007 ボクはご機嫌ごと異世界転生しそうですよ
固有スキルは、唯一無二のスキルである。数多くの固有スキルを持つ者もいれば、ひとつも持たないものもいる。島に来る以前から備えていた天賦の才はもちろん、成長により発現するものもある。固有スキルは多種多様であり、押し並べて特異である。そして必ずしも良いスキルであるとは限らない。
【39日目 午前 記録者:デシイチゴウ 天気:晴れ】
昨晩のこと。
2日かけて準備が終わり、いつでも開店できるようになった。
2日前、ナナリアさん達と出会った日、師匠は7日後に開店と決めていた。準備終わったなら早めてもいいんじゃないかと思ったけど、そこは一切曲がらないみたいだった。ウチの師匠は決めたことは曲げない頑固さに定評があります。はい。
喫茶店をよく知るじゃみーさんと、国家経営経験者のナナリアさんにお任せの2日間。あれよあれよと準備が進んでいくので、これは何かのスキルなのでは!? とか思ったりもした。有能すぎる人材ってすごい。
ボクと師匠だけで過ごした36日間はなんだったんだろう。
建築でしたね。はい。お店、作ってました。
ともかく、残った5日間は自由行動になったわけで。
暗い部屋のなか、ボクは一人店のカウンターに座り、油の上で揺れる火を眺めていた。ボクがスキルで集めた植物から採った油だし、少しくらい贅沢に使わせてもらっても文句は言われない、と思いたい。
ぼんやりと考える、休日の過ごし方。
どうしようかなー。
師匠は動きたくないか、気まぐれに出かけるかのどちらかだとおもう。
断言してもいい。師匠の気分に合わせていたら貴重な休日が泡のように消えてしまう。
かといって何かしたいことがあるのかと言われると少し悩む。特に娯楽があるわけでなし。
いま興味があるのはスキルくらいだろうか。
現在のボクのスキルは、「料理」「植物知識」「言語理解」「身体強化」に「動物使役」を加えた五つ。他の人のことはよくわからないけど、きっとボクのスキルは少ないはずだ。
やっぱり、せっかくなら強くなってみたい、と思う。ただ、いざ何か取ってみようかと思うと、途端に悩む。
取得候補を見てみる。
「動物知識」「探索」「投擲」「穴掘り」……戦闘系のスキルどこー? 最後の方にようやく「格闘」を見つけた。「霊力操作」っていうのもあったけどたぶん単体じゃ役に立ちそうにない。スキルに説明とかないんだよなあ。仕組み作った誰だか知らないけど、もう少し親切設計にしてくれてもいいんじゃないか?
そんなことを考えていると、奥の部屋から誰かがフロアに姿を見せた。剛拳不敗の騎士団長ことクマのじゃみーさんだ。
「デシ殿か」
店内では二足歩行のじゃみーさん。屋内では二足歩行がシロクマ帝国では常識なんだそうな。モフモフまるまるで子どもサイズ。見た目だけなら完全に可愛いぬいぐるみです。騎士団長。
「どうしたんですか?」
「水をもらおうかと思ってな」
声はめっちゃ渋い。そういえば歳を聞いたことなかったけど、結構なおじさまなんだろうか。師匠より年上だったりして。
「水、出しますね」
カウンターの裏に回って甕から水を汲む。
この甕には師匠の便利スキルのひとつ「浄化」が使われている。井戸水を適当に貯めておいても安全に飲める。「洗濯とかに使えそうじゃね?」という結構雑な取得の仕方してたけども。いいなあと思っているんだけど、ボクのスキルには「浄化」出てこないんですよね。条件不明です。
甕の方は師匠のお手製。師匠曰く土師器っぽいものらしい。素焼きの土器なんだとか。昔、趣味で土器を作っていたことがあるんだとか。ボクが必死こいて井戸掘りしてる横で、使えそうな土を探して楽しそうに野焼きしてたなぁ。あ、井戸掘るときに「穴掘り」取得してたらもっと楽だったのか。くそう。謎のミニ埴輪とかも焼いていて、今は店のところどころにオブジェとして鎮座している。師匠「陶芸」スキルとか持っているんだろうか。
「どうぞ」
カウンター席に座るじゃみーさんに水を出す。なんかちょっと早い店員気分だ。
「感謝する」
「いえいえ」
じゃみーさんは器用に両手でカップを持って水を飲む。
「うむ。冷えてて美味いな」
うーん、やっぱり渋い。そして可愛いカッコいい。カッコ可愛い? この見た目でめちゃくちゃ強いもんなー。
「ボクもじゃみーさんみたいに強くなれますかね?」
何気なく聞いてみた。じゃみーさんは少し意外そうな顔でボクを見る。
「デシ殿は強くなりたいのか?」
「なんとなくですけど、強くなれたらいいなあ、くらいには」
じゃみーさんはカップを置いた。
「ユノ嬢に師事しているのではないのか? ユノ嬢は相当強いだろう」
あ、わかるんだ。じゃみーさん、師匠と戦ったこととかないはずだけど。師匠は基本ぐうたらしているけれども規格外に強い。それは間違いない。元『世界を救った異能の少女』だもんな。
「そうなんですけど、師匠あんまり教える気がないというか」
元の世界でも師匠は生きる術こそ教えてくれたけれど、こと闘い方についてはほとんど教えてくれなかった。「もう必要ないからな」というのが師匠の口グセだ。
