第十八節 旅人
アサキを連れ、俺は情報通りの教会へ向かった。
そこは、こじんまりとした教会ではなく、広い庭園があり、高さもある豪華な教会だった。
その庭園を“汚す”ように無造作に停車された高級外車。兄貴のだ。
「信じられない停め方するのね」
身内の恥に、恥ずかしくなる。
アサキはこれが兄貴の車だと知ってるようだ。
夜更けに教会に来る輩は、ブレーメンか真神かしかない。それに、何度か接触してるからわかっていても不思議ではない。
「兄貴は昔からわがままなのさ」
自分が絶対だと思っている。無論、親父は別としてだ。
そんなだから、俺は兄貴が好きじゃない。金持ちの長男って、みんなわがままなのかね。
「それよりも、どうするよ?正面から行けば兄貴に会うぞ?」
「だから?別にいいんじゃない?………あっ、あんたは都合悪いんだっけ?」
ああ、悪いね。まだブレーメンに入るとは決めてないし、出来れば兄貴とは会いたくない。
「でも私には関係ないしね。正面からでしょ」
この女………忘れてた。こういう女だ。
「何してるの?早く来なさい」
俺は犬か。
「おい、アサキ!待てよ!」
一人、先を行くアサキに声を掛け終えたと同時くらいだった。教会の窓ガラスやステンドグラスから、まばゆい閃光が洩れ、爆発音が鳴り響いた。
「キャッ!」
女子高生らしい悲鳴を上げたアサキは、衝撃で軽く尻餅を着く。
あと十歩ほど前だったら、綺麗な顔立ちがメタメタになってたかもしれない。
「大丈夫か!」
「え、ええ。大丈夫」
アサキを立たせ、俺は教会を見た。
魔女か兄貴か。どちらかが攻撃をしたのは間違いない。
爆煙が立ち込め、視界が満足でない。しばらく捕獲された獣のように動かずいると、
「アロウか?」
兄貴が現れた。
「兄貴………」
まさか………魔女を消したのか?
「遅かったね。………おや?その娘は確か………」
のうのうと、クダイも居た。
「どういうことだアロウ!?その女はブレーメンの女じゃないかっ!なぜ、お前が一緒にいる!?」
さあて、何て返答すればいいかね。
もっとも、兄貴が納得する返答は用意してないけど。
「アロウは私達の仲間になったのよ!」
なっ………なんで俺より先に返答するんだよ。それに、そんなこと言ったら………
「………なるほど。思いきったものだな、アロウ。馬鹿な選択だとは思うが、真神の厄介者であるお前が敵に回るのは、私としては願ってもないこと。始末しても問題なくなったわけだ」
「待ってくれよ!兄貴!話を聞いてくれ!」
「聞く耳持たんな。フッ。若い女に毒されるようでは、魔女狩りなど出来んワケだ。腑抜けめ!」
「んなわけねーだろ!話を聞けよ!」
「黙れッ!ちょうどいい。魔女を始末したついでだ、クダイ、この腑抜けも始末してくれ」
「なんだって………!!」
兄貴を覆い隠すように、クダイが立ちはだかる。
「退け!俺は兄貴に話があるんだ!」
「アロウ。僕は佐一郎氏から頼まれてここにいる。ならば、佐一郎氏の敵に回った君にお伺いを立てる必要はないわけだ」
しれっと、何を吐かしやがる。
「クダイ、刻印は人間に危害を加えることも可能だ。………ケガするぜ?」
「アハハ!いいね!ちょうど体力を持て余してたんだ。相手になるよ」
左側の鞘からダーインスレイヴを抜く。
「クダイッ!」
「いいじゃないか。魔女だかなんだか知らないけど、女の子のお尻ばっか追いかけてもつまらないしね」
コイツ………本気だ。本気で俺を殺すつもりだ。
こんなとこで覚悟を決めなきゃならないのかよ。
「アロウ………」
クダイの殺気を気取ったのか、アサキが不安を見せる。
「………逃げ道はない。………やるしかないんだ!」
刻印だけでどこまで出来るかはわからないが、逃がしてくれそうにもない。
「いい覚悟だ。まるで………かつての僕を見てるようだ」
「お前の過去なんて知らねーよ!」
殺気が留まることなく押し寄せる。冷や汗がシャツに滲み、俺に警告する。万が一にも、勝てる夢を見るなと。
「早くやれ!クダイ!」
兄貴がヒステリックに命令を下すと、
「わかったよ」
ジリッと踏ん張りを利かせ、刹那、クダイが掛かって来た。
それは人間な目で追えるものではなかっただろう。
わけのわからないうちに、すぐ目の前まで来ていた………だが、金属同士が衝突する音がし、俺の視界には知らない背中があった。
「お前は………!」
そう呟いたのは俺ではない。クダイだ。
「ククク。面白そうなことをしてるじゃないか」
背中の主は、ロングコートを着てフードを被っているが、どうやら顔見知りらしい。
「………ただ者じゃないとは思ってたけど、やっぱり人間でもなかったか」
なんだなんだ、コイツも妖かしか何かか?クダイがそう言った真意はさておき、ロングコートの男は太い刃の剣でダーインスレイヴに対抗していた。
「ほう。俺が人間じゃないと、どうして言えるんだ?」
「気配が違う。わかるんだ。そして、この世界の住人でもない」
「こいつは驚いた。そこまで解るのか………フッ。たまには寄り道もしてみるものだな。意外な発見もある」
ロングコートの男がクダイを押し戻すと、クダイはスウェイバックで距離を取った。
クダイは表情を“真面目”にし、
「何者だよ………お前」
付き合いは至って浅いが、俺に見せるクダイの声でもなかった。
きっと、それがクダイの本性なのだろう。
暗いと言うか、闇を纏ったような………それこそ、人間のものとは違う雰囲気だ。
「答えろ。何者だ」
「ククク。答える義務があるのか?」
一方で、ロングコートの男はクダイをからかってるようにも見える。いや、からかっている。
「言いたくなきゃ言わなくてもいい。けど………」
そう言うと、電光石火のごとくダーインスレイヴを振り抜き、風圧で男のロングコートを粉々にする。
とてもじゃないが、人間技じゃない。
ようやく顔を見せた男は、暗闇に飛ぶわずかな明かりでも解るくらいに、青い髪をして鏡のように光る銀色の鎧を纏っていた。
「この世界から退場してもらう!」
「………俺を邪魔者扱いするってことは、貴様もこの世界の住人じゃないのか。クク………まあ、それこそ気配で解るが」
「余計なことは言わなくていい!聞かれたことだけに答えるんだッ!」
そこはクダイと男の独壇場。俺やアサキ、兄貴が入り込む余地はない。
「………よかろう。しばらく厄介になる世界だ。名前くらい知っておいてもらわんとな」
「名前を聞きたいワケじゃない!何者か聞きたいだけだ!」
「フッ。感情的な男だな。俺のよく知る男に似ている」
そして、男は顎を上げ、
「俺の名はサマエル。時空間を旅する者だ」
名乗り、
「貴様も同じだろう?」
クダイに聞き返す。その当人は、
「………さあ?どうだろうねぇ。………でもこれだけは言える。僕に期待をしないことだ。そう、都合のいいことも悪いことも。僕は………」
卑しく、にやける。
「人の領域を超えた者だからね」
後に俺は知ることになる。その言葉の意味を、この世界の真実と共に。
そして、可能ならば、返して欲しいと。
神様ってヤツに捧げた祈りをな。




