第二十節 悪魔
とりあえずブレーメンに戻った俺達は、みんなにサマエルのことと、魔女が一人消されたことを報告した。
意外にも、サマエルのことはすんなり受け入れてくれ、組織と呼ぶには小さいが、ブレーメンにいることを快諾してくれた。
が、魔女が一人消された事実は、頭を悩ませる種となったようだ。
「グリーンハーブ………リジィか」
それが被害にあった魔女の名前らしい。ダンテは額に手を当て、考え込んでいる。
「二人は保護してるからいいけど、残るはあと三人か」
ジャンヌが珍しく険しい表情を見せる。
そういや、ドロシーはどこへ行ったんだ?あれ以来顔を見せない。
「リジィがやられるなんて………」
シンデレラはショックからか、少し顔が青ざめてる気がする。
「チェシャ猫、他の魔女も早く保護してあげようよ」
アリスの提案に、チェシャ猫は、
「うむ。こうして悩む時間は私達にはない。一秒でも早く他の魔女を探さねばならないぞ、ダンテ」
「わかっている」
重い空気の中、サマエルだけが“普通”だ。
「クク………魔女か」
「何がおかしいの!?」
アサキが突っ掛かる。
「わずかな日数で、世界を救う準備と手立てを用意しなければならんとはな。ご苦労なことだ」
「バカにしてるわけ!?私達は真剣なのよ!」
「そうではない。俺は様々な世界を傍観して来たが、短期間でケリを着けなければ破滅する世界というのは初めてなんでな。………悪気はない」
コイツ、そのうちアサキに蹴られるぞ。
とは言え、アサキの機嫌が斜めを向いたのは間違いなく、
「アロウ。すまないがサマエルと席を外してくれ。ああ、君らの部屋はシンデレラとアリスに用意させる。それまでその辺で時間を潰しててくれると助かる」
ジャンヌが言いたいのは、アサキへの配慮と、ダンテ達と打ち合わせをするからということなのだろう。
「だとよ。少し外そうぜ、サマエル」
「……………。」
これまでの経緯を説明してやろうと、ブレーメンの窓口にもなってる教会へ向かった。
「随分と矛盾した話だ」
丁寧に説明してやったつもりだが、サマエルから返って来た言葉は、否定的なものだった。
「何が矛盾なんだ」
そもそも、サマエルの態度はデカイ。我が物顔とはコイツのことで、出会って数時間とは思えないくらいに横柄だ。
「クダイや貴様の兄貴は魔女狩りをしてるのだろう?だが、魔女はその人数がゼロになることはないと貴様は言った。ならば、クダイ達のしてることは意味のないことになる」
「そりゃそうだが、もしかしたら俺達の知らない何かがあるんだろ」
「クク………本当にそうか?」
「何?」
「よく考えろ。ブランシェットは魔女を生け贄にすることで世界を破滅させると言う。その魔女を保護し、金環日食から12時間を逃げ、難を逃れる。そうすれば、魔女は再び三千年の眠りに就く。こんな馬鹿な話があるか」
「………なんでだよ。どこもおかしくないだろ」
「ならば、魔女は何の為に眠りから覚めるのだ?目的があるからだろう?ブランシェットを倒し、魔女だけの世界の創造をすると」
人から得た知識を、あたかも自分が最初に会得したように喋るな。
「だけど、チェシャ猫達はブランシェットと戦う気はないみたいだぜ」
「眠りを選ぶと?」
「仲間同士の殺し合いを避けたいんだろ。そんなこと言ってたっけ」
「………それを鵜呑みにしてるのか?」
「………俺にはお前が、何が言いたいのかわからんね」
「ブレーメンの奴らが真実を語ってると断言出来るか?」
………どういう意味で言ってんだ?チェシャ猫達が嘘をついてると?ふざけんな。お前に何がわかる。
「断言出来ないのなら、疑ってかかるべきだ」
「ご忠告ありがとさん。悪いが、お前の言いたいことがさっぱりわからん」
「クックッ。教えてやろう。真実とは角度を変えて見ると、全く違う一面を見せることがある。結局貴様は、聞いたことだけで事を判断してるようだが、奴らを信用するに値する情報ではないだろう?」
「みんなが嘘を言ってるって言いたいのか?」
「魔女が目的を蔑ろにして、人間に従う理由は存在しないんじゃないかと言ってるんだ」
「いや、だからだな、ブランシェットに挑む気が………」
「三千年経てば、また同じことを繰り返すのにか?」
「んなこと、俺が知るかよ。本人達がそれでいいなら、何も問題ねーだろ」
「貴様は無知だからそんなことが言えるのだ」
「なんだとっ?!」
「魔女達が何か別の目的を持っていたら、貴様は後悔することになる」
なんなんだ。これから世話になろうって連中の非難をするのか?
「ククク。ならひとつ聞く。真実が、貴様の納得出来ないものであったなら、貴様は受け入れないのか?」
「……………唐突になんだってんだ」
「貴様は、真実というものが、自分の納得出来るものだと信じている。だから、説明を拒んだ自分の父親に真実はないと思っているだけだ」
「そんなことはない!俺がみんなを信じるのは………」
「優しくされるからか?」
「!!!」
「丁寧な接し方をされ、丁寧な説明を受ける。誠実にされれば、苦にはならんだろうからな。だが、奴らの態度が嘘の可能性もあるはずだ。そして、もし、真実が貴様にとって受け入れ難いものなら、貴様はこう言うはずだ、“そんなはずはない”と。今のうちに進む道を見定めておかねば、永遠に真実に辿り着けなくなるぞ」
なんでコイツは、会ったばかりの俺にここまで言うんだ?俺に何をさせたいんだ?
「ククク………荊の道でよければ、いつでも歩き方を指南してやるがな」
動揺した。サマエルの言葉の裏には、これから先、何が起きるかわかっているような重さがあった。
けど、それはありえない。未来から来た存在でもない限り。
サマエルが俺を“どこか”へ導こうとしている。それは、人が楽園と呼ぶ場所か。神が地獄と呼ぶ場所か。
今のコイツは、俺には悪意剥き出しの悪魔にしか見えなかった。