第十節 接触 〜前編〜
今夜の魔女狩りまでまだ数時間ある。あのクダイとかいう男もおそらく着いて来るだろう。だとしたら、物事がおとなしく進んでくれるとは思えない。
憂鬱な気分のまま、俺はデパートに来ていた。
特に俺が買い物をしたいわけではなく、用事があるのはユラの方だ。
「え〜と、これと、これと………」
真神家の若いお手伝いさんは、午後休みを取り、服を買いたいと言い出し、そのエスコート役に俺を選んだのだ。
俺自身、少しでも気分転換にでもなればと快く承諾はしたものの………
「な、なあユラ。まだ買うのか?」
「もちろんです!」
まあ、買うわ買うわ。普段はいい子のユラも、やはり女なのだ。
もっとも、お手伝いさんなんて仕事を若干十七歳でしているユラは、高校へ行ってない為、友達がいない。だから、誰かと買い物となるとテンションも上がるのだろう。
「ユラ、少し休もうぜ」
「あっ!あれカワイイ!」
人の話を聞かず、意外や意外。ゴシックロリータの服飾店へ駆けて行った。
「あんな趣味があったのか………」
さすがにあの店には入れない。仕方がないので、ベンチで休むことにした。
「ふぅ」
こうして周りを見ると、魔女信仰のイカレた教会同士の戦争など、夢なのではないかと思ってしまう。
のびのびした空気に包まれたこのデパートメントストアで、寝泊まりしてもいいくらいに穏やかだ。
日常とは、こんなにも緩やかなものなのか。
その緩やかさに負け、俺は足を伸ばし背伸びをした。
「キャッ!」
「あっ!す、すいません」
俺の伸ばした足に、清掃員がつまずき転んでしまった。
「大丈夫ですか?」
「ええ。こちらこそ申し訳ありません。今日からのアルバイトでして、不慣れなものですから」
清掃員の胸のバッジには、『新人』のマーク。そして、三角巾で顔は解らないが、声を聞く分にはまだ若い。
若い清掃員は立ち上がり、膝の汚れを落とすと、何度も頭を下げて来る。元々、足を伸ばした俺が悪いのだ。謝らなければならないのは俺の方だ。などと思っていた時だった。
「いえ、俺が悪いんです。どうか頭を上げて………」
「いいえ、私の不注意です………」
目と目が合った。自分がどうにかなってしまったのではないかと疑うくらい、その清掃員に見覚えがあった。
「お、お前………!!」
三角巾の中には綺麗な顔。それは、
「シンデレラ!!」
間違いない。時間制限の魔女シンデレラだ。
「ロザリオカルヴァ!」
背を向け逃げようとするシンデレラの肩を掴んだ。
「待てよ!お前こんなとこで何してやがる!?」
「は、離して下さいまし!」
「答えろ!」
「いやぁぁぁぁ〜〜〜!!消される〜〜!!」
「うわっ!バカ!デカイ声出すな!」
絶叫しやがった。その結果を頭でシミュレートするまでもなく、俺とシンデレラの周りに人だかりが出来る。
「お願いします!見逃して下さい!後生ですからあ〜〜!!」
「泣くなって!」
ワサワサと集まる人だかりから、俺を非難する声が聞こえ、むしろ俺の方が身の危険を感じて来た。
そうしてると、背中にボウリングの球が当たったくらいの衝撃が乗っかった。不意を突かれ、そのまま倒れる。
「いっつつつ………な、なん………ぐあっ!」
振り向こうとした俺の顔を、誰かが踏ん付けた。
「真昼間から懲りないわね!」
「ア、アサキ!!」
瞬間、勇猛な女子高生に捧げる喝采と称賛の声で辺りを埋め尽くされた。
アサキは足を退けるや、すぐに胸倉を掴んで来た。
「公衆の面前で魔女を強姦だなんて、いい度胸してるじゃない」
「ちょ、ちょっと待て!なんか勘違いしてるぞ!」
「黙りなさい!不埒千万!始末してやるわ!」
言うと、アサキはサバイバルナイフを取り出し、喉元に突き付けた。
当然、野次馬達は不測の事態にどよめく。そりゃそうだ。英雄が一転、人を殺そうとしてるのだから。
そんな窮地に立たされた俺を見て、ユラが来てくれた。
「アロウ様!」
状況は理解していないのだろうが、
「な、何をしてるの!あなた!」
アサキにそう言った。
ユラ、頼むから刺激しないでくれ。こいつはその辺の女子高生とはワケが違う。
「何って………見たらわからない?」
「アサキ、話を聞いて……ぐっ」
「あんたの連れ?」
コクンコクンと頷いた。
「アロウ様からどきなさい!」
ユラは何か使命感に燃えてるようで、手荷物をドサッと下ろすと、こっちに近寄って来る。
それを受けたアサキは、売られた喧嘩はと、標的を俺からユラに変える。
「生意気な女ね」
「それはどうも」
ユラの俺を守ろうとする想いは嬉しかったのだが、こんなに血の気の多い子だとは思わなかった。
そんなこんなで、二人の睨み合いが始まったばかりで、警備員がやって来た。
「チッ。ここで捕まったら面倒だわ」
アサキはサバイバルナイフを仕舞った。
同時に、それは俺も早急にここから立ち去らねばならぬということ。
シンデレラに構ってる暇はないと思うと、
「あれ?」
いつの間にか、いなくなっていた。
「命拾いしたわね」
そしてアサキも、捨て台詞を吐いて逃走した。
「アロウ様、大丈夫ですか?」
健気な表情を見せてくれて悪いが、
「逃げるぞ!ユラ!」
「え!?」
捕まって面倒になるのを避けたいのは俺も同じ。
ユラの手を引き、買い物袋を置き去りにその場から逃げた。
許せ、ユラ。服は後から買ってやる。
(それにしても………)
何故、魔女がアルバイトを?
様々な疑問のひとつに違いはなかったが、体力も精神も休まらない俺は、今おみくじを引いたら、大凶を引く自信だけはあった。