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第十九節 理由

「ちょっと待てよ!二人で勝手に盛り上がるなよ!」


クダイとサマエル。俺達の存在を無視したやり取りに、俺は業を煮やした。


「サマエルとか言ったな!勝手に割り込んで来て、勝手にクダイとやり取りをするんじゃねー!」


「クク。そいつは悪かった。だが、命は救われただろう?」


「この野郎………」


「そう恐い顔をするな。あのクダイという男、お前が太刀打ち出来る相手ではない」


サマエルはそう言って、クダイの相手を譲ろうとはしない。俺にしてみれば助かるんだが、そこは男。プライドがある。


「だからって、はいそうですかって言うと思ってんのか?」


「………言わないのか?」


「テメェ………!」


思わず殴り掛かった俺の拳を受け止める。力には自信があったのに、拳を押し返すことが出来なかった。


「セツハ。今夜は退こう」


すると、おもむろにクダイは兄貴に言う。


「なんだと?私はアロウを始末しろと命令したはずだ」


「でも、邪魔者が入ったし、とりあえず魔女を一人狩ったことの報告をした方がいい。アロウのこともね」


煮え切らない様子だったが、やがて兄貴はクダイの提案に頷き、


「いいだろう」


納得した。


「サマエルだっけ?今夜の続きはまた今度だ」


クダイはダーインスレイヴを鞘に収めた。


「ククク。楽しみはとっておくものだからな」


サマエルもまた、剣を鞘に戻す。


「アロウ。覚悟しろ。真神を裏切った報いは、身を持って処理してもらう」


そして兄貴は、クダイを連れ、車に乗り込み教会を去った。

残された俺達の問題は、


「クソッ!兄貴に先を越されるなんて!」


魔女を狩られてしまったことだ。


「私達も一旦、ブレーメンに戻りましょ。ダンテとジャンヌに報告しないと」


「ああ。わかってる」


それに、ただ帰るわけにもいかない。


「俺も貴様らに着いて行こう」


そうだ、サマエルがまだいる。

それも、勝手に着いて来ると決めてな。


「お前なあ、」


「何を争ってるかは知らんが、力にはなれるはずだ」


クダイのことを言ってるんだろう。確かに、クダイがこのまま敵でいるなら、俺では太刀打ち出来ない。シンデレラやアリスだって無理だろう。当然アサキもだ。

だが、力になろうってツラじゃない。おそらく、クダイと剣を交えたいだけだろう。何の意図があるかは知らないが。

サマエルを連れて行くかは俺に選択権はない。この場でなら、それはアサキにある。


「どうする?アサキ」


「………信用は出来ないけど、彼の力は頼れるわ。本人から申し出てるんだし、とりあえず連れて行きましょ」


アサキの承諾を得て、


「クク………まあ、期待には応えてやろう」


サマエルは満足そうだった。

ただ、魔女が一人消された事実。それが果たしてどう転がるか、それだけが気になっていた。










「そうか。アロウがブレーメンに」


佐一郎は、セツハの報告を淡々と耳にしていた。

まるで、予測していたように。


「どうします、父さん?」


「………ふむ。しばらく放っておけ」


「な………なぜです!?放っておける状況じゃないでしょう!?」


到底、納得出来ることではない。


「父さん。なぜブレーメンを探さないのです?その気になればすぐに見つけられるはずです!この際、ブレーメンも一気に潰した方が………!」


「いつでも潰せるから潰さんのだ」


「父さん!」


「セツハ。お前はこれまで通り、魔女狩りを続ければいい。わかったな」


口調も表情も穏やかではあるが、有無を言わさぬ威圧感があった。


「…………わかりました。ですが、これだけは申し上げておきます。アロウが私の前に敵として現れるならば、私はアロウに生きる道を与えません」


それが真神家の掟だ。


「………好きにするといい」


その言葉を聞き、セツハは部屋を出た。










「自分の弟を平気で殺せるのかい?」


庭の池を渡る小さくも立派な橋の上で、クダイは鯉にエサをやりながらセツハに聞いた。

その質問は、アロウにもしたものだし、二人のことは安易に見抜ける。だから答えはわかっている。

しかし、セツハはすんなりとは答えなかった。


「………それもまた宿命というヤツだ。血を分けた兄弟故の」


「わからないな。そうまでして従わなきゃいけないものなのか?家柄って」


「………そう教え込まれて来たからな。それが当たり前だと思ってしまうんだ」


「思ってしまうってことは、本当は間違いだって気づいてるってことか」


「……………。」


「………僕にも兄と呼べる人がいた。血は繋がってなかったけど、確かに兄と呼ぶに相応しい人だった。一見、無愛想で冷たい印象を受けるけど、すごく面倒見のいい男だった」


「…………過去形で話すところを見ると、亡くなったのか?」


「ああ。僕を生かす為にね」


クダイは、空になったエサ袋をギュッと握り締め、


「もし時間を戻せるなら、次ぎは彼を死なせたりしない。それに、他の仲間達も。今の僕なら、それが可能だから」


それは叶わぬ夢への懺悔にしては、どこか現実味のある言葉で、クダイという人物の全てのようにも思えた。


「………死んだ人間は生き返らない。それが摂理というものだ。だが、奇跡が起き、可能であるならば、私は母親というものに会いたい」


「そういえばセツハのお袋さんって、亡くなって大分経つんだってね。佐一郎氏から聞いたよ」


「アロウを産んですぐだそうだ。私にはその当時の記憶がない。ちょっとした事故で、幼い頃の記憶が抜けてるんだ」


「そっか。それは悪いことを聞いたね」


「いや。構わない。久々に母親に会ってみたいなどと淡い想いを抱けた。………毎日、忙しいと、忘れてしまう。私も所詮、人の子なのだと」


「人の子…………か」


「そういえばクダイ、お前、人の領域を超えたとか言ってたな?あれはどういう意味だ?」


「………気にしなくていいよ。売り言葉に買い言葉だし」


「フッ。そうは見えなかったが………ま、いいだろう。人には事情がある。望んだ事情もあれば、望まぬ事情もあるだろう。聞くだけ野暮だな」


そう言うと、セツハは背伸びをした。きっと、アロウや佐一郎の前では見せない姿。息を抜けた感じで、昨夜の疲れを見せない。


「今夜も出掛ける。昼間のうちに少しでも寝ておけ。また、アロウ達が現れるかもしれんからな」


去って行くセツハを一度も視界に入れず、


「………みんな、僕は本当に正しようとしてるんだろうか…………」


失ったものを取り戻したい。その為の犠牲なら、神の命さえ手に入れて来よう。望むものは、全て力で手に入れよう。そう決意したばかりなのに、クダイの心に陽の当たらない場所がある。

人であるが故に苦しむ理由があるのなら、人であり続けなければならない理由はない。


−会いたい人達がいる−


それだけがクダイが苦しむ理由。

なのに、人でいることを拒んだ青年は、人でいることを捨てねばならない理由だけが見つからないでいた。



金環日食まで、あと六日。


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