028 うん、虚無
さあ、考えろボク。
いまの声はなんだ?
男前。しかも俺様ときた。
よし、点呼だ、点呼。
ボク、ナナリアさん、タマモさん。
さあ、男はどこだ。
……ボクしかいなくないか?
あくびをする巨獣から視線を逸らし、前に並ぶ二人を見る。
茂みの陰から様子をうかがうナナリアさんとタマモさん。ええい、ままよ。
「やだなぁ、ナナリアさん。急に変な声で喋らないでくださいよ」
師匠が真面目に働くくらいの、奇跡的な可能性に賭けてみる。
可愛らしい、見るからに妖精なナナリアさんだけど、きっと普段の声は魔法で作っている声なのだ。地声は男前。そうに違いない。
振り返ったナナリアさんは——。
「え? 私変な声だしてた?」
ごめんなさい。完全に言いがかりでした。
澄んだ鈴みたいな声は姫様の地声でございます。
「あれ? あー、ボクの気のせいだったみたいです?」
真顔で誤魔化す。
じゃあ、タマモさんだな!
チラリと視線を向ける。
鼻歌混じりのタマモさんは白衣の下で尻尾をフリフリしながら、チベスナさんを品定めしているご様子。裸シャツ白衣とマニアックな格好もお構いなし。
うん、これは、違うな。
こんなアホっぽい感じのヒトが地声を偽装するなんてできるわけがない。
つまりは……。
ボクは改めて巨獣を視界に収める。
血染紅天狗蘇芳奈落狐。略してチベスナさんに動く気配はない。
ふたりの反応からして、さっきの声はボクにしか聞こえていないらしい。タマモさんが聞こえてないなら「動物使役」のスキルとも関係ないんだろう。
そもそも声はどこから聞こえた?
チベスナさんはあくびしかしてない。もしかして『音じゃない声』なのか?
あくびで会話をしてた可能性も捨てきれないけど、それなら精神感応とか念話のほうがありそうだ。
試してみるか。いまいる場所は風下で距離もある。普通の獣ならまず気がつかれることはない。さて……。
チベスナさん、チベスナさん。お答えください。
念話チャレンジ。心の中で呼びかけてみる。ただ考えてみただけともいう。
反応は——ない。
佇むチベスナさんはこちらに顔を向けているものの、それだけだ。森の中にただ座っている。
うーん、空耳だったかなぁ。
いままで島の動物が喋るのは聞いたことないもんなぁ。もしかしてボク、疲れてる?
そう思ったときだ。
「疲れてるってか、兄ちゃんの場合は憑かれてんだろうがよ。なんならついでに祟ってやろうか?」
間違いない。
声だ。
からからと笑う、粗野な声。
ナナリアさんを見る。
タマモさんを見る。
再度チベスナさんを見る。象ほどもある大きな顔と、今度は目が合った。
からからと笑う声は続いている。にも関わらず、その顔には虚無しかない。軽い口調と相まって、ふと思う。
なんかすごく腹立つなぁ。この顔。
「マジで祟るぞ」
声が凄んだ。
やっぱりこっちの思考が聞こえてるじゃないですか。ボクはやれやれと思考でため息。
声で凄まれたくらいでいちいちビビっていたら、師匠の弟子なんてやっていられないんですよ。
だいたい、チベスナさんの声はお怒りのご様子ですが、顔からは全くわかりません。うん、虚無。
「よく寝てたから、ご機嫌そうなんだよ!」
そんなチベスナさんを見て、岩も砕く拳をぶんぶんと振るタマモさん。やめて。危ない。
「アレ、ご機嫌な顔なの?」
ナナリアさんは目を細めて訝しげ。ふむ。
チベスナさん、ご機嫌ですか?
「お前、さっき俺様が怒ってるって自分で言ってただろうが……」
タマモさんを信じて、まさかのツンデレかと思ったけど違うらしい。
チベスナさんは呆れ声。表情は……うん、虚無。
これは声色から感情を当てるクイズなのか?
隣ではタマモさんが「目元の微妙な変化を読み取るんだよ!」とか熱弁中。
それ、答え合わせどうやってするんですかね。
あの。この状況、どうしたらいいと思います?
「どうしてそれを俺様に聞くんだ、お前……」
声に呆れ度が増した気がする。
ボクは迷わず思考する。
このまま放っておくとですね。
「ご機嫌はともかく、とりあえず弱らせてみるのがいいんじゃない? 仲間になりたそうになるかも」
ナナリアさんが何気なく言い、
「そしたら、軽く石とかぶつけてみるんだよ?」
タマモさんがしゃがんで、小さく振りかぶる。
ボクは素直な気持ちを告げた。
たぶん、チベスナさんの命が危ないです。
チベスナさんのすぐ横。ボクの視力が正常なら、太い木に拳大の、ついさっきまではなかった穴が貫通しているように見える。……いま、まったく音しなかったんですけども。
「あれ、外れたんだよ?」
小首をかしげるタマモさん。
「え、外したんじゃないの? いまの当たったら死んじゃいそうじゃない?」
ドン引きのナナリアさん。
「チベスナはレアだから大丈夫なんだよ! 次は当てるんだよ!」
おお。なるほど。頑丈なんですね。
「そんなわけあるか! 止めろよ!? いや、止めてください!?」
焦った声が聞こえてきたけど、止める間もなく放たれた二投目は、チベスナさんの頭上の枝をごそっと薙ぎ払っていった。
当てにいって当たらないところをみると、タマモさんは「投擲」関連のスキルはお持ちでないご様子。このままだと当たるまで投げ続けそうな気がする。
ボクはリアルにため息をひとつ。
「あー、タマモさん。チベスナさんがちょっと話したいそうですよ」
助け船を出すことにした。タマモさんの理不尽に巻き込まれているチベスナさんに、親近感がわいたのかも。するとナナリアさんが目を細めて、眉を寄せた。すごく怪訝そう。
「え、デシくんも顔でわかるの? わからないの私だけ?」
「いやいや、あの顔で意思疎通とか無理でしょ。なんでかボク、チベスナさんと会話できてるっぽいです」
答えるなり、ナナリアさんはいきなりボクの鼻先を小突いた。ぺちりと音は可愛いけど、わりと痛い。今度はボクの眉が寄る。
「痛いです」
「デシくん、そういうスキルがあるなら早く言ってよ」
「いや、それがどうもスキル関係ないみたいで」
念のため自分のスキルを確認してみたけど、それらしいものはない。
ナナリアさんの表情が途端に曇る。
「……え、心労でついに幻聴が?」
「……たぶん、そういうのじゃないです」
この程度で幻聴が聞こえるようになるなら、師匠との旅なんて四六時中、心当たりのない大合唱でも聞こえてきそうなもんだ。
そんな会話をしている間に、タマモさんは三投目。今度は少し奥の木が幹ごと爆ぜた。ボクの身体よりもずっと太い木が、だるま落としみたいに抜かれている。投げるたびに威力上がってない?
「あの、タマモさん。チベスナさん、当たると死んじゃうって自己申告されてますけど、もう少し投げます?」
レアな狐はスゴいと信じて疑わないタマモさん。しゃがみこんで、四投目の準備を始めている。てっきりそこらへんに転がってる石を投げているのかと思っていたけど、よくよく見れば土を握り込んでいるだけっぽい。え、なにそれ怖い。弾数ほぼ無制限だし。
ほら、チベスナさんも服従のポーズとかしたほうがいいですよ。
チベスナさんにも思念を飛ばし——。
「……おや?」
「イッチー、どうしたんだよ?」
四投目を投げ終えてから、タマモさんは手を止めた。チベスナさんの右側の地面が、音もなくごっそりこそぎ取られている。その横で巨体は完全に沈黙していた。
「気絶しちゃってますね、チベスナさん」
チベスナさん、めっちゃ白目でした。
恐怖で気絶するって本当にあるんですね。
うん、虚無。
ほとんど1年ぶりの更新です。
29話の途中まで書いていたあたりで、連載続けるのが難しそうな状況に。大型プロジェクトがどどーんと降ってきました。
ラスボスじみたやつを8ヶ月かけて片づけたと思ったら!
そのまま次のプロジェクトで北海道!
勤務時間が変わったりと朝の時間が落ち着かなかったんですが、3週間でようやく慣れてきた……と思います。
札幌、朝7時から開いているお店が貴重なのです。
さてさて、イベント編でしたね。
チベスナさんの回は次回で終わるかしら?
更新再開がんばりますー!




