第二十九節 光陰
「ハァ……ハァ……やるね。サマエル」
「………貴様こそ。羽竜やヴァルゼ・アークに並ぶ腕だ。だが、こうでなくてはつまらん」
そっと瞼を開いたクダイを見た。
強さを求めるサマエルにとって、申し分ない強さ。しかし、クダイが発する気配は人を超えたもの。それは、神の気配。
生来より神であるならば問題ではないのだが、人を超えたということは、元は人であったということの示唆。
人が人を超えた存在になるには、何かの象徴に成り代わった証。単なる神ではないのだ。
無論、クダイが自分が神であると断言したわけではないが。
「クダイ。貴様は何の為に人を超えた?」
「何の?………聞きたいのかい?」
「貴様がどんな世界で、何をして来たかは知らんが、人が人を超えるなど、兆が一にも有り得ぬ。だが、それを成した貴様は、現世で何らかの象徴となったはず。それは、貴様が企むことの本質でもあろう」
「随分と詳しいね。そういった事情に」
「クク。かつては神に仕えてた身だからな」
「そうか。まあ、“あの”二人の知り合いだ。驚くことでもないか」
きらした呼吸を整えるように、クダイは大きな深呼吸をした。
「………僕はね、失った大切なものを取り戻したいんだ」
「余程、大切なものらしいな」
「ああ。一言じゃ言えないけど、僕にはとても大切な時間だった」
「時間を取り戻したいのか?ならば諦めることだ。いかなる存在も、過ぎた時間を取り戻すことは叶わぬ。この世でもあの世でも、時間だけは絶対の存在だ。追いかけても手の届かぬものよ」
「わかってるさ。だけどね、過去へ行くことは可能だ。もちろん、その行為自体は未来への行為で、その過去は僕の存在しない別の世界なんだけど。まあ、君に説明してもわからないかな」
「同じ光景であっても、自分の知る過去じゃないと?」
「まあそういうこと。ただ、僕の求める時間は、既に消滅してしまっている。だから、別のものだろうと、その世界の過去への道がないんだ」
「言い換えれば、貴様は消滅した世界を取り戻したいということか」
「そうだ。その為に、僕は自分の住んでいた世界を壊して、そこに取り戻したい別の世界を生み出そうと試みたことがある。でも、上手くいかなかった」
「クク………当たり前だ。どんな手段を取ったかは知らんが、世界をひとつ創造するというのは、無限に等しい物質や真理が必要になる。まして、時間という概念は不可欠になる。新たな世界ならまだしも、消滅した世界と同じ世界を創造するなどと不可能だ。時間は、個人の自由になるものではないからな」
「そうだね。それを思い知らされたよ。だから、僕は研究してるんだ」
「研究?」
「消滅した世界の再生、もしくは、それと同じ世界の創造。それを成し得る為、僕は様々な世界を旅し、仕組みを知る。そして、理論を組み立て試行する。いつか必ず願いを成就させる為に」
「フン………くだらん夢だ」
「なんだッてッ……!?もう一回言ってみろ!」
「くだらん夢だと言ったんだ」
「くだらない……?ふざけるなッ!お前にだって、失いたくない大切なものがあるだろ!」
「クク………そんなもの、この俺にはない」
「戯れ事だ!失いたくないものを持たない奴なんているものか!」
「夢を見るのは“人”だった頃の名残か?クク。俺の生きる糧は、俺がどれだけ強くなれるか。それだけだ。ようするに、生きるか死ぬか。生きていられるということは、強くある証拠。強さの限界が訪れた時、それが俺の死ぬ時だ。貴様のような甘い夢を見る為には生きておらんのだよ」
クダイの全てを否定する。失くした時間は、二度と取り戻せない。それが生きとし生ける者達を縛る絶対のルールだ。
「クダイ。その情熱が貴様に“人”を捨てさせたのなら、貴様は羽竜やヴァルゼ・アークの足元にも及ばない。もちろん俺にもな」
「僕と………あの二人と、何が違うって言うんだ!あいつらだって、自分の望むものを追い求めてる。僕と代わらない!」
「代わるさ。あいつらは、自分達の望むものが、綺麗事だと知っている。貴様のように、あたかもそれが正義だとは口にはしない」
「………これ以上は、話しても無駄だな」
サマエルの言葉を耳に入れたくないクダイは、二本の剣を構えて瞼を閉じる。
「サマエル。これだけは言っておく。僕は誰にも負けない!例えあの二人が相手でもだ!」
「ならば力を持って証明してみろ」
「ああ。そうするさ。僕は………創造と破壊を司る終末の神だからね!」
世界は、光と闇がなければ成り立たない。
心を持つ者もまた、そうであるように。