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006 弩弓技術と思って取得してみたスキルがどうもコーヒーマスターのスキルだったようなのだ

 人間は無意識のうちに物の価値を決定している。それは個人の感覚であり、自らの資産と比較して導かれる極めて相対的な価値である。決して「絶対的な価値」ではない。ゆえに物には「相場」が存在し、需要と供給のバランスによって変動する。もし神に相当する存在が物の価値を定めたとしても、「必要ない」と思えば「価値はない」のだ。


【50日目 午後 記録者:デシイチゴウ 晴れ時々曇り】


 ランチタイムを待たず、今日は臨時休業になった。

「通貨ができたの! 大変なの!」とナナリアさんが話していたけれど、ボクにはことの重大性が理解できずにいた。お金って馴染みが薄いんだよなあ。

 で、緊急招集の末、初の店内会議が開催されることになったというわけで。

 参加者、五人しかいないんだけどね。


 五人でテーブルを囲む。

 店長、師匠。

 副店長、ナナリアさん。

 コーヒーマスター、じゃみーさん。

 マスコット、らーちゃん。

 そしてボク。


 お店にはもう一人いるのだけれど、いまは寝ている時間。夜行性のヒトらしく夜番担当なのだ。

 四人掛けのテーブルは、らーちゃんがじゃみーさんの膝の上、ナナリアさんは適当に浮いているということで五人参加にも関わらず一席空いている。

 どうでもいいことなんだけど、ナナリアさんスカートで飛び回っているの大丈夫なんだろうか。スキル「鉄壁のスカート」とか取得してるとか? ないかそんなの。決して見たいわけじゃない、とボクの尊厳のために付け加えておきたい。


「とまあ、これが『換金』『購入』についてこれまでわかっていることだが、他に情報はあるか?」


 朝から師匠とナナリアさんであれこれ検証していたらしい。

 途中、なんかナナリアさんの泣き声やら叫び声が聞こえていた気がするんだけども、一体何を検証していたんだろう。


 ・換金には所有者という概念が存在し、所有者でないものは換金できない。

 ・換金しないと価値はわからない。

 ・生き物は換金できない。

 ・最低価値の基準が存在し、それを下回るものは換金できない。

 ・換金で手に入れた『石』に所有者の概念はない。

 ・購入した『品』は換金できない。これは加工をしても同様である。

 ・購入で手に入れた『品』に所有者の概念はない。


 師匠がテーブルに「投影」する。「幻術」スキルにこういうのがあるらしい。

 最初空中に投影したら、向かい側から読めないと言われてしまうあたりは師匠の残念なところだ。

 便利だなこれ。ボクも幻術とれたらいいのに。一覧に出てこないんだよな。

 てか師匠。この一覧どうやって検証したんですか。ナナリアさんよく大丈夫だったなあ。


「一見よくできた仕組みにも見えるけど……うーん」


 さっきまで泣き叫んでたナナリアさん、立ち直るの早いです。師匠との付き合い方に慣れてきているなら、なんというかご愁傷様です。ともあれ、妖精の国で国庫を預かっていたお姫様はどうにも浮かない顔だった。


「ボクにはよくできているようにしか思えないんですけど。錬金術っぽいこともできそうにないですし」


 『品』は換金できないから、例えば水と塩を石1ずつ購入して、塩水にしてから換金したら、石3になったみたいな感じで増やせたりはしない。この時点で裏技っぽく石を増やす方法はない気がする。


「それが疑似的には可能なのよ。錬金術」


 ナナリアさんが困り顔で、おでこに指を当てた。

 テーブルの条件を見直してみる。うーん。わからん。疑似的にというところがちょっと引っかかるんだけど。


「そうだな。デシ殿はいま『石』が手元にない状態で、欲しい『品』がある。デシ殿はいくつか『品』を持っている。さあどうする?」


 コーヒーマスターことクマのじゃみーさんが問題を出した。

 じゃみーさんがコーヒーマスターになったのはつい最近のことだ。「弩弓技術と思って取得してみたスキルがどうもコーヒーマスターのスキルだったようなのだ」と真面目な顔で相談された。

 スキル「バリスタ」でした。

 以来、剛拳不敗の騎士団長はコーヒーマスターにクラスチェンジされております。

 コーヒー、美味しいです。

 スキル取得前に説明とかないんだよなあ。

 おっと。質問されていたんだった。


「ええと、誰かに『品』を買ってもらうか、持っているヒトと物々交換ですか?」


 じゃみーさんが頷く。お、正解?


