第二節 咒女(じゅじょ)
「魔女狩り………ねぇ」
面倒なことになったもんだ。
魔女狩りをする時間は夜。最低でも夕方六時を回ってからだそうで、その辺りから魔女は動き出すらしい。なんでも、教会が魔女を使って争いを始めて日が浅いらしく、さしずめ教会戦争に関する詳細は霧の中らしい。
兄貴と魔女狩りを始める時間までまだ先。俺は、息の詰まる真神の家を出て、一旦ホテルに戻ることにした。
「刻印なんて、しばらく使ってなかったな」
右手の黒い革手袋ごしに、刻印のある辺りを見た。
小さい頃は、よく親父に連れられ妖かし退治に出掛けたもんだ。
妖かし達が、親父の刻印に消されて行くのが、実に神聖さを醸し出していたっけ。
俺はその時に出る、シャープな光によく目を奪われていた。
だけど、思春期を迎えた頃から、真神家に対する反骨精神から、妖かし退治を辞め、刻印を使うのを封印していた。
刻印は凶器にもなる。“人を消すことは出来ない”が、“人を殺めることは出来る”。人に対して迂闊に使用すれば、風穴を開けるのはワケないのだ。
「やれやれだ。やっと自由になったと思ったってのに」
あれからも出続ける溜め息を、敢えて止めることはせず、俺はいびつな工事跡の残るアスファルトを歩いていた。
そのわずか二、三メートル先を、すごくいい香りのする若い女性が歩いていて………いや、全然変な意味ではなくだ、彼女がひらりとどこからかハンカチを落とした。
「あ、あのぅ………」
まだ一度も使われていないだろう白いハンカチを拾い、声を掛けた。
「はい?」
「ハンカチ落としましたよ」
「あ、ありがとうござ……いま……す」
思わず顔を見合わせた瞬間だった、
「あ〜〜〜〜〜!!!!」
「あーーーーー!!!!」
同時に街の往来で叫んだ。
「お、お前……夕べの!」
俺を痛め付けてくれた危険女だった。
「へ、変態!!」
なんてことを叫びやがる。みんな俺を見てるじゃないか。
「バ、バカ!勘違いされるような言い方はやめろ!」
そう忠告したにもかかわらず、危険女は俺からハンカチを“引ったくる”と、
「変態でしょ!よくもまあ昼間っから堂々と!………ハッ!なに!?今度はストーカー!?」
「ふ、ふざけんなっ!俺はハンカチを拾ってやっただけだ!」
「拾ってやった?なんて傲慢な男なの!ハンカチ拾ったくらいでお尻を触らせろっての!?」
「誰がいつ、何時何分そんなことを言った!?」
「顔に書いてあるわよ!」
信じられん。人の親切を、どう解釈したらそうなるんだ?
「もういいっ!親切になんてするんじゃなかった!」
また暴力を振るわれるのは御免だ。
二度も親切にして、この仕打ちだ。関わらない方が身の為。
「待ちなさいよ」
言い切ったか言い切らないかの境界線辺りで、背中に結構な衝撃を受けた。それが、この危険女の回し蹴りだと知るには、くるりと回転する彼女の、水平に保たれた右脚を見れば一目瞭然だった。
「テ、テメェ!このクソ女!何しやがるっ!」
きっと、世界中は今、俺の味方のはずだ。だってそうだろ?ハンカチを拾ってやったあげく、背中に回し蹴りを喰らったんだ。
なのにだ、この女ときたら、
「あんた、駅まで道案内しなさいよ」
………何様だと言いたいのを通り越し、「?」が頭を埋めて行く。
性格悪いのは鉄板だ。いや、腐ってる。人様に蹴りを入れといて道案内をしろと命令するのだからな。親の顔が見てみたいもんだぜ。
「なんで俺が、んなことしなきゃならないんだ?」
「ヒマそうだから」
「ひ……暇だあ?生憎、俺は忙しいんだ!小娘とじゃれあってる暇はな………ぐほっ!」
「駄々こねてないで案内なさい」
警察に突き出してやろうか。今度は腹を蹴りやがった。恐ろしく育ちが悪い。
ただ、蹴りが飛んで来るまでのモーションが、ほとんどない。相当、格闘技か何かをやり込んでいるのは間違いない。
「この………バカ女ッ!」
怒りに任せ、つい俺も蹴りを放った。本気じゃないにしろ、当たりどころが悪ければ骨の一本はイカレるだろう。だが、それすらも無駄の無い動きでかわすと、
「なあんだ。そこそこやれるんじゃないの」
ニヤニヤしながら言った。
このガキ………なんだこの余裕は。
もちろん本気で当てるつもりはなかったし、かわしやすいようにしてはやった。が、スマートに避けたもんだ。
「そんな怖い顔しないでさ、ほら、道案内」
「……………。」
まあ、宿泊先のホテルは駅の近くだし、また蹴られるのは勘弁だ。
「わかったよ」
「そうこなくっちゃ!はい、これ」
「な…………」
「あ〜楽になった。あ、落とさないでよ」
持っていた手荷物を押し付け、“道案内”よりも先を歩き出した。
この街に帰って来たことが、全ての始まりだったんだ。
名前も言わず闊歩する危険女。
後に、自分の運命を呪うことは罪だと知らされる。そんな得体の知れない何かに呑み込まれていると、もっと早く気がつくべきだった。