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005 『通貨はじめました』だって

 通貨というものは概ね国家の存在と密接である。いかに物々交換が不便だったとしても、通貨そのものに価値がなければ、それ はただのオブジェに過ぎない。国家に準ずる集団のなかで、信用と取り決めのもとに扱われるものであるからして、この島にそんなものがあるわけがない。しかし、ある日突然、島に通貨ができた。


【50日目 午前 記録者:凪見ユノ 天気:薄曇り】


「喫茶店よしの」

 この店の名前だ。

 由来は私の名前。『由乃。よしのと書いてゆの』と話していたら、いつの間にか「よしの」に決まっていた。

 変に凝った名前よりもよほどシンプルで良い。個人的には「カフェ・グレイテストジャミー」とかも推していたのだが、まあ良しとしよう。

 強そうでかっこいい名前だと思ったんだよ。


 さて、今日は店がオープンして……たぶん7日目くらいか。

 客足は悪くない。まさか需要があるとはーーいや、計画どおりだ。

 なんの脈絡なく、まったく突然にこの島へ連れてこられた転移者たち。

 彼らはいずれも歴戦の猛者ばかり。生きる術、戦う術に長けている者たちだ。

 そんな彼らが自らの力で行うことが難しいことは何か。

 そう。憩いだ。

 この店は憩いの場として存在感を示していた。

 存在感といっても、クマの絵柄の巨大看板を立てていることを指しているわけではない。断じてない。

 つまりこの店は需要があるのだ。


「ユノー! ねえ、ユノー!」


 店の中から呼ぶ声がする。

 ナナリアか。朝からやかましいやつ。

 店内25席。外15席。

 外に作ったウッドデッキのオープンテラスで楽しむ、優雅なコーヒータイム。

 続行。

 ほどなく、エプロン姿の小さな影が店から飛び出した。


「アンタね! 返事くらいしなさいよ!」

「ち、見つかったか」

「こんな堂々とサボってて見つからないと思ってるのが驚きよ!」


 生けるアロマポットこと花の妖精姫ナナリアは、花の香りを振り撒きながら、今日もなんだかお怒りだった。栄養足りてないんだろうか。


「そうだ。せっかく来たんだし、注文頼むわ」


「自分でやんなさいよ! アンタの店でしょうが!」


「らー!」


 私の右隣のテーブルからご機嫌な声があがる。シロクマ帝国、モフモフまるまるの至宝。らーちゃん様である。

 テーブルの上で、空になった小さな木のカップをぴこぴこと振っている。おかわりアピールのようだ。うむ。可愛い。


「はちみつドリンクでいいのかしら。いますぐ持ってくるわね!」


「らー!」


「あ、ついでに水も頼むわ!」


「わかったー!」


 すっ飛んでいくナナリア。ちょろいぞ。妖精姫。

 ナナリアは程なくトレイを連れて戻ってきた。まさしくトレイを連れている。

 私サイズの水を持ってくるのに浮遊魔法を使っているのだ。本人も羽で飛んでいるわけではなく、浮いているのだと言っていた。

 便利なものだ。


「で、何か用か? 仕事ならしないぞ」


 戻ってきたナナリアに釘を刺しておく。


「アンタね……。まあいいわ。今朝手紙きてたでしょ。見た?」


「見てない」


 朝起きたらなんとなく見たことのある封筒が落ちていた。で、そのまま放置した。


「……」


 見ている前提で話すな。甘いわ。


「いいぞ、続けたまえ」


「なんでアンタそんなに偉そうなわけ?」


「店長だからな」


「てんちょー!」


 最近、らーちゃんは「てんちょー」という言葉を覚えたのだ。うむ。可愛い。ナナリアも和んだようだ。可愛いは正義である。


「スキル確認してみなさい。『換金』『購入』って増えてるから」


 ふむ。確かに取得した覚えのない『換金』『購入』が増えてる。


「使ってみたか?」


「まだ。ただ手紙には、『通貨はじめました』だって」


 冷やし中華か。かき氷か。相変わらず謎な島だな。しかし、通貨か。私がいた日本は既に国家として崩壊してたから、日本円とかほぼ無価値だったな。


「姫様ならなんか金目のものとかあるだろ。ちょっと『換金』してみてくれ」


「そんなもんないわよ。都合よく姫扱いしないでもらえる? アンタこそなんかないわけ? お偉い店長様でしょ」


 ぬう。使えない王族様め。


「らー?」


 らーちゃんが今日も可愛い空色のネクタイを両手で持って、じーっと眺めている。


「それは換金しなくていいから。しちゃダメ。可愛いから」


「わかったらー」


 よし。いい子だ。可愛い。


「仕方ない。とりあえず薪でも換金してみるか?」


 ウッドデッキの端に積まれた薪の山。席を立ち薪を3本ほど手に取ってみる。何かないかなと探して目に止まっただけなんだが、お手頃だろう。


「さて、『換金』」


 スキルの使用を念じてみると、手から薪が忽然と消失した。直後、手の中に固いものが現れたのがわかる。

 テーブルの上に置いてみるとそれは色のついた石だった。青い小石が3つ。


「これが通貨?」


 ナナリアがまじまじと小石を眺める。小石はビー玉くらいの大きさで、一見すると宝石のようにも見える。形は不揃いだが、大きさは揃っている。


「これで『購入』できるってことよね?」


「そうだな。見てみるか」


「購入」を念じてみるとスキル一覧のように商品リストが並ぶ。塩、砂糖、酒、お。味噌とかあるのか。なんだここは。調味料コーナーか? 他にも日用品やらいろいろあるようだが、まったく内容の想像がつかないものまである。なんだ「じゃすたうぇい」って。

 なんか買ってみるか。

 カップソーサーとして使っていた木皿に青い小石を置き、「塩を購入」と念じる。塩には値段が書いていない。

 仮説。価格分の塩が購入できる。

 石が消え、木皿の上に小石と同量くらいの白い粉が現れた。おそらく正解だ。


「あ、なんか出た」


「塩を購入してみたんだがな」


 指先につけて舐めてみる。ナナリアもそれに倣う。


「塩だな」

「塩ね」


 紛れもなく塩だ。品質も良い。ちなみに塩はある。島の端まで行ってみると海があった。まさか砂糖味の海水ではないだろうと思ったが、地球と同じく塩味だった。製塩は転移前に経験済み。自家製の塩もそこそこ良い出来なのだが、この塩はそれよりも雑味が少ないようにも感じる。純度が高いと言うべきか。よし。もう一つ試してみるか。

 今度は塩に手をかざし「換金」。


「おや?」


「どうしたの?」


「いや、換金できない。購入したものは換金できないらしいな」


「それって、間違って購入したら無駄金じゃないの。怖いなあ」


 確かに返品不可は少々厄介なルールに思える。衝動買いダメ絶対、というやつだ。一口舐めて全額返金されたら得した気分になれるかも、とはカケラも思っていない。小石が減っていたらクレーム入れるところだったが。


「ねえ、ユノ。これって結構な大事件よね?」


 ナナリアが難しそうな顔で言う。やはりナナリアも気がついてしまったか。


「お店のメニューに値段つけなきゃ」

「給料とか払いたくないぞ」


 ナナリアが半眼で、それはもう呆れたようにこちらを見ている。


「ななー! おかわりらー!」


 らーちゃんの声はひとりご機嫌そうだった。

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