第三十八節 内面世界1
教会………か。
車を降り、とても教会とは思えない………言うなれば城に近い。そんな教会だ。
「こんな教会………この街にはなかったぞ」
俺は思わず口にした。実際、それは事実で、幼い頃の記憶を辿っても、こんな建物はなかった。
「最近建てられたんじゃない?」
そう言ったアサキの考えは最もなのだが、それとは違う雰囲気。上手くは言えない………そう思ってると、
「突発的構想具現という奴だ………」
サマエルがわけのわからない言葉で説明した。どうせなら、ちゃんと話せ。
「突発的………何?」
アサキが俺を代弁するようにサマエルに聞いてくれた。
「突発的構想具現………つまり、時空の歪みから時間を“引き抜き”、想像するものを具現すること………なのだが」
カツッカツッと、鎧の靴音を立て突発的構想具現による教会の聖堂入り口の前に立った。
悪どいツラはしているが、こういう雰囲気によく溶け合う男だ。神に仕えてたようなことを言ってたが、あながち嘘でもなさそうだな。まあ、百歩譲っても天使なんかではないだろうが。
「人間に出来る技ではない」
言い終えるのと同時に、サマエルは聖堂の扉を開く。
「これは………」
俺の………いや、この場にいるみんなの目に飛び込んで来たのは、淀んだ空気を含む異次元的な空間。それが扉の向こう側にある。
「な、なんなんだ………」
「見ての通り、異次元空間だ」
それは何と無くわかる。俺が知りたいのは、なんでそんなものが扉一枚を隔てて、そこにあるかってことだ。
「真実の神………クク。納得した」
一人で納得するな。
「サマエル………」
「貴様の父親は、どうやら世界のわずか十日ばかりを時間から切り取り、その十日間の世界を自分の意識の中へ沈めたんだ」
……………また理解に苦しむことを。
「なあ、サマエル。言いたいことがよくわかんねーよ」
「クク………簡単な話だ。切り取った世界を丸ごと喰ったんだ。………例えるなら、この世界は貴様の父親の心の中」
親父の心の中………内面世界か。そういえばこんな話を聞いたことがある。個人が何かを強く想うばかりに、その個人の内面世界に他人が囚われてしまうことが実際にあると。それも、当の本人は自覚していないという。
そういうことを言いたいんだろ?
「親父は………それを自分の力でやったのか?」
「ロザリオカルヴァとしての力とか………」
アサキが俺を見る。
「そんな力が刻印にあるなんて、一度たりとも聞いたことがないぜ」
「ただ言ってみただけよ。私に聞かないで」
お前なあ………。
「あ、あのぅ………先に進んで見てはどうですか?」
話が進まないのを見兼ね、ユラが遠慮がちに提案すると、
「あんたに言われなくったって、わかってるの!」
アサキが強い口調で言った。何もそんな言い方しなくてもいいだろ。
「アロウ。時間は有効に使うべきだ」
サマエルに仕切り直された俺は、自分の頬をパシッと叩く。
猶予は72時間を切った。そして金環日食の向こう側へ行くんだ。ブランシェットがこの世界に何をもたらしてくれるのかは知らないが、兄貴はブランシェット会えと言ったんだ。ブランシェットに会って物語は終わる。
「行くか………」
親父………兄貴を殺してまで何をする気なのか、しっかり聞かせてもらうぜ。
実存する世界と親父の内面世界が融合したこの世界で、俺達は唯一、自由を許された人間なのかもしれない。
右手の刻印が熱く疼いている。
ロザリオカルヴァの血が、目覚め始めていた。




