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030 ウチの店のコーヒー二千杯くらい飲めますよ!

 話すと言われても、チベスナさんと会話可能なのはボクだけだから、ボクが聞いて二人に説明するしかない。

 チベスナさん曰く「動物使役」は好感度か服従度が一定値を超えると成功するらしい。内部数値がどうのこうのと言っていたけど、ボクらには確認できないのだそうだ。「見りゃわかんだろ、そんなの」と言われて、ふと、前に使役を試みた巨大イノシシの姿がよぎる。うん、敵意しかなかったね。見ればわかる。

 ただこれはあくまで通常の話で、固有個体であるチベスナさんは条件が違うらしい。

 

「ええと、『黄金のリンゴ』と『蓬莱の実』っていうのがないとダメって言ってます」


 ひと通り聞き終えたボクは、言われたままを口にした。

 虚無顔のまま完全に尻尾を巻いているチベスナさんは、服従度なんて一定値どころか振り切ってそうだけど、それでもダメらしい。()()()()()()()なんだとか。


「ナナリアさんわかります? ボクの『植物知識』じゃわからないみたいで」


 「植物知識」。植物系スキルの福袋みたいなナナリアさんと一緒だとまず出番がないのだけど、意外と便利なスキルだと思う。見たことがない植物でも、この島の植物のことならなんとなくわかる。名前とか、植生とか、食べ方、使い方なんかまで、知らないのに解る。ちょっと変な感覚だ。

 だけど「黄金のリンゴ」と「蓬莱の実」はなんとなくどころか、まるでピンとこない。名前からして植物だと思ったんだけど、違うんだろうか。あとこの虚無顔キツネは、前世がどこぞの姫か女神なんだろうか。

 ナナリアさんは首を横に振った。

 

「私もさっぱり。ここらへんの(植物)たちにも聞いてみたけどわからないって」

 

「うーん、植物じゃないんですかね?」


 もしかして宝石とか? それともなにかの暗号とかだろうか。まさか謎解きをする羽目になるとは思わなかったぞ。しかもいきなり迷宮入りしそうだし。せめてヒントくらい――。


「『黄金のリンゴ』と『蓬莱の実』なら売ってるんだよ?」


 そう、売ってるんだよ。はい? なんですって?

 声のした方へ顔を向け、目視確認。一度目を閉じて、深呼吸。眉間を押さえてから、再確認。


「タマモさん。いまなんと?」


 発言者は、裸シャツ白衣の脳筋キツネ痴少女ことタマモさんで間違いない……らしい。タマモさんは頬を膨らませた。


「だ、か、ら! そのふたつなら買えるんだよ! さっき見たんだよ!」


 ナナリアさんと顔を見合わせて、『購入』を呼び出す。脳裏にカタログが現れる独特の感覚はなかなか慣れない。

 いつも決まったものしか買わないからなあ。まじまじと眺めたことなんてなかったんだけど……。

 あ、ホントだ。ジャンル「嗜好品」とか書かれてるし。


「て、めちゃくちゃ高くないですか!? ウチの店のコーヒー二千杯くらい飲めますよ!」


 いままで見たことがない桁だ。タマモさんに全財産持っていかれたボクには、高かろうが安かろうが大差ないんだけど。タマモさんの何か言いたげな視線がこっちに向いているのは、幻覚の類であると断固主張したい。無理ですから。ボクの稼ぎだと年単位ですから。ナナリアさんだってこんな金額簡単じゃない。工面しようものなら、ウチの看板娘が森ひとつ自害を迫る残虐姫になってしまう。うん。これはダメだ。


「諦めが肝心ていい言――」


 言い終える前に、耳たぶが引っ張られた。

 ナナリアさん? まさか残虐姫になる決意が?

 

「ねえねえ。『黄金リンゴの種』と『蓬莱の種』って売ってるんだけど」


 思考が一時停止。ええと?

