第三十八節 内面世界2
異次元空間。そこは何も無い空間だった。
先頭をサマエルが歩き、その後を俺達は着いて行く。
「うげ〜、気持ち悪い〜」
おチビが拒否反応を起こしてると、どういう連鎖か不明だが、ライオンとキコリ、カカシが現れた。
「いきなり現れるな」
一応、苦言を呈しておく。
「そんなことを言われましても………」
キコリがあくせくして答えた。
どうやら、自分らの意志とは関係がないらしいし、もちろんおチビも召喚していない。
「召喚待機してる者達は、磁場の強い場所ではその姿を隠していられない。特に、こんな奇っ怪な空間は磁場の典型だからな」
そう説明してくれたのはサマエルで、
「でも、これも親父の内面世界なんだろ?」
「そればかりではないと言っただろう。もはや、現実も虚実も皆無だ。五感で感じる全てがこの世界の全て。考えるだけ無駄だ」
なら難しい説明をするな。
「なんだかよくわからぬが、ワシらを巻き込むのだけは勘弁してくれ」
と、ライオンが弱気なことを言いやがる。
「その図体で言うな。こっちはむしろ頼りたいくらいだ」
前に助けてもらった時は、頼れる奴らだと見直したんだが………宛てにしない方がいいか。
「万が一の時は、ドロシーちゃんのことだけでも守ってあげてね」
こんな時でも、ユラは優しく他人を思いやれる。その優しさが通じたのか、
「心配ご無用!我が三銃士はやる時はやるんだから!」
ドロシーは胸を張りポンッと一叩きする。ユラは笑顔で応え、同じようにライオン達にも微笑んだ。
激励の意味でもあるんだろうか?なんにしても、ライオン達も悪い気はしてないようだ。
「談話もいいけど、気合い入れ直した方がいいみたいね」
アサキが立ち止まり、ただ一点を見る。そこには、
「これはまた随分と仲間を連れて来たな………アロウ」
「親父………」
親父がいた。
「………ループさせてるんだってな」
何を言っていいのかわからず、とりあえず思いついたことを口にした。
「フッ………幾度も重ねた時間で、唯一今回のお前は真実に辿り着けたか」
「それだけか?」
「それだけ………とは?」
「ふざけんなっ!兄貴や、屋敷のみんなを殺しただろっ!他に言葉はないのかよっ!」
「私に懺悔をしろと言いたいのか?」
「親父ッ!!」
「心配せずとも、どうせまた時間が戻る」
「戻すのはテメーのさじ加減じゃねーかっ!」
興奮し、感情が抑制出来ない。
「落ち着け」
そんな俺の肩を叩き、サマエルが言った。
「貴様に聞きたい。どうやって時間を操る術を手に入れた?」
その問いの真意は、サマエルがまだクダイを疑っている証拠でもある。知的探究心の為に聞いたとは思えなかった。
「我々ロザリオカルヴァの力は、何も妖かしを狩るだけのものではない」
「フン。だとしてもだ、時間を切り取るなんてことは、神でもそう簡単に出来ることじゃないんだよ」
「………聞いてどうする?」
「さあな。それは俺が決める」
「フッ………面白い奴だ。だが、お前の求める答えはない。私が時間を切り取り、世界をループさせている」
すると、親父は全身の筋肉に力を入れる。歳のわりに屈強な肉体を持つ親父だが、見る見るその姿を人ではないものに変えていく。
「オオ………ッ!!」
角まで生え、額には瞳がギョロリと現れた。
「妖………かし?」
俺にはそういう風にしか見えなかった。
「………どうかね?私はもう人ではない。時間さえ操る神になったのだ………ロザリオカルヴァの力と共にッ!」
疑う余地はない。しかし、俺はまだ信じられないでいる。
「………アロウ」
「なんだ、サマエル」
「逃がした方がいいかもしれん」
サマエルが、アサキ達のことを言ってることはわかった。
コイツがそう言うなら、それがベストなんだろう。
「アサキ!ユラ達を逃がしてくれ!」
「逃がしてって………アロウはどうするのよ!?」
「俺は………」
サマエルと目が合う。そうだ、答えは決まってる。
「親父を倒す!」
「む、無理よ!あんなの、化け物じゃない!私にだってわかるわ!」
「それでも戦う!許せねえよ………兄貴や、屋敷のみんなをあんな殺し方したんだからな!」
その覚悟と決意を感じたのか、アサキはユラと、おチビとその三銃士を連れ走って逃げる。
サマエルは剣を抜き、俺は刻印の力を開放する。
挑むはバカ親父。そう思い、踏み出した時だった。親父が右手から波動を出した。
咄嗟に避けた俺とサマエルだが、それが悲劇を生む。
「……………ッ!!」
俺は誰の名前を呼んだんだろう………。自分でもわからず、ただ振り向いた格好で成り行きを見ているしかなかった。
波動は、逃げるアサキ達に向かって飛んで行く。それに気付いたアサキが、ユラを抱え込み脇へ飛びのける。
ライオン、キコリ、カカシも、それぞれ上手く避けてくれた。
そして………
「ドロシーーーーーーッ!!!!!!!!!!」
叫んだのはライオンだった。地鳴りのように野太い声も、虚しいだけの空砲。
小さな身体で、誰より先頭を走っていたなんて、思いもしなかった。
一度は転んだおチビ。そのまま起きなくてよかったのに………なんで逞しく起き上がったりしたんだ。
「そんな………嘘だ………」
俺はその一部始終を見ていた。一瞬の出来事なのに、間際の表情さえ脳裏に焼き付いた。
「悲しむな。どうせ生き返る命だ。涙で弔う価値もない」
親父………ッ!二度と生き返らないように、テメーの存在ごと消してやるッ!!