第十一節 慢心
「なら聞こう。君は終末を見たことがあるか?」
思い詰めたように悲しいクダイの眼差しは、俺の心臓を止めてしまうのではないかと思うほど鋭かった。
「なんだよ、シュウマツって。土曜日なら毎週来るじゃないか」
そんな馬鹿臭いことを聞かれてるわけじゃないことぐらい、俺だってわかってるんだ。でも、茶化してやらなきゃ、自分を保てそうにないくらい、クダイの視線が恐かった。
「あはは。君は面白いね。僕の知り合いに似てるよ」
知るか。似せようとして似てるんじゃないんだよ。
「終末ってのは、世界の終わりの時のことさ」
ほう。ならお前は世界の終わりを見たことがあると、そう言いたいのか?
「世界が終わる時、どんな風に終わると思う?」
「どんなって………巨大隕石が降って来るとか、核戦争が勃発するとか………そんなもんだろ」
「………まあ、それも有りだけど、本当に世界が終わる時、世界は鏡のように割れてしまうんだ」
「はあ?世界が鏡みたいに割れるだって?」
危ない人間なのか?この桐山クダイという男は。俺にはクダイが何を言ってるのか解らない。
「空間に亀裂が入って、音を立てて割れるんだ。君は信じないかもしれないけど、僕は二度、世界を壊してる」
正気かよ。ヤバイ薬でもやってんじゃねーのか。誰が信じるか、そんな話。
「フッ。冗談だよ」
「お前なあ」
「アロウがあんまり真剣に聞いてくれるからさ。つい調子に乗っちゃっただけ」
こんな奴が親父の知り合いだとは、やっぱり嘘っぽい。一緒にいると頭がどうにかなっちまうぞ。
「お前の冗談に付き合ってる暇は全く無い!さっさと済ませて帰ろうぜ!」
クダイは肩をすぼめて見せたが、敢えて無視した。
教会の扉や、その周辺には、いつもの“あれ”がない。“あれ”ってのは、『ブルームーン』だとか『イエロードリーム』だとか、胡散臭い称号みたいなものだ。シンデレラの時も、ドロシーの時にもあった。それが今夜は存在してない。ってことはだ、ハズレが確定してるようなものだ。徒労だろう。
「ま、一応中を見て………」
そう思ってドアノブを引いたが、鍵が掛かっていなかった。
健全な教会なら、夜は鍵を掛けておくもの。なんてったって物騒なこのご時世。施錠も無しに一晩置くとは思えない。
「待って!」
突然、クダイが俺を制止する。
「なんだよ」
「………人の気配じゃない気配を感じる」
「……………。」
また冗談かと疑ったが、瞬間で終わった。クダイが瞳を閉じて何かを感じてる。というよりも、教会内部を通視してるようにも思える。
「来る!!」
クダイはそう叫ぶと、俺を突き飛ばし、自分も高く跳ね上がった。
「マジかよ………」
その跳躍力は、人間のものではなかった。
が、それだけを驚いてる場合でもなかった。
教会の扉が吹き飛び、中から得体の知れない物体が出て来て爆発しやがった。
「くっ………なんだってんだ」
クダイは多分、教会の中から迎撃体勢を取っていた魔女の気配を感じたのだろうが、俺は身の危険しか感じない。
爆発によって巻き上がった砂埃が収まると、そこにはユラと変わらないくらいの歳の女の子がいた。
「嘘。今のかわしたワケ?」
魔女の登場だ。
「どうやら当たりだったみたいだね」
クダイはクダイで俺の脇に“降りて”来て言った。
………って、一体どのくらい空中にいたんだ、この男は。
「ふふん。まあいいわ。この“空間搾取”の魔女、レッドスター・アリス様が、お前達をあの世に送っちゃうからね!」
ドロシーのワンピースよりも少し高そうな、赤いワンピース。少し癖のあるブロンドの髪。これまた魔女らしからぬ格好をしている。
「これは随分と口の悪いお嬢さんだ」
そんな少女を、クダイはからかい気味の口調で言うと、
「いいのかい?僕が倒しちゃって」
選択を俺に迫って来た。
刻印を持たないクダイが、どうやって魔女を倒すのか見てみたい気もするが、
「俺がやるよ」
また親父や兄貴に何を言われるか解ったもんじゃない。
アリスだっけ?この魔女も俺がロザリオカルヴァだと知ってるようだし、今夜は確実に仕留めてやろう。
右手の刻印を出し、戦闘に備えた。
「やっぱりロザリオカルヴァだったのね!ふふん。相手にとって不足はないわ」
アリスはアリスでとっくに準備は出来ている。
その足元から、虎猫が現れ、
「頼むから負けんでくれよ。まだ死にたくないからな」
なんと、喋りやがった。まあ、魔女に猫は付き物だから不思議ではないのだろうが………。
「心配しなさんな。チェシャ猫は黙って見てなさぁい!」
シンデレラともドロシーとも違う天真爛漫な女の子。戦うには抵抗が伴う。
かと言って、俺自信ケツに火が点いてるのも事実。
クダイを頼るのもなんだし、
「覚悟を決めるか」
悪く思うな。俺にも事情があるんだ。
「ふふん。お前は私に触れることすら出来ないんだから!」
妖かしを狩る力。心のどこかで絶対的な力だと慢心していた。
魔女の力。それは魔法を超えた不可視の存在だと思い知らされることになる。