第三節 魔女
なんでもっと愛想よく出来ないものかね、うちの兄貴は。
魔女狩りの待ち合わせ時間に遅れはしたが、ほんの二、三分。互いの時計の誤差だって考えられるだろうに。
「そういうことを言ってるんじゃない。アロウ(お前)は真神の自覚が無さ過ぎると言ってるんだ」
真神真神真神。口を開けばそればかりだ。ウチの家系は。
「悪かったって」
昼間の、結局名前を名乗らなかった危険女のこともあり、疲弊してるんだ。言い争う気はない。魔女狩りを終わらせなきゃ真神家と縁を切れないんだからな。
「で、教会ってどこの教会に向かうんだ?」
魔女信仰が始まってから、教会がやたらと増えたという。全ての教会に魔女が存在してるわけではないらしいのだが、今は兄貴に着いて行くしかない。
「町外れの教会だ」
「町外れ?なんでわざわざ。近くの教会、片っ端から当たればいいじゃねーか」
「良からぬ噂が立ってるからな。そこの教会は。真神が動いてることはなるべく伏せておきたい。確実な線を行くのがベストだろ。一応は一流大学に進学するだけの頭を持ってるんだ、少しは自分で考えたらどうなんだ?あれだけ親父にでかい口利いたんだ、人に頼り過ぎるな」
呼んだのはあんたらだろ。
車は間もなく目的地に到着する。
魔女とやらを拝んでやりたい気持ちが強く、兄貴の皮肉も気にならない。
「あそこだ」
ゆるりと停車させ、エンジンを切る。
兄貴はダッシュボードに手を伸ばして来て、非常に物騒なブツを二つ取り出すと、俺にその一つを渡して来た。
ブツは、ひんやりとした体温と、ずっしりとした重量を伝えてくれる。
「拳銃じゃないか」
「刻印の力じゃ、人間までは狩れないからな。ま、魔女にも効くよう、銀の弾丸を詰めてはあるが」
兄貴は真顔で言う。
「冗談じゃないぜ!俺達が狩るのは魔女だろ!人間なんて聞いてないぜ!」
「落ち着けよ、アロウ。あくまで護身用だ。まだ言ってなかったが、俺達以外にも魔女を狙ってる輩がいるからな」
「俺達以外に?」
「ああ、そうだ。魔女を保護しようとする組織、ブレーメンだ」
「………なんだよ、魔女を保護するって」
「詳しくは調査中だが、教会が実体化した魔女を、争いに巻き込まないようにする組織。言わば、狩人たる真神家の喧嘩相手とも言える」
「だからってだな、拳銃はマズイだろ」
「フン。ビビったのか?横柄な態度を取る割に、案外意気地が無いんだな」
「そういう問題じゃねーだろ!人殺しは………!」
「大丈夫だ。魔女狩りに支障をきたす奴は、殺しても罪に問われない。政府も承知済みだ」
なんて国だよ。つーか、こういう時の兄貴は苦手だ。冷酷な一面を惜し気もなく披露してくる。
「行くぞ。せっかく掴んだ情報だ。棒に振るわけにいかない」
噂じゃなかったのかよ。
なんにせよ、さっさと済ませて早く床に就きたい。
ついでに渡されたホルスターに拳銃を仕舞い、ジャケットの下に装備して車を降りる。
星のないせいか、教会はまるで幽霊屋敷のようなたたずまい。
「ん?なんだこれ?」
敷地内に入りすぐに俺の目に止まったのは、青い三日月の紋章。ランプに照らされている“それ”は、扉の上部に飾られ、下には『BLUE MOON』と施されている。
「ビンゴだな」
兄貴はそう呟くと、
「それは信仰魔女のシンボルで、見る奴が見れば、誰を信仰してるかわかるそうだ」
「へぇ」
「じゃ、開けるぞ」
特別インターホンも見当たらないが、だからと言って堂々と扉を開ける兄貴は、神経質とは思えないくらい図々しい。
中は無数のキャンドルで視界が確保された内部は、至って普通の教会模様だった。
ただ、ガラスがステンドグラスでなく、確か外観も教会というよりは小さな洋館だったように思える。きっと、洋館をリフォームしたものなのだろう。
バージンロードを歩く錯覚を起こすくらい、兄貴と並んで奥へ進む。
奥の壁にも青い三日月のオブジェがあり、祭壇には中年の神父が、青いローブを纏って立っていた。
「まだ夜も浅いというに、このようなところへ何の用かね?」
「ええ、実は懺悔したいことがありまして、弟と二人、参った次第です」
兄貴は悪びれもなく嘘をついた。ここが魔女を信仰する教会じゃなかったら、罰当たりもいいとこだ。
「本来なら信者でなければ懺悔は出来ないのだが、まあこれも何かの縁。いいでしょう。ああそれと、今は“懺悔”とは言わず、“告解”と言うのです。余談でしたね。では、“懺悔”室に入りなさい」
礼拝堂の脇の小さな扉。そこが懺悔室だろう。
(アロウ、私が神父を引き付けておく。その間に礼拝堂内部を軽く探って、魔女の存在を決定づけるものを見つけろ)
そう囁き、兄貴は懺悔室へ入る。
「探れったってなあ………」
はて、どうしたものか。
本来は十字架があるはずの場所に三日月のオブジェ。充分決定づけてると思うのだが。
後は言われた通りと言うか、適当に見て回る。目立って気を引くものも無く、祭壇の前に腰を下ろすと、振り子時計のボーンという音が鳴り、七時を告げた時、無数のキャンドルによって揺らめく空間に、人影が現れる。
「………お、おい………」
次第にくっきりと浮かぶシルエットは、明らかにドレスを着た金髪女性。綺麗だ………。
「ごきげんよう」
視線がぶつかると、向こうから挨拶をして来た。どこかのお伽話のお姫様のような品のいい女性。
根拠ではなく直感が告げ、確信する。
−彼女は魔女だ−
煙のように現れた魔女を前に、俺はただただ見惚れるだけだった。