「うむ。ただ『品』は他人から中古を買うなら、自分で新品を買うほうが確実だ。そうすると物々交換だが、『品』同士の交換において等価にするのは難儀だろう?」


「そうですね?」


 まだボクにはわからない。そうしたらナナリアさんが続けてくれた。察しが悪くて申し訳ないです。


「ヒトによっては、いま不要な価値3の品より、いま必要な価値1の品の方が高い価値になることはあるのよ。あと定価より安く出せば『石』との交換だって成立するかもしれないわ。1の品で3の品を手に入れて、売れば2の儲けはでるのよ」


「おお!」

「らー!」


 あれ? らーちゃんもしかして理解してる? ボクとらーちゃんってもしかして知能指数一緒くらいなのか? まじかー。


「『品』じゃないものとの交換だって成立するしな。換金するまで価値はわからないわけだからな」


 師匠がニヤリと笑う。いや師匠それは。


「ユノ、それほとんど詐欺の論理よ」


「私はやらんよ。やられるかもしれんから注意しろってことだ」


 ナナリアさんから向けられているのはあからさまに疑わしい視線だった。ボクもその視線、同意です。


「それで、価格設定の話になったんですね。いままで労働力か物々交換で営業してましたもんね」


 素材とか食材とか、薪割りとか。

 生きていくだけなら、この島に来ている転移者は誰もができると思う。そういうヒト達が集められてる。元々持っていた能力に加えてスキルを使うことができるのだ。ボクだって無理をしなければ、普通に生きていける自信はある。

 そうなるとわざわざ『石』をつかって『品』を買うのは贅沢ってことだ。この仕組みを導入した『誰か』は生活水準の向上が目的なのかな。


「しかし、値づけとなるとそう簡単ではないな」


 じゃみーさんが言うと、ナナリアさんは渋い顔になった。


「そこなのよ。現地調達したもので営業してるでしょ。みんなの労働力こそあれ、仕入れはないのよ。いままではお客さんと店員の価値基準でなんとなくやってきたのよね。だから『購入』できるもので原価計算するのもなんか違う気がするのよ……って、ユノ。アンタも考えなさいよ」


 師匠、完全にコーヒータイムしていました。師匠は「ふむ」と一息ついて、


「手っ取り早く、『換金』してみたらいいんじゃないか?」


と一言。


「あ、なるほど」


 その手はある。さっそく試してみよう。例えばこのコーヒーを中身だけ『換金』っと。

 おや。カップを傾けて石をテーブルに並べてみる。


「結構な量になっていますね……」

「らー!」


 10個。らーちゃん、コロコロして遊びたいんですね。

 薪1本が3個って話だったから……高い、のかな? いまいちピンとこない。


「ウソでしょ。私が淹れたお茶、5個だったのに。コーヒーが高いってことなの?」


「じゃみーが『バリスタ』のスキルで淹れたからかもしれんな」


 じゃみーさん補正! さすがコーヒーマスター。じゃみーさん、自分のこと名前でよぶの結構ツボです。


「それかー。たぶんそれ正解よ。私コーヒーあんまり飲まないけど、じゃみーのコーヒー美味しいって思うし。でも今ので余計にややこしくなっちゃったわ」


 あ、そうか。じゃみーさんのコーヒー、石10個以上に設定しないと、お客さんが飲まずに換金したら石が増えちゃうのか。

 すると、師匠が呆れたというよりも飽きてきた様子でため息をついた。


「『換金』できないようにすれば問題ないだろうが。『購入』した水でお茶とコーヒー入れればいいんだよ。フードメニューも調味料を『購入』すれば問題ないだろう?」


 一同沈黙。解決してしまった気がする。


「ユノ。なんかすごく悔しいんだけども。悪知恵っていうか、なに。素直に感心すべき?」


 ナナリアさん、その気分わかります。

 結果。各自の気分でメニューの価格設定は進み、夕方から営業再開になりました。


 あれ。通貨ができたなら、給料とか出せるんじゃ?

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