004 いまこちらの現場、王族と庶民半々くらいの割合ですよ
スキルの取得に関して転移者が知ることはあまり多くない。本人の特性に合ったスキルが取得可能で、一定の条件を満たすと新しいスキルが解放される。
その条件はほぼ不明。スキルポイントのような可視化された情報はなく、獲得できる数も不明。
取得したスキルは成長させることができるものの、レベルなどの表示なく成長限界などやはり不明。
ただひとつ確かなことは、他人のスキルを見ることはできないということくらいだろう。
【36日目 午後 記録者 デシイチゴウ。続き】
クマさんの問いに答えたのは師匠だった。
「私はユノ。このちっこいのがナナリアで、そこにいるのがデシだ」
師匠の雑な紹介にナナリアさんが追加されました。ナナリアさん、王族設定すらなくちっこいの言われてますよ。いいんですか。
クマさんは師匠を一瞥すると近くの木に向かう。なんか荷物が掛けてある。ということはこのクマさんも転移者なのかな。
「じゃみーだ。シロクマ帝国近衛騎士団、団長。主からは剛拳不敗の名をいただいている」
剛拳不敗! さっきの戦いぶりを見れば納得の称号ですけれども! あとシロクマ帝国とか、めっちゃ気になるんですけど!
じゃみーさんの荷物は肩掛けのカバンとマントだった。真っ赤なマントを翻し羽織るの、騎士団長! って気分になる。敬礼とかしちゃいそうですよ。カッコいい。見た目子どもサイズのまるまるモフモフなクマさんだけにギャップが半端ないです。
あ、なんか、師匠ワキワキしてる。ナナリアさんもなんか挙動不審だし。お気持ち、わかります。
一同そろってあやしげな雰囲気になっていると、
「じゃみー、おわったー?」
今度はどこからか可愛らしい子どもの声がした。男の子? 声はすれども姿は見えず。また妖精さんとかだろうか。
すると、じゃみーさんがカバンを見下ろし、声をかけた。
「終わったぞ。もう大丈夫だ」
「らー!」
ご機嫌そうな声がして、じゃみーさんのカバンのフタが開く。出てきたのはナナリアさんサイズの小さなシロクマさんだった。
「このひとたち、だれー?」
シロクマさんは、やっぱりまるまるモフモフで、つぶらな瞳はきらきら。きゅっと結んだ空色のネクタイがよく似合っている。
急にボクの袖が両側から引っ張られる。
「デシよ。ちょっと精神が不安定なくらい可愛いんだが、あれ。欲しいぞ、あれ」
なんか師匠が可愛い女の人に見える。おかしい。そんなはずはない。
「あれ、ウチの国にお持ち帰りできないかな? ねえ、交渉の余地あるとおもう?」
ナナリアさん、それ、たぶん外交問題になりそうなやつです。あとプルプルしないでください。
「ふたりともあれあれ言わないでください。可愛いです。でもダメです。絶対ダメなやつです」
可愛いですよ。ええ。ダメになるくらい可愛いですよ。なにがダメなのかわからなくなるくらいにダメです。
「ユノ嬢、ナナリア嬢にデシ殿だ。先ほど知り合った」
「ゆのー、ななー、でしー。おっけらー!」
シロクマさんがピコピコ手を振ってくれる。なにこの可愛い生き物。
「こちらはシロクマ帝国、第8皇子のらー様だ」
はい、王族追加入りました。おかしいでしょ。いまこちらの現場、王族と庶民半々くらいの割合ですよ。妖精姫にクマの王子様に近衛騎士団長とかどこの御伽話ですかここは。
「ときにユノ嬢。ここは一体どこだ。先ほどまで帝国近くの森だったんだが」
その話が本当なら、じゃみーさんはさっきこの島にきたばかりってことだ。つまりは初見の相手であの立ち回り。近衛騎士団団長って肩書きは伊達じゃないどころか、ぶっちぎりスペックですよ。単純な戦闘力なら師匠並みかそれ以上かもしれない。敵には絶対に回しちゃダメなクマさんだ。
「ふむ。それについては私も答えを持ち合わせていないのだ。すまんな」
師匠、説明するの面倒なんだな。こっちをチラリと見たし。自然に出てくるため息ひとつ。
「じゃみーさんは、招待状開けたんじゃないんですか?」
「招待状? 知らないな。書簡か?」
じゃみーさん首かしげるの、可愛いです。
「いえ、形はいろいろあるみたいですよ。ウチは封筒でしたね」
「あ、私もよ。『ご招待。歓迎します』ってだけ書いてあったわ」
ナナリアさんが手紙らしきものを出す。小さすぎて読めません。うーん、でもそうなると、じゃみーさんは別の方法でここに来たと言うことになる。謎が多いなぁ。
「らー!」
はい。王子。ボクも「らー!」ってつられて言いそうになりました。おや。
「あ、王子、封筒持っていますね。そっか。王子が招待状を開けちゃったんですね」
「らー!」
王子は封筒をパタパタ振ってじゃみーさんにアピール。褒めて欲しいのかな。うーん、可愛い。
「あの、じゃみーさん。王子ほとんど『らー!』しか言ってないですけど、わかるんですか?」
「うむ。らー様はご機嫌うるわしい時は『らー!』しかおっしゃらないな。大抵のことは伝わるぞ」
「らー!」
ご機嫌なんだ。そしてわかるんだ。いいな。ボクもわかりたい。らー!
