025 ユノもユノだけど、デシくんもデシくんよね
【98日目 昼 記録者:デシイチゴウ 晴れ時々曇り】
森のなか、道なき道を今日も行く。
森です。デシです。タイムリープしている気分です。
ボク的には森はしばらく摂取の必要ないと思うんですよ。
森林浴も過剰摂取は良くないです。きっと。