 

「種?」


「うん。種。ウチのコーヒーより安いの」


 あ、ホントだ。安い。ジャンルは「種」。どういうジャンル分けだよ。間違ってないけどさ。


「チベスナさん。種でなんとかなりません?」


「ならねぇよ! 残念だったなぁ!」


 声だけでめっちゃドヤられた。清々しいくらいの手のひら返し。さては買えないのわかってたな。

 怒る気にもならず、ため息。


「やっぱり種じゃダメですって」


「そんなのわかってるわよ。はい『購入』っと」


 ナナリアさんは迷いなく「購入」。種がふたつ、ナナリアさんの手に現れた。つるりと丸い小さい種と、ゴツゴツした大きい種だ。どことなく見たことある気がする。


「種があるなら育てたらいいじゃない?」

 

 ナナリアさんは種を土の上に置き、手をパンパンと打ち鳴らす。召使いでも呼ぶような仕草はすごく姫っぽい。

 と、次の瞬間、種が弾けた。そう、まさに弾けたのだ。音はなかったと思う。

 心理的音を表現するなら「ドンッ!」だ。

 ボクのすぐ目の前に、小さな木が二本立っていた。高さはボクより少し大きいくらいだけど、葉は青々としていて見事に育っている。「植物操作」か「植物強化」か、はたまた別の固有スキルなのか。ナナリアさんのすごさを口にしようとしたボクだったけど、実った果実に言葉を全部もっていかれていた。


「これが『黄金のリンゴ』と『蓬莱の実』ですか?」


 いわく「コーヒー二千杯分の果物」はどこからどう見ても、見知った果物にしか見えなかった。


「この子たちは『疑っとるんかワレェ!?』って言ってるけど?」


「ガラ悪っ! いや、疑ってるってわけじゃないんですけど……ボクにはなんというか、オレンジとモモにしか見えなくて……」


「うん、私にもそう見えるよ」


 沈黙。そして静寂。

 いやいや『黄金のリンゴ』と『蓬莱の実』なんて大仰な名前だぞ。純金で出来たリンゴとか、真珠の詰まったザクロとか、そんなの考えるじゃないですか。ただのオレンジとモモがコーヒー二千杯? 味か? 味が違うのか? それともやっぱり種からじゃダメだったとか――。


「嘘だろ……」


 チベスナさんの声は、震えとかすれで別の生き物みたいになってました。テンション乱高下すぎません?


「ええと、これでいいんですかね?」


 ここまで露骨に反応されると聞くまでもないけど、ドヤられたお返しをしてみる。返事はない。なんかプルプルしてる。


「試してみたらいいんだよ!」

 

 いろいろ待ち切れなかったのか、タマモさんは無造作に自称『黄金のリンゴ』『蓬莱の実』をもぎ取ると、パタパタとチベスナさんへ駆け寄っていく。直後、とてつもない悲鳴が聞こえてきたような気がしたけど、きっと空耳なんだと思う。だってほらチベスナさんは表情ひとつ変えてないし。

 かくして、緊急クエスト「キツネ娘のキツネ捕獲」は無事終わりを迎えたのでした。めでたし、めでたし。


「めでたくねぇっ!」


 チベスナさんの不機嫌そうな声。巨大な虚無顔の上に、ご機嫌そうなタマモさんが乗っている。飼い主は祟られたりしないんだろうか。

 チベスナさんの言葉に嘘はなく、タマモさんはちゃんと「動物使役」に成功した。いまは名前を考えているらしく、チベスナさんにあれこれと話しかけている。使役したら会話できるのかな。そういや、なんでボクだけ会話できたんだろう。チベスナさんに聞いたらわかるんだろうか。そんなことを考えて、つい首をかしげる。と。


「ちょっと、揺らさないでくれる?」


 頭の上から怒られた。ナナリアさんはボクの頭で休憩中だった。

 ボクも誰かに運んで欲しいです。ため息ひとつ。


「今更ですけど、ちゃんとイベントクリアできましたね」


 頭を動かさないように、ボクは目の前にカードを掲げた。内容が更新されている。

 チベスナさんを「動物使役」したのはタマモさんな訳で、ボクらもイベントクリア扱いになるのかと疑問を持ったのはタマモさんが使役に成功したあとのことだった。なんかもういろいろ必死だったんだなあと思い返す。


「でもさあ、これってどういうことだと思う?」


 頭の上でナナリアさんが言う。見えずとも『これ』が何を指すのかはボクにもわかった。

 更新されたカードには、端的に次の目的地が示されていた。


『湖にて待つ』


 意味は分かる。湖に行けばいいってこと。ナナリアさんだってわかっているだろう。

 疑問は実にシンプルな話だった。

 ボクの知る限り「この島に湖はない」のだ。

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