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第三十六節 正体

行動が遅れたのは、親父に殺された使用人達を弔ってやってたからだ。

弔うとは言っても、大広間に亡きがらを並べて顔をタオルなんかで覆ってやっただけだが。それでも小さな頃から世話になった人達だ。せめてもの気持ちだ。


「やけに静かな夜ね」


俺が運転するミニバンの助手席ナビシートで、アサキが言った。

この街の名物でもある大橋を走っているのだが、俺達以外の車を見ない。まだ眠りにつくのには早い時間なのに。


「でも綺麗よ〜〜」


二列目のシートにいるおチビは、夜景に見惚れてとてもこれから戦いに行く感じじゃない。………気楽なもんだ。


「チビ。あまりはしゃぐな。遊びに行くんじゃないんだぞ」


「わかってるよ〜だ!いいからアロウは前見て運転しろ!」


なんて言い草だ。このガキ。いろいろ心配してやってるってのに。


「ダメよ、ドロシーちゃん。女の子がそんな言葉遣っちゃ」


「だってぇ〜」


そうおチビをたしなめたのは、ユラだった。

気丈に振る舞って見せてるが、まだあの惨劇のショックから立ち直ってるようには見えなかった。まあ、一日も経ってないんだから無理もないか。むしろ、平静を装っていることを讃えるべきだろう。


「ユラ、着いて来ない方がよかったんじゃないか?」


「いいえ。みなさんといた方が不安が解消されますから。私の方こそ、みなさんのご迷惑にならなければいいのですが」


ホント、健気と言うか何と言うか。ショックを隠してまで俺達に気を遣うなんて。いいお嫁さんになるよ。

事態は説明してあるのだが、それを考慮しても、ユラの立ち直りは素晴らしい。


「迷惑だと思うなら、おとなしくしててよね。戦闘になったら、あなたのことまで庇えないし」


なのに、アサキはなぜかツンツンしている。


「アサキ。そんな言い方はないだろ」


ユラを擁護する言葉を発したのはもちろん俺だ。

サマエルは3列目のシートに腕を組んで目を閉じたままだし、おチビにそんな器量はないからな。


「だって、クダイとジャンヌは強敵よ?クダイはサマエルが相手してくれるとしても、ジャンヌはアロウと私の二人掛かり。そこに加えて、アロウのお父さんがいたら?ダンテまで出て来たらどうすんのよ?」


「だからってだなあ………」


「大体、アロウはこの娘に甘いのよ!」


「ユラは何も知らない“一般人”だぞ!甘くしてるわけじゃない!」


「どうかしら!鼻の下伸ばしてみっともない!」


「あのなあっ!」


「何よっ!」


思わず怒鳴り、アサキを睨む。


「アロウッ!危な〜いっ!」


前方から視線を反らした俺に、おチビが叫ぶ。慌てて前を見ると、距離にして数十メートル先に猫がいた。


「うわっ!」


条件反射で急ブレーキをかけると、ABSが作動する。このシステムの優れているところは、制動距離の短縮なんかじゃなく、ブレーキを踏んだままでステアリングを切れるところにある。つまり、速度を落としながら対象物を避けれるのだ。………なんてことはどうでもよく、俺は力一杯ステアリングを切った。


「きゃあっ!」「ふにゃ〜〜〜あっ!」


アサキとおチビは悲鳴を上げ、ユラは………何も言わないところを察するに、目を閉じて祈ってたりするんだろう。サマエルはどうでもいい。車が橋から転落したって死にやしない。

ミニバンの柔らかいサスペンションは重心移動を瞬時にさせ、猫を上手くかわしてくれた。が、思いきりロールしたミニバンは、挙動を戻すことなくスピンをすることで停車した。


「…………みんな、無事か?」


運転をしてた俺はステアリングが支えになり、身体を振られることはなかったから大丈夫だが、他のみんなは………と、一人一人確認する。


「いったぁ………」


アサキはフロントのピラーに軽く頭をぶつけたようだ。


「ふにぃ〜〜」


おチビは転がって身体を打ったらしく、それをユラが撫でていた。

サマエルは………


「フン。猫など轢いてしまえ」


不機嫌そうに俺の顔を見て言った。


「………ったく、なんでこんなとこに猫がいるんだ」


俺は車を降り、疫病神ならぬ疫病猫に近寄った。せめて文句のひとつでも言ってらやなきゃ気が済まない。そう思って口を開きかけると、


「性格が運転に現れてるぞ」


「………!!……おま………チェシャ猫!!」


このバカ猫、コイツ何やってるんだ。

チェシャ猫の名を聞くと、みんなも車を降りて来た。


「チェシャ猫………あんた、こんなところで何してんのよ!」


思ってることをアサキが言ってくれる。チェシャ猫は悪びれもない顔で………って、猫が悪びれた顔なんて知らないけどな。

一様に全員がチェシャ猫をただ見てる中、一人突っ掛かる話し方をした奴がいた。


「いい加減、小細工するのはやめたらどうだ?」


サマエルだ。


「フフ………バレてたか」


ふぅっと息を吐いたチェシャ猫は、その毛並みのいい身体を光らせる。

誰もが驚き、強い光の刺激を受けていると、そこにはクダイがいた。


「小細工してたつもりはない。こんなことでもしてないと、同じ時間を何回も過ごすなんて気が障れてしまうんだよ」


そう言ったクダイは、いつもの汚らしい格好ではなく、胸に穴の空いた純白の鎧を纏っていた。


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