第二十八節 英霊
兄弟喧嘩なら、幾度となくこなして来た。だから、いくら兄貴が強くても、そう問題じゃない。と、思ったのは安易だったか。
兄貴は、その刻印の中に二人の魔女の能力を持っていると言った。そのひとつが、今、俺が目にしている光景ってわけか。
「気味悪過ぎだぜ」
兄貴の周りから、無数の腕が伸び出ている。
「千手………反魂の魔女リジィの能力だ」
兄貴は眼鏡の位置を直し、そう言った。
「アロウ。互いに相俟み得ぬ存在だが、それでも私の弟だ。一度だけチャンスをやろう」
「チャンス?」
「私に仕え、共に理想の世界を………」
「断るっ!」
「アロウ!」
「何が理想の世界だ!そんなもの、この世のどこを探したって見つかんねーよ!」
「……………フッ。同じ血を分けながら、溶け合いきれぬのか」
「兄貴………手加減は出来ねーからな」
「それは私のセリフだ。せめてもの情け。楽に殺してやる!」
無数の腕が、一斉に襲い来る。
「やれるとこまで、やるだけだ!」
自分に言い聞かせ、刻印の力を解放して迎え撃つ。
「ウオオオーッ!!」
俺は唸り、絡み付こうとする腕“達”を振り払う。
魔女の能力だと聞いたから、多少警戒を深めたが、それほど警戒するまでもない。ただうっとうしいだけだ。これなら、ヘマをしない限り兄貴に殺られるようなことはない。
「………いける!」
何も恐れることなんてないんだ。実の兄でさえ、妖かしの力に染まるなら、消すまでだ。
俺は、ロザリオカルヴァなのだから。
「やるね。アサキ」
「いちいち喋らなくていいから!」
ジャンヌの余裕を聞く気など毛頭ない。
アサキはすかさず攻撃に転じる。
ワイヤーアクションのように軽やかに空間を蹴り飛ばし、勢いをつけジャンヌに足技を疲労する。
その白い足を、ジャンヌは右に、左に、のけ反り避ける。
「そんな鎧(重い)もん身につけてる割りにすばしっこいのね!」
「お褒めの言葉ありがとう、アサキ。けれど、君こそ腕を上げたじゃないか。ボクとしては、頼もしく思うよ」
「そうやって、余裕かましてると、痛い目みるわよ!」
「心配はいらない。なぜなら、君は本気を出してるけど、ボクはまだ半分くらいの力しか出してない。実力は明らかだね」
「………ずっとひっかかってたんだけど、あんたの口調ってクダイに似てるわね?」
「………がさつだとばかり思ってたけど、中々観察力があるじゃないか。………そうさ。ボクは彼の口調を真似てるんだ。似て当然さ」
「じゃあやっぱりクダイもブレーメンなの?!」
「そういう疑問を持つことは、いいことだ。でもね、知りたければまずはボクを倒すことだ」
「ジャンヌ………」
「もっとも、自分が何者か知る方が先だろうけど」
クダイとジャンヌが繋がっている。それが解っただけでも収穫はあった。
自分の記憶はともかく、見えない糸に色をつけて行けば、真実に辿り着けるはず。アサキはそう考えている。
「………シンデレラとアリスはどうしたの?!」
「他人の心配より、自分の心配をした方がいいんじゃないか?」
「そうしたいんだけど、魔女の能力を喰らう輩も現れたし、“保護”しないとね………」
「アハハ!………何かあったかい?アサキ」
「どうして?」
「やけに落ち着いてる………そして、“気”に温度を感じる。温かく………優しく………でも激しさを秘めて」
ジャンヌの知るアサキではなくなっている。その原因がアロウにあることも承知している。
「こんなんだけど、ボクも一応女だ。好きな人が出来れば、その人に見合う女になろうとする気持ちはわかるよ」
「な……何言ってんの!私が誰を………!」
「フフ。そうやって、ムキに否定するということは、心当たりがあるんだね」
「…………!!」
「かく言うボクも、想いを寄せる人がいる。その人の為に、ボクは命を捧げたんだ。その人の願いを叶える為、ボクは剣を手にした」
「なによ、世界を救う使命はどこにいっちゃったわけ?」
「そんなもの………最初から持ってないさ。女が命を捧げるのは、果たすべき使命なんかにじゃない。惚れた男にこそ捧げるものだ」
「あんたの口から惚れたなんて言葉、聞かされるとはね」
「それも今回限りだよ。今夜、君はここで死ぬ運命なんだから」
談話にケリを着け、ジャンヌは剣を構える。
「そういえば、まだ正式なボクの名前を言ってなかったね」
ショートカットのブロンドが夜風にふわりと靡く。
「ボクはジャンヌ・ダルク。人の求めし英霊。けれど、ボクは人間が嫌いでね。故に、人の期待を裏切る者だ」
それは、彼女が人ではない真実だった。