第三十七節 嘲笑
「なんの悪ふざけだ」
俺は込み上げる怒りを抑えつつクダイに聞いた。
言いたくもなるだろ?なんだってチェシャ猫がクダイになるんだ?
「怒るなよ。サマエルから聞いてるんだろ?この世界は短い期間を繰り返してる。そんな世界を今回で6度。先の読める世界を生きるには、洒落も必要なのさ」
「洒落で済ませないでくれるかしら?笑えないんだけど」
アサキがクダイにじり寄る。すると、スチャッと金属がじゃれる音がした。
「曲がりなりにもクダイ様は神様だ。下手な行為は身を滅ぼすよ」
ジャンヌが剣を抜いた音だった。どっから現れたか聞く気はない。演出のつもりなら、尚更聞きたくないからな。
「忠告ありがとう。でも、悪ふざけをする神様を拝む気はないから」
「ハハ。強気だねぇ。その強気のまま、ラストに臨んで欲しいもんだ」
アサキの態度も、ジャンヌにしてみれば他愛もないことなんだろう。世界のループが真実なら、クダイとジャンヌは既に5回は今と同じ情景を見て来たと言える。だから、アサキが怒ろうと気にも止めないのだ。
「クダイ………説明しろ!お前がチェシャ猫だったのか?!」
「見たまんまだよ。そして、君は同じことを前回も言った。違う場所だったけど」
俺が何て言うかまで知ってるんだろう。そんな口調だ。
「ここで決着を着ける気か?」
「勘違いしないでくれ。世界をループさせてるのは僕じゃない」
「なら誰がやってるんだ?!」
「君のお父さんだよ。真神佐一郎。時間を切り離し、世界をループさせた張本人だ」
「………親父が?」
「セツハから聞いたんじゃないのかい?」
ああ。聞いたさ。けどな、何を信じたらいいのかもわからないんだよ。
「親父が………何の為に世界をループさせてるってんだ!」
「それは本人から聞くといい。息子を殺してまで世界をループさせる、そのわけを」
………ムカつくぜ。知ってて何も言わないなんて。この“神様”は、よほど人の命を弄びたいらしい。
「じゃあ何しに来たのよ!」
「今までに何回ループをしてるかは、僕らにもわからない。けど、時間密度が濃くなって来て、ループを断ち切ることが不可能になるかもしれない。だから、君達に勝ってもらわないと困るんだ」
アサキに説明したクダイは、
「こんなところで往生するつもりはないんでね」
そう付け加えた。
「………手を貸してくれるってことか?」
今となっちゃ、クダイに頼るのは不本意ではあるが、いてくれたら確実に勝てるのだろう。
俺の記憶にはない戦いに。
「手を貸す気はない。あくまで、君達自身に勝ってもらわなきゃならないからね」
ジャンヌが前髪を指で弾いて言った。
「………アロウ。君達は、佐一郎の前に敗れ去る。それだけがこれから君達に待ってる事実だ」
いつになく真剣な眼差しをクダイがした。きっとこれからクダイが話すことは、俺達にとって大切なこと。忘れることは許されないことだろう。黙って聞くしかない。それが俺達の為だ。
「君達が敗れた後は、佐一郎が再び時間を戻し、また同じ時間を始める。つまり、佐一郎さえ倒せばループは終わる………そのはずなんだ」
でも、気にかかることがあるんだろ?だからそんな顔をしてるんだ。
「………ダンテがいただろう?彼はグリムという別名を持っている。5回のループの中で、彼はいつも魔女を連れていなくなる。最後まで姿を見せないんだ。だから僕とジャンヌは、今回彼に接近して行動を監視してたんだ」
「なら、なぜみすみす逃げられた?」
サマエルはクダイを疑っているのだろうか?それとも、他に思惑が………?
まあ、コイツも胡散臭さ全開な奴だからな、俺から言わせりゃお互い様だろ。
「今回はイレギュラーな事態が在りすぎた。まずは君だ。サマエル。君が現れたことで、急激に時間は密度を増した。佐一郎も、明らかに動揺してたしね」
「………フン。だがそれは、貴様達にとってもそうだったわけだ」
「ああ。君が現れたおかげで、何もかもが崩れ始めたんだ。それだけじゃない。これまでのセツハは、佐一郎に従順で、アロウを殺すのに躍起だった。最後は同じ結果になったけど、それでも、アロウに対して思いやりを抱いていた。ずっと彼を見て来た僕には驚くことだった」
兄貴が………俺に思いやりだって?