「とりあえず、ここがシロクマ帝国じゃないってことは確かよね。私の国でもないし」
ナナリアさん、じゃみーさんと王子を交互に見てワキワキしないでください。動き怪しいです。
「ナナリア嬢も異邦人か」
ボクらと普通に接しているところを見ると、じゃみーさんの世界には人間とか妖精もいたのかな。いったいどんな世界なんだろう、シロクマ帝国……。
「私は妖精の国の第一皇女。て言ってもここじゃそんな肩書き食べられる草ほどの価値もないみたいだけど」
あ、ナナリアさん根に持ってる。師匠、完全無視。ブレないなー、師匠。
「なんと! 皇女殿下だったとは。失礼した。ナナリア姫とお呼びすれば?」
「いいわよ、ナナリアで。私もじゃみーって呼ぶから。ぜんぜん姫扱いされてないもの」
はい。すみません。ぜっんぜん姫感なくて、いつの間にかナナリアさんて呼んでました。ナナリアさん的にもどうでもいいらしい。なんかニコニコしてるし。
「あ、と、は、王子様はなんて呼ぼうかしら。らーちゃんとか? 可愛くない?」
ニコニコそれかー! 王子ですよ。いいんですかそれ。
「らー!」
あ、おっけーっぽい。らーちゃん、可愛いです。
脱線甚だしいな。どこまで話したっけ。
「ええと、いまのところボクたちが知っているのは、この島はボクたちのどの世界とも違うみたいで、招待状で集められたってことくらいなんですよ。どうやったら帰れるのかもよくわかりません」
とりあえず出せる情報フルオープン。隠すほど情報ありません。
「むぅ……困った」
じゃみーさんは頭を掻いた。すべての動作が可愛いんですが騎士団長。すると師匠、屈んでじゃみーさんと目線を合わせた。
「まあ、ここで知り合ったのも何かの縁だ。じゃみーくんもらーちゃんもウチの店に来たらいい。帰る方法を探すにしろ拠点は必要だろう?」
誘い方がナナリアさんの時と違いすぎませんか。まったくもって下心しか見えませんが、その下心、ボクはイエスです。
「そうね! くるべきよ! 私もまだ行ったことないけど!」
ナナリアさん、ワキワキしながら言わない方がいいと思います。ただ、そのご意見イエスです。
「店? ユノ嬢は何か店を開いているのか」
じゃみーさんが、少し意外そうな顔をした。確かに師匠は商売人には見えないな。ここはボクが答えておこう。
「正確にはこれから開店、なんですけどね。喫茶店ってわかります?」
ナナリアさん知らなかったし。喫茶店。シロクマ帝国のヒト、クマ? わかるのかな。
「おお、カフェか。コーヒーもあるのだろうか」
知ってるんだ。シロクマ帝国にはカフェがある! コーヒーがある! 文化的だ!
「コーヒーご存じなんですね。草の根のコーヒーなら用意できますよ。豆はまだ見つけてないです」
たんぽぽコーヒーに似た感じのやつ。植物知識便利です。
「ありがたい。コーヒーは好物なのだ。ぜひいただきたい」
「らー!!」
じゃみーさんとらーちゃんが、カフェでお茶してるのとか、それだけで見物客が来そうですよ。
こうして師匠の希望どおり、いや希望以上のモフモフなマスコットさんが喫茶店に来てくれることになった。こんなに嬉しいことはない。
あれ。ボクなんで動物使役のスキル取ったんだろ……。