009 アンタってデタラメなこと平気でできるわよね
遺跡とは文明の痕跡である。過去、その場所に何者かが存在していたという証。それはすなわち廃墟であるとも言える。つまり廃墟も遺跡の一部であり、遺跡は廃墟の一部であるのだ。さて、ではいま目の前にある構造物は果たして廃墟なのか、遺跡なのか。
日記なのか本なのか。
一なのか全なのか。
ヒトとは定義のもとに認識し、実は何も定義できていないということに気がついていない。世界に境界線はない。
【70日目 夜 記録者:凪見ユノ 天気:月夜】
暗視は便利なようで不便だ。とりあえず大変便利とかいったやつ出てこい。
店内のように見知った場所ならともかく、黒いキャンバスに白で描いた線画のような世界は、一見して把握がしづらい。初見では立体感が全くわからんし、壁の模様なのか岩の凹凸なのかもさっぱりだ。視覚に頼らなければいいだけの話なのだが。目的が探索ではそうもいくまい。
光源を作る方法はいくつもあるが、暗視の有利を自ら手放すなんぞ……
「ん? 『気配察知』が使えないな、ここ」
声を殺し、呟く。一部のスキルが無効にされてるのか? 「暗視」は使えているし、「身体強化」なども問題ない。「気配察知」だけ妙な感じだ。
「えー、ここ話せそうな子ほとんどいないんだけど。草生えてないし、苔って声が小さすぎてよくわからないし」
ナナリアは割と普通に話している。サイズ的に元の声が大きくないから、店内では「拡声」のスキルとか使っているらしい。
遺跡は完全に人工物という印象だ。階段のざいしつは入り口付近で触った限りでは鉱物か石。加工は粗い。しかし歩いてみると段差は均等で、技術水準が高いのやら低いのやら妙な感じだった。壁も同じ材質で、天井はナナリアが同じと判断した。入り口がやたらと広かった割に、段差や天井の高さは私サイズのヒト型に合わせた構造に思える。
あー、なんだっけこういうの。なんか記憶にあるぞ。
「これ、ダンジョンってやつか?」
「ダンジョン? 監獄なのここ?」
監獄? ナナリアが変なことを言う。むしろ妖精の国の方がダンジョンとかありそうなんだが違うのか。
「城の地下ある監獄のことじゃないの? ダンジョンて。ウチの城には監獄とかないけど」
一応王族の自覚は残していたらしい。
「なんとなく聞きかじった単語を出してみただけなんだが、ダンジョンって地下迷宮のことじゃないのか」
いくら荒廃してても、日本にダンジョンとかなかったし。
「迷宮は迷宮よ。え、迷宮なのここ?」
「迷宮って真っ直ぐ一本道なものか?」
間の抜けた会話だった。そんなに進んだわけじゃないが、ここまで分岐一つなく、ただひたすらに直進してきている。
あ、迷宮ってダンジョンじゃなくてラビリンスな気もする。なんなんだダンジョンって……。
それはともかく、
「ときにナナリアさんよ」
「なによ、いきなり変な呼び方して」
露骨に嫌そうな顔をするナナリア。「さん付け」してやったのに失礼なやつだ。
「その発光するの、なんとかならんのか」
ずっと隣にいたので完全にスルーしてしまっていたが、妖精姫は蛍よろしく光っていた。現在、我々は暗視の有利どころか狙い撃ち上等で歩いているという衝撃の事実。
「ならないわよ。『浮遊』つかうと光っちゃうんだから」
自然と眉根が寄るのを感じた。なんだその、無駄設定。あー、「身体強化」の制御が甘いと、霊力が内側から漏れ出してぼんやり光ったりするから、似たようなものか。常時外側に魔力だか知らんが、放出して「浮遊」を制御しているのかもしれない。
「わかった。私の頭の上にでも乗っておけ。飛ぶな。浮くな。光るな」
「え、いいの。優しいじゃない」
ここで背中の荷物に突っ込もうものなら、文字通りお荷物だ。いっそ単独先行させてしまうのも考えたが、帰らぬ妖精になられても寝覚めが悪い。
ナナリアの重みを頭に感じると、周囲がフッと一段暗くなる。いつか豆電球姫と呼んでやろう。
ここまでは本当に分岐も何もなく、ただひたすらに一〇〇段と少しくらい、なだらかな階段を下っているだけだった。地下一〇メートルというくらいか。底は見えない。面白みのない四角い通路が続いている。他の転移者の姿もない。あれだけ野営の跡があったにも関わらず、だ。
「静かねえ」
ナナリアが言う。たしかに静かだ。他の転移者がどんなスキルを持っているのか、どんな人数の単位で動いているのかわからないが、これだけ静かなのはやはり妙だ。少し試してみるか。私は立ち止まり、ポケットから通貨の『石』を一つ取り出した。小銭気分で数個持ち歩いているのだ。前に向けて軽く放ってみると、少し遅れて、乾いた硬質な音が下に転がって行く。
「ちゃんと音はするようだな」
と、なるといまこの遺跡の中にいるのは私たちだけということなのか。
謎は深まるばかり。そんなことを思案しながらさらに歩みを進めた時だった。
「はい?」
「はい?」
私とナナリアは揃って間抜けな声を出していた。五感がいきなり騒がしくなった。
月明かり。吹き抜ける風。緑の匂い。草の音。
「ここ、外よね?」
ナナリアが呆然と言う。四角く切り取られた草原が目の前にある。間違いない。入り口だ。
「転移したのか? いま」
周囲には遠巻きに野営の明かりも見える。「気配察知」も使えるようになっている。
なんだ? 術を受けたような感覚はまったくない。近くに誰かいたと言うことも恐らくない。
「ナナリア、ここで少し待っていてもらえるか」
「え? うん。わかった」
ナナリアの返事を待ち、私は「身体強化」。
一気に加速して、遺跡に潜る。二秒後。
「あ、ユノ」
私はナナリアの声を聞いていた。
「ただいま」
「えっと。おかえり?」
遺跡の中のおそらくは同じ場所だろう。通過した瞬間、ここに戻ってきていた。
「これ、どうしたものかな」
野営している連中の状況がわかってきた気がする。日中、同じような体験をし、謎を解明できないまま野営をするに至ったのだろう。
「なんで私たちだけ転移させられたんだろうね?」
「なんのことだ?」
ナナリアの疑問がわからず、聞き返す。
「さっき、転移する前にユノ、なにか投げたじゃない。あれって下に転がっていったよね?」
「そういえば音は下にいったな」
「でもさ、私たち荷物も服もあるじゃない?」
「確かに……」
頭にいくつもの可能性が浮かぶものの、絞り込むには情報が足りない。
「よし、もう一回いくぞ」
「なんか珍しくやる気ね。ユノ」
ナナリアが驚いたように言う。正直なところ面倒な気持ちもあるが、それ以上に、
「わざわざ来たのに手ぶらで帰るのは癪だろうが」
「アンタもなかなかいい性格してるわよね」
そう言うナナリアの表情は呆れているのか、褒めているのか。どちらでも構わないが。さて、
「ここからは大盤振る舞いだ」
入り口から数歩、まだ外が見えるあたりから夜空を仰ぐ。
月明かりが強いせいか、星の瞬きは少ない。というか、この世界にも星あるんだよなあとぼんやり思う。宇宙人とかいるんだろうか。
まあ、始めようじゃないか。
スキル発動。
「暗視」プラス「投影」、「幻像」、「鏡像」。
説明しよう! 私が取得している「幻術」は視界を媒介にして発動するスキル体系である。
「投影」は任意の場所に情報を映す。
「幻像」は文字通り幻を作る。
「鏡像」は視界の中にあるものを複製する術。
これに「暗視」を組み合わせることで。よし。
「ま、こんなものか」
「アンタってデタラメなこと平気でできるわよね……」
ナナリアはうめくように言った。褒めてるのか貶してるのかよくわからんやつだ。
まっすぐに伸びる地下通路の全貌が明らかになった。
私は、視界に捉えられる範囲の限界まで、「月の幻像の鏡像を投影した」のだ。等間隔で並ぶ満月が通路内を白く照らす。
暗視の切り替えタイミングがシビアで、失敗すると視界がホワイトアウトしてしまう。要注意だ。
この地下通路は見れば見るほど実にシンプルだった。四角い通路に、石造りの階段がただまっすぐに伸びているだけ。
やはりなんの発見もなく、一〇〇段進む。そろそろ転移するポイントだ。
「リベンジマッチといこうか」
私は体を慣らすように一度大きく伸びをした。
「どうするつもりなの?」
「とりあえず再確認だな」
再び『石』を手に取り、今度は全力投球してみる。
おお、飛んでいった。かなり先の方で小さな反響。
「やっぱりモノはいけるな。よしよし」
私はここで、背負っていた荷物を下ろす。袋の中に手を突っ込み、最初に触れたものを取り出した。
「……なに、それ?」
「埴輪だよ。見てわからんか」
自作の埴輪だ。身の丈二〇センチくらいの赤土色の素焼きボディ。円筒形で踊るような躍動感を表現したヒト型の土器である。
店内にもいくつか置いてある自慢の逸品で、使うかもしれないといくつか持ってきたのだ。
「前から聞こうと思ってたんだけど、そのハニワ? って人形なの?」
「古代芸術」
「……」
この王族、理解不能と顔に出されている。この美がわからないとはまだまだだな。ふんっ。
「で、その古代芸術どうするわけ? また投げるの?」
「投げんわ! 壊れるだろ! 可哀想だろ! 外道か!」
「げど… …アンタねえ!?」
「まあ、黙って見てろ」
スキル「陰陽術」の「式神」を発動。こっちはスキルというよりは私が前の世界で使っていた異能の方だ。
本来の式神術は人ならざるものを形代に憑依させる術らしいが、私の式神は我流で邪道。自分の霊力から人造の御霊を作り出し、宿らせる。
ほい。定着完了。埴輪がカタカタと動き出し、浮いた。
「よーし、杉田! いってみようかー!」
「スギタって誰……?」
「埴輪の名前だよ」
頭を押さえ、ナナリアは「もういいわ、進めて」とうめいた。