第三十二節 隠匿
残り五日と十二時間。それが一応のタイムリミットになる。
ブランシェットがどんな魔女であるか解らない以上、その前に世界を救う手立てを考えなければならない。
それに………
「ダンテとシンデレラ、アリスとチェシャ猫の行方を追わなきゃな」
俺はおチビ達に同意を求めた。
コイツらは、どうにもただ雲隠れしてたわけではないらしく、繰り返す歴史とでも表現すべきか、ブランシェットを倒す手段を、コイツらなりに考えていたらしい。ま、結果は出ていないようだが。
かつてコイツらがいた、古い保育園に逃れ、話し合いをしていた。
「だが、そればかりをしている時間はない。残り時間を、有意義に使わねば」
アサキはまだ眠ってるし、サマエルも行方を眩ませてる。今のところ、まともに会話出来るのはこのライオンだけだ。
「わかってる。だけど、まだ整理がつかないんだ。クダイとジャンヌが仲間で、兄貴もブレーメンに荷担してる。誰が何をしようとしてるのか………はぁ、頭いてーぜ」
「刻印に魔女の能力を奪う力があるのなら、お前さんの兄は、他の魔女も必ず狙うはずだ」
「だろうな。………ただ、合点がいかないことが一つあるんだ。シンデレラとアリスは、ジャンヌの元にいた。なのに、兄貴は自分が狩った二人の魔女の能力だと言ってた。もし、兄貴を仲間にしたのなら、シンデレラとアリスの身柄を差し出していてもいいはずだ」
「…………ふむ。つまり、魔女の能力を引き渡し、戦力とするのが筋だと?」
そういうことだ。中々理解の早い獣だ。おチビの手下にしておくのは勿体ない。
その隣で、ちんぷんかんぷんな顔をしてるおチビ、カカシ、キコリとは大違いだな。
「理由があって匿ってるのと、ワケあってダンテと仲間割れしてるのとでは、俺らの取る行動も変わってくる」
「でも、その真偽を確かめる余裕はないのよ」
「アサキ!大丈夫なのか?」
少し声が高かったか。起こしちまったようだ。
「心配ない。寝てる時間もないしね」
タフな女だ。全く。
「なあ」
アサキに感心してると、おチビが発言を求めるような声を上げた。
どうせたいした意見などないのだろうが、扱いを間違えるとややこしくなりそうなので許した。
「なんだ、おチビ?言いたいことがあるなら言ってみろ」
「チビ言うなっ!いーっ、だ!」
「わかったわかった。悪かったよ。で?ご意見は?“お嬢様”」
「うん。アチシが思うにさ、アロウのお兄ちゃんやブレーメンが、どうやって魔女のいる教会を探してたのか知った方がよくない?最後の魔女が殺されたら、もっと状況悪くなるよ」
「んなことはわかって………………」
言いかけて、俺はまた新たな疑問を持った。
夕べ。兄貴とジャンヌは、俺達に戦いを挑む必要はなかったはずだ。
まだ見ぬ最後の魔女の能力を奪いに行くことの方が、ずっと効率的じゃないか。
シンデレラとアリスがブレーメンにいないのは、ジャンヌが知らないはずがない。わざわざ俺達を消さねばならない必然性がないんだ。
「おチビ、お前いいこと言うじゃないか」
「チビって言うなっ!」
でも、それはなぜだ?
「アロウ」
考え込んでると、ライオンが低い声で呼んだ。その視線は窓を見てる。
アサキがカーテンの隙間から外を見ると、どうやらただ事ではないことが起きてるらしい。
「アロウ(あんた)んちの“従業員”達よ」
俺も外を見る。外には、黒いスーツを着た奴らが、どうみても人を殺める為の道具を持ってこっちを伺ってる。
「どうやら、私達の居場所もわかるみたいね」
皮肉と溜め息を、アサキは器用に同時に出して見せた。
「………決まりだな」
俺は、行くべき場所を確信した。
「何が“決まり”なのよ?」
「親父のところへ行く。知ってること、洗いざらい吐いてもらう」
「あんたのお兄さんがいるかもよ?罠だったらどうすんの?」
「罠なら、明確な殺意を持った“従業員”を派遣したりしないさ。兄貴は真神家には帰ってない」
もちろん推測だが、自信はある。
「………わかったわ。確かに、ここで話し合ってるより先が望めるわね」
アサキが頷くと、おチビ達にも異論は見られない。
「でもどうやってここから脱出するのでございますか?」
キコリには、これから出す俺の答えがなんとなくわかってるみたいだ。敢えて聞くのは、その答えが、違うものであって欲しいと願うからだろう。
だからと言って、変えるつもりはない。
「正面から挑むしかない!」
「そ、そんなぁ〜」
不甲斐ない声を出したキコリを、おチビは小さな拳で叩いた。
「泣くな!」
………泣いてたのか。
「準備はいいか?」
ライオンが起き上がり、窓を睨む。
全員が頷くのを確認すると、
「行くぞッ!!」
ライオンはそう言って、咆哮を轟かせ窓を割り、外の連中を吹き飛ばした。
「みんな!俺に続けっ!」
一番に俺が飛び出し、アサキ、ライオンの上におチビが飛び乗って続く。
真神の“従業員”は、銃や刀を構えるが、刻印やアサキの足技には勝てない。
キコリやカカシも奮闘し始め、これならと思った。………が、多勢に無勢。あっさり囲まれてしまう。
「アロウ!」
アサキは指示を仰ぐ。
「チッ。………面倒くせー」
じわりじわり追い詰められ、判断を過ったかと思った時、轟音と共に“従業員”達が宙に舞う。
「クク。暇という言葉を知らんらしいな」
「サマエル!!」
「アロウ。事情が変わった。クダイが手傷を負ってるうちにカタを着けるぞ」
「な、なんだよ、それ?」
「五日目を迎えてはならん。金環日食が始まれば、それがこの世界の最後になる」
「………なんだって?!」
どっから現れたのか、横に立ちそう言ったサマエルの言葉に、みんな耳を疑った。
「ちゃ、ちゃんと説明しなさいよ!」
我慢出来なかったのだろう。アサキが責っ付く。
「待てアサキ。まずは親父んとこだ!そこで真相をハッキリさせよう!」
俺や兄貴。真神家が真実の神であるというその全てを。
一気に一日と十二時間もタイムリミットを減らされ、気が滅入るところだが、そうも言ってられない。
「急げっ!一秒でも無駄にしたくない!」
俺はみんなを率いて真神家を目指す。
ただ静かな真実なんてない。 誰もが、終わりへ向かう扉を開け、一途の望みを手に荊の道を歩く。
棘の痛みだけが、生きてる証だと信じて。