「それに………」
クダイはおチビを見た。
「その小さな魔女も、最初に姿を眩ませてから、ずっといないままだった。………細かいことを言えば、もっとあるんだ」
「そんな話はどうでもいい。伝えたいことがあるなら、さっさと言え」
サマエル………こちらから責っ付かなくても、ちゃんとクダイから言ってくれるって。
「フッ………なら話を戻す。佐一郎が時間を戻してるのは間違いない。だが、行方を眩ませているダンテと二人の魔女。そして、最後まで姿を見せない魔女。これだけがずっと引っ掛かってるんだ」
「でも、ループを終わらせるなら親父を倒すしかないんだろ?」
「まあ、そういうことかな」
なら、俺からも聞きたいことがある。
「クダイ。サマエルが言うには、魔女ってのはブランシェットの分散した姿らしいんだが………どうなんだ?お前の意見……てか、真実があるなら聞かせてくれ」
「………あながち間違いじゃないかもね」
「かも………って。何か知らねーのか!?なんでもいい!」
「どうしたんだ………?」
「いいから教えてくれっ!」
「………そこまでは僕も考えたことはないよ。僕だってブランシェットを見たことがないんだ。何とも言えないよ」
役立たずが。言いたいことだけ言ったら知らんぷりかよ。
「そんなにがっかりされても………ね」
「………チッ。まあいいさ。でもまだ聞きたいことがある!」
「………どうぞ」
「親父はお前の存在をどう考えてるんだ?」
「この世界の一部。その程度だと思うけど?実際、世界が始めに戻ったら、僕は記憶がリセットされてるフリをしてたし。もちろん、初対面の時はやっぱり動揺してたけど、元は殺し屋が雇われていたんだ。その人物が僕に変わっただけのこと。すんなり受け入れられたんだと思うよ。“こういうこともあるだろう”ってね」
「………親父が時間を戻す理由は?」
「いいや。未だにわからない。息子を殺してまで得たい何かがあるのか………でなけりゃ、狂人だよ」
多分、本当に何もわからないんだと思う。クダイは自分の目的さえ果たせればいいんだろう。
だから、細かいことを気にしないんだ。
それにしても、親父は一体何がしたいんだ?
「………で、親父はどこにいるんだ?知ってるんだろ?」
「この橋を渡った先に、今は使われてない教会がある。そこにいるよ」
また教会か………なんだってんだ。
「………行こうぜ。親父をぶっ倒して、金環日食の向こう側とやらに行くんだ」
同意するように、アサキもおチビも、ユラも頷いて車へ戻る。
「サマエル?」
一人、まだクダイを睨んだままだ。
「僕の顔に何かついてるかい?」
「貴様が元凶でないというのが信じられなくてな」
「アハハ。勘弁してくれ。好きで紛れ込んだ世界だけど、もう飽き飽きしてるんだ。君達に勝ってもらわないと困るくらいなんだ」
「それにしてはたいした助言じゃなかったな」
「僕は始めて自分から動いたんだ。未来を伝え、真実を明かす。本来知ることのない情報を得たアロウ達が、これまで通り佐一郎に敗れるのか。奇跡を起こすのか。少なくとも、奇跡が起きる確率が上回ったと認識してるよ。………君もいるしね、サマエル」
「……………。」
何か言いたげなサマエルだったが、諦めたように踵を返した。
「クダイ」
俺は聞かねばならないことを、もうひとつ思い出した。
「なんだい?」
「真実の神だとか言ってたな。俺を」
「そうだよ。最後まで佐一郎に抗うたった一人。君は知らないだろうが、その右手の刻印には、とてつもない力が宿っている。魔女の力を吸収し、自分のものにしてしまうような。それを出来る存在は、君とセツハと佐一郎だけだ。神じゃなかったらなんだって言えばいい?」
なんかしっくり来ない言い回しだ。それだけなのか………?
「さあ、行くといい。君自身の未来の為に勝利して来るんだ」
テメェの為でもあるんだろーが。
そう言いたいのを我慢して、俺はクダイとジャンヌに背を向けた。
全て終わらせる為に。
「佐一郎を倒してくれるでしょうか?」
アロウ達が去った後、クダイとジャンヌはまだその場にいた。
頼りないアロウに不安を抱くジャンヌは、クダイから確かな言葉が欲しかった。
「サマエルもいる。大丈夫なんじゃないか?」
なのに、あまりに軽い返答だった。
「しかし、あのサマエルという男、彼らにとって吉となる人物とは思えません」
「まあね。大体、サマエルの狙いは僕だ。アロウ達を見届けた後は、僕に戦いを挑んで来るだろう」
「まさか受けて立つなんてこと………」
「拒む理由はない」
「クダイ様!」
「悪魔の神と不死鳥を知る者ならば、それだけで僕に挑む権利がある」
珍しくワクワクしているクダイに、これ以上は水を差すまいとした。好きであるが故に、その笑みが眩しく感じる。
「それよりも、あの着物の女の子………」
クダイは、アロウ達が消えた方向を見つめ、
「ただのお手伝いさんだとばかり思っていたんだが………」
過去5回において、この時点でユラがいたことはない。気にかかる。
「………いや、考え過ぎかな」
だからと言って、ユラから何か特別なものを感じたわけではない。余計な勘繰りを入れるのは止そうと、「フッ」と笑った。
伝えるべき真実は伝えた。後は傍観していればいい。
世界の行く末に、神は人を嘲笑う。