じゃみーさんは水を飲み干すと、ニヤリと笑いかけてきた。
「ふむ。ならば明日はじゃみーと狩りに行くか?」
やだ、かっこいい。
「え、いいんですか? ぜひお願いします」
意外な展開でボクはじゃみーさんと狩りに出かけることになった。回想おわり。
ということで本日。ボクとじゃみーさんとらーちゃんの三人は揃って森の中にいた。
ボクらが出かける準備をしていたら、らーちゃん王子は既に肩掛けカバンのなかでスタンバイされてました。ナナリアさんはハチミツ採取、師匠は寝て過ごすと豪語。はい。想定内です。
そう、ここまでは想定内でした。
拝啓、師匠。
ボクはいま、全力でイノシシから逃げております。想定外です。敬具
ほんの少し前から回想しよう。
「じゃみーが教えられるのは攻撃の基本だ。ウチの騎士団でも最初に教えることだから、よく見ているといい」
そう言ってじゃみーさんはボクにらーちゃんを預けて、巨大イノシシの前に二本の足で立った。
「肉弾戦は文字通り身体すべてを武器として扱う。主力は拳と蹴りだが、慣れないうちは蹴りはダメだ。隙が大きい」
いえ、じゃみーさん。隙云々以前に、体格的に蹴りってどーなんですか。じゃみーさんのキック、射程がパンチ未満に見えるんですけども。いや、ここは真面目にいこう。騎士団長直々の教えだ。
「さて、ここからが本番だ。まず相手をよく見る」
ふむふむ。対峙するじゃみーさんとイノシシ。まだお互いの間合いの外。
「そして倒す」
イノシシ、倒れました。あ、ダメだコレ。ボクに向いてないやつだ。
間合いを詰める。拳を突き出す。相手は倒れる。
はい、わかります。ただ、それボクがやってもイノシシ、倒せません。
「とまあこんな具合であるのだが」
あるのだがでは、ないのです。
「とりあえず、後ろにいるやつで実戦だな」
地響きを感じるのと、全力で地面を蹴ったのはたぶん同時だったと思う。回想おわりー!!!
身体強化! 身体強化!
霊力を身体に巡らせ、一時的に限界突破。明日は絶対筋肉痛!
でも、そんなの構っていられない。なにせ背後からバキバキと不穏な音がする。間違いなくヤバいやつだ。
「うむ、なかなかな脚力だな。デシ殿」
じゃみーさん、四足でボクに並走中。喋る余裕はボクにはない。
「らー!」
ボクのお腹のあたりでカバンの中かららーちゃんが顔を出す。ぴこぴこ手を振って、めっちゃご機嫌そうですね! そういうアトラクションとかじゃあないですよ。ボクはご機嫌ごと異世界転生しそうですよ!
ダメだ。このままじゃジリ貧だ。もう悩んでる場合じゃない。ボクは意識の端でスキルを選び、取得した。
スキル「格闘」。ボクが取得可能な唯一の戦闘スキルだ。「身体強化」プラス「格闘」。やれそうな気がする!
前方に迫る木。ボクは瞬時に勝利のシナリオを組み立てる。
木を利用した三角飛び。さらに全体重を乗せた飛び蹴りだ。狙うは眉間、ただ一点!
緊張が走る。背後からの音で距離を測る。鼓動が耳朶を打ち思考に伝わる。呼吸を合わせる。勝負は一瞬だ。
流れるような動きで、ボクの必殺の一撃はーーなんというか、綺麗に外れた。
三角飛びの要領で飛んだボクは、そのままイノシシの頭上を通過。見事な着地にいたる。
「慣れないうちは蹴りはダメだと言っただろう。あと相手はよく見る」
じゃみーさーん!! そうでしたけど! そうじゃないです!
ダメだー! 格闘熟練度なさすぎだー!
イノシシはボクが足場に使った木を薙ぎ倒し、すぐに反転。ボクと睨み合う形になった。
次の手だ。何か何か何かー! あったー!
そう。ボクにはあるじゃないか。イノシシ相手に使えるスキルが。イノシシも何かを感じ取ったのか、再び突撃体勢。ボクが腕を突き出すのと、イノシシが動いたのはほぼ同時だった。
「『動物使役』!!」
両腕を突き出し、高らかに叫ぶ。原生動物を支配下に置くことができる、対動物用スキル。
使い方はよくわからないけど、スキルはなんとなく使えるものだと師匠が言っていた。
次の瞬間。
あー、ダメですわ。止まりませんわ。このイノシシ。
イノシシは真っ直ぐにボクへ向かって突っ込んでくる。避けられる距離はとうに超えていた。
痛そうだなー。死なないとは思うけど。
ボクがそんな覚悟を決めたそのときだ。
「らららららー!」
ボクの視界が真っ白に染まった。強烈な光だとわかったのは一瞬後のこと。
カバンから身を乗り出したらーちゃんから、閃光が迸ったのだ。
視界が徐々に色を取り戻していく。
「うそでしょ……」
イノシシ、消し飛んでました。なんか地面も丸くえぐれてるし。空から何かが降ってきた? 衛星軌道上からの砲撃?
ボクが状況理解できないでいると、じゃみーさんがボクの横に立った。
「らー様は幼くしてシロクマ帝国で極大魔法に分類される、魔導書ブラン・グランの力の一端を使うことができるのだ。ゆえにじゃみーがお目付け役をしているのだが。らー様。デシ殿の獲物を横取りは感心しないな」
「しょんぼりらー……ごめんなさいらー」
謝るらーちゃんに、ボクは引き攣った顔で精一杯の微笑みを返した。ボク、どうやらお店のマスコットより弱いっぽいです。
強くなるのって、大変だなぁ。はぁ……。