第二十五節 急変
今回で五度目の魔女狩り。疑いを持つことも、もうない。なぜなら、ジャンヌが持って来る情報は確実だからだ。
だけど、それは兄貴とクダイ側にも言える。どこから仕入れて来るのかなんて、考えたこともないが、いずれ出所ははっきりとさせたい。
俺は、アサキとサマエルを連れ、言われた先の教会へとやって来た。
「五人目の魔女がここにいる」
解りやすく、簡潔に言ってやる。
前回は兄貴に先を越され、世界から魔女を一人消されてしまったが、今度はそうはいかない。
「それにしても大きな教会ね」
アサキが言うように、見た目から、教会には間違いはないのだろうが、いかんせん学校の校舎並の大きさだ。胡散臭ささは申し分ない。
「どうしたの?サマエル」
機嫌悪そうに辺りを気にするサマエルに、アサキが声をかけた。
「………嫌な臭いがする」
特に臭いを嗅いでるようには見えないが、何かが気になるらしい。
「何にも臭わないぞ?」
俺はクンクンと鼻を機能させてみたが、サマエルが気にする何かを感知は出来なかった。
「何の臭いがするわけ?」
アサキも俺を真似たようにしていたが、感想も同じようだ。
「………嗅ぎなれた臭いだが、ずっと好きになれなかった臭いだ」
だから、それが何なのか聞いてるんだ。そういう言い方をするってことは、何の臭いか解ってはいるわけだ。
「魔女狩りと関係ある臭いなのか?」
「そんなものと比べものにはならんな」
「なあ、サマエル。これから一仕事するんだ。あれこれ頭を悩ませたくない。そんなに気になるなら、ちゃんと言えよ」
おそらく兄貴とクダイも来る。その前にカタを着けたいんだ。
「………神の臭いがする」
「は?カミ?」
「それも高位の神だ」
ああ。神様のことか。
もちろん、俺とアサキが神様の臭いなど解るわけもなく、サマエルの言葉に眉をひそめるしかなかった。
「しかも………それだけではない。上手くは言えないが、危険な臭いであるのは間違いないだろう」
「間違いないだろうって………具体的にどうしたって言うんだ?まさか、神様が降臨して来るなんて言うなよ?」
サマエルの顔が不安げに染まる。コイツのことを、よくは知らないにしても、ただ事でないことは解る。
「急げ、アロウ。嫌な予感がする」
ホント、なんだかよく解らないが、俺まで不安に染まって来た。
「行こ。アロウ。サマエルの言う通り、空気が淀んで来たわ」
それはアサキも同じようだ。
「よしっ!行くぞ!」
そう意気込んだ時だった。
「裏切り者がのうのうとやって来たか」
教会の方から誰か歩いて来る。だが、姿を確認するまでもなかった。聞き慣れた声だ。
「兄貴!」
そして、
「遅かったね。残念だけど、もう事は済んだよ」
「クダイ………ッ!」
コイツ、今何て言った?事が済んだ?
「そうだ。魔女はもういない」
フンと鼻を鳴らした兄貴は、右手の刻印を見せ、
「見ろ。刻印が金色に光ってる」
自慢げに言う。けど、俺には何がそんなに自慢なのか解らない。
「だからなんだよ」
「アロウ。お前の刻印はこんなに強く光を放つか?」
言ってる意味を理解出来ないでいると、
「セツハは、魔女の力を自分のものにしたんだ」
「な………なんだって?!」
クダイが言った。それは、にわかには信じ難いものだった。
俺の視線が兄貴を捕らえると、
「アロウ。お前も知ってるんだろう?」
眼鏡に外灯を反射させて言った。
「何をだ?」
「フッ。とぼけるな。金環日食の日に何が起きるかだ」
兄貴が………知っている。金環日食の日に、ブランシェットが現れることを。でも、なんで兄貴が………
「まだ知ってるぞ。魔女は六人。その数は、最後の一人さえ残しておけば、残る五人はイレース出来る。しかし、六人全員を消去は出来ない。………ことまでな」
それを吹き込んだのは、多分クダイだ。
クダイも知ってたんだ。その仕組みを。
今考えれば、含む言い回しの多い奴だった。そして、そのことはある疑惑を生む。
「………お前、ブレーメンなのか………?」
クダイは否定もせずに笑って見せる。
「アハハ。さあ?なんのことだろうねぇ?」
「テメェ………!」
もちろん、時空間を移動して来たと言い張る奴だ。ブレーメンと繋がりがなくても、何らかの事情で知ってることも考えられる。…………それと、さっきサマエルが言ってた“神様”の臭いの正体。それはクダイだ。
「兄貴、親父はコイツと組んで何を企んでるんだ!」
「父さんは関係ない。何も知らないさ。これは、私自身の問題だ」
「ふざけたことを!それじゃ、兄貴だって裏切り者じゃないか!人のこと言えるのか!」
「もう、終わりにすべきだ」
「何っ?」
「妖かしを狩り続けて来た真神家。確かに由緒ある名家に違いはない。今では、世界を牛耳る資産家のひとつ。どんな黒い闇も、正義にしてしまう魔法を使う。だがな、私はそういうものにうんざりしていたんだ。お前が真神家を批難し、家を出て行った時、私もそうすべきだった。フッ………そんな勇気を持っていたお前が羨ましかった」
「兄貴……」
そんな風に思ってたなんて、正直思いもしなかった。だからと言って、同情はしない。真神家を出ることのリスクは半端じゃない。それを怯えた兄貴は、親父に負けたんだ。
「それで?あんたは何をするつもりなの?」
ひょこっとアサキが口を出し、兄貴を問い詰める。
「金環日食の日に現れる魔女ブランシェット。そいつを倒して、私の理想の世界を築く」
さも、当たり前のように発言したが、言ってることはとても容認出来ない。
「兄貴………トチ狂ったか」
「元々狂った世界に住んでいるのだ。狂おうと狂うまいと、たいした問題ではない」
そして兄貴は、コートを脱ぎ捨てファイティングポーズをとる。
「なんの真似だよ?」
「聞くのか?残りの数日間で、お前らの匿う魔女の力を手に入れる。その為に、ここでお前らを殺しておく必要があるんだよ」
「兄貴………」
腹が立ち、兄貴の挑戦を受けてやろうと前に出ると、サマエルが止めた。
「アロウ。お前はブレーメンに戻って魔女を逃がせ」
「サマエル?」
「どうも嫌な予感が止まない」
その視線の先には、クダイがいる。クダイもまた、それを知り、
「君は傍観するもんだと思っていたよ」
「フン。俺が何も知らないと思っているのか?」
「………フッ。ま、余興も必要だよね」
クダイがダーインスレイヴを手にすると、サマエルも自らの剣を手にした。
「行け!アロウ!アサキ!」
サマエルが怒鳴ると同時に、クダイと兄貴を狙って突っ込む。
二人の足止めをしてくれるのか。なら、遠慮なく退散するまでだ。
「アサキ!」
「うん!」
俺とアサキは、来たばかりの教会を後にする。
走りながら振り返ると、サマエルがクダイと鍔ぜり合い、兄貴に魔法のような現象で攻撃している。
「頼んだぜ、サマエル!」
状況把握を完璧に出来てない。でも、事態が急変したことだけはわかっていた。