の中でだけ存在する時間を作ると」
おもむろに説明したユラだったが、それでも俺にはわからない。
「そうなると、どうなるんだ?」
「時間に“範囲”が設けられれば、その世界は時間に支配されることがなくなります。………そうですね?佐一郎様」
こんなにも自分の考えをはっきりと伝えられる子じゃなかったはずだ。
使用人のユラに問われても、主人である親父は不快な顔を見せず、
「私の考えを理解出来る者がいたとは………」
そのことを喜んでるように見える。
だが………
「時間をどうしようとワシらには関係のない話だ」
ライオンが眉間にシワを寄せ、その巨体で俺とサマエルを押し退ける。
「我が主を殺した罪、償ってもらいますよ!」
キコリも、表情からは伺えないが、怒りに震えている。
「ドロシーちゃんの仇!」
カカシの声にも………。
「妖かし風情が………口を慎め!」
「ガルルル………貴様の首を食いちぎってやるッ!!」
親父にライオンが襲い掛かる。続くようにキコリとカカシも。
しかし、それは無謀だと知る。
「いかんっ!アロウ!避けろッ!!」
サマエルはそう叫ぶと、テレポートでもしたかのように消え、アサキとユラを両脇に抱え上げ高く跳んだ。
俺も言われるがままに、また脇へ飛びのく。
「ガオオオオッッッ!!!!」
その咆哮は、親父の全身に衝撃を与えたはずだ。普通の人間ならば、全身の骨さえままならない状態に陥る。
………なのに、
「この程度でロザリオカルヴァを倒せると思ったかッ!!」
おチビを………ドロシーを消し去ったように、刻印のある右手から波動を放ち、
「グオオオオッッ!!!」
ライオンを………
「うわあああああっ!!!」
キコリを………
「ぎゃーーーっ!!!」
カカシを………消し去って行く。
ドロシーを失ってすぐに。仲間と呼ぶには絆の細い奴らだけど、大切なものを壊されたような感覚だけが、俺の胸を貫いた。
塵にもならず、虚空の彼方へ消えた三銃士。
「愚か者めらがっ!身の程を思い知れッ!!」
「親父ッッ!!」
無意識に肉体が動いた。いや、動いていた。気付いた時には、刻印が光り輝き、親父の頬に拳を捩込んでいた。
「ぬわァッ!!」
会心の一撃。親父は膝を着いた。
「アロウ……ッ!!」
身体の内部が熱く燃えるようだ。
立ち上がり、俺を睨む親父の顔には、驚きも混じっているようだ。
「ハァ……ハァ……ぶっ殺してやるッ!人の命を弄ぶようなクソ野郎はよーッ!!」
内部の熱さが皮膚を突き破る。血液の循環が激流の如く流れ出し、髪が逆立つのがわかる。
「アロウ、まさか………お前まで………!!」
親父………覚悟してもらうぞ。そのツラ、跡形無くなるくらいぶん殴ってやる。
「二十一年生きて来て、今だけはあんたの血を引いていてよかったと思ったことはない」
額に激痛が駆け抜け、俺にも第三の目とやらが備わる。
「何と言うことだ………私でさえ何度も繰り返した世界で手に入れた力を、こんなことで………!」
「バカかテメーは。何度も繰り返し生きて来たのは、俺も同じだ!………そうしたのは、あんただろ!」
「おのれっ!アロウッ!この世界に支配者は一人でいいのだッ!!」
親父が殴り掛かって来る。だけど、焦る必要もないくらいあっさり避けられた。
「くっ!!」
今度は波動。だが、それすらも恐れるに足らない。今の俺には。
「サマエル!!」
お前には頼みたいことがある。
「アサキとユラを連れて逃げてくれ!」
「………貴様はどうする気だ?」
「知れたこと!コイツを倒すッ!!」
ロザリオカルヴァとして戦う敵は、鬼畜の所業を行うロザリオカルヴァ。