第十五節 堕天
アサキと俺は、一番手っ取り早く“保護”出来そうな魔女を捜しにやって来た。
「さあて、どこにいるやら」
嗅覚を時給700円程度で働かせ、俺はシンデレラを求める。
「そんなことしなくても、ビルサービス会社に電話すればすぐじゃない」
と、出鼻をくじくアサキ。
「そりゃまあ……そうだけど」
フロア案内板の隅っこには、ビルサービス会社の社名と、電話番号がある。住所も。
「でもせっかく来たんだ。一通り見て回ろうぜ」
そう言うと、アサキはただでさえぶっきらぼうな顔を、怪訝な顔にして指差す。
「あん?なんだよ?」
「あれ………」
顔に似合わずしなやかなアサキの指に導かれると、その先には、
「…………いやがった」
モップを先頭に行き来してる金髪の清掃員を見る。その姿は、清掃と言うよりも、右往左往してるようにしか見えない。
「手間、掛ける必要もなかったみたいね」
「ふぅ。仕事熱心なのは、褒めてやるべきか」
肩透かしを喰らったが、まあいいさ。
「行こう」
「変態行為したら殺すから」
……………………。
他にセリフはないのか。
言ったところで喧嘩になるだけ。言い返さずにアサキに続いてシンデレラのところへ行く。
「こんにちは」
そう話し掛けたのはアサキだ。自然な笑顔を初めて見た………が、どこか儀礼的に思えるのは、先入観からだろうか。
「あっ、こん……にち……わあっ!?」
驚くな。気持ちは解るが。
腰を抜かすシンデレラは、俺にもアサキにも怯えていた。
無理もない。俺はロザリオカルヴァだし、アサキはシンデレラからすれば………未知の存在ってとこか。
「わわわわ、私に何か用事でも!?」
「落ち着けよ」
混乱するシンデレラに触れようとすると、
「触らないで下さいましっ!」
「いや………あのさ……」
「誰か!人殺しですわっ!ああ………っ!助けて下さいましっ!!うら若き乙女の危機でございますわっ!」
「騒ぐなって!そんなんじゃないから!」
二十一年の人生の中で、これでもかというくらい説得するが、一向におとなしくしてくれないシンデレラに、なんと、こともあろうにアサキのヤツは、彼女の腹部に蹴りを入れやがった。
「ぶふぅ………っ!」
妙ちくりんな呻き声を上げ、シンデレラは撃沈した。
「ア、アサキ!」
「………ったく、うるさいっつーの!」
神様。この女に悪気はないんだ。悪いとしたら、足癖悪く生まれることを許したあんただ。
先は短いのに、前途多難に思いやられそうだった。
人は、地上を支配することに成功した。きっとそれは、どの世界へ行っても同じなのだろう。
あたかも自分達が神であるかのように王道闊歩するその存在は、ひとたび天変地異に苛まれると、手の平を返したように天に祈るのだ。
だから、普段の生活の中での祈りなど、なんと浅く小さな行為なのか。
パイプオルガンが厳正さを演出する教会で、クダイは信者達を冷めた目で眺めていた。
(人が繁栄したのは祈らなかったからだ。…………本当にそうなのかい?)
記憶の中だけで生きる知り合いに、軽くひねて見た。
祈らず、ただ未来だけを見て生きていたのなら、祈りを重んじる今は、もう繁栄の限界に到達しているのかもしれない。
「………茶番だよ」
人々の祈りを嘲笑い、クダイは教会を立ち去る。
「あっ、すまない」
振り向き様に肩がぶつかり、咄嗟に謝る。
「………気にするな」
ロングコートを纏い、フードで顔を隠す男はそう言った。
そう言われたので、そのまま去ろうとした時、ロングコートの男が囁いた。
「クク………人とは愚かだな」
「……………?」
それは明らかにクダイに話し掛けていた。
「一体、何に祈りを捧げるのか」
「神様じゃないのか」
「フッ。神ほど人の命を軽んじる者はいない。最初から見捨てられてるとも知らず、惨めな光景だな。教会というところは」
嫌な臭いがした。クダイの本能が覚醒する。
「でも、人に祈りは必要だ」
そう反論するクダイの目つきは、鋭く、野生の獣のように変容した。
「クックッ。祈って都合よく事が転ぶなら、それこそ神もそうするだろう」
その背中を少しの間見つめていたが、
「救いようのない者もいるのさ」
そう吐いて、クダイは踵を返し教会を後にした。
「………よくわかってるじゃないか」
ロングコートの男は、フードをサッと外した。
そこには、深い青の髪。前髪の奥、眉間には一筋の傷があった。
「人に祈りは必要?………クク。人に祈りなど必要ない」
悪意に満ちた眼光が、祈りを捧げる人々を捕らえる。
「必要なのは、自分達の愚かさを悟る時間だけだ」
そして、ニヤリとほくそ笑み、
「ま、百万年あっても無理な話だろうがな」
ステンドグラスの神と天使を嘲笑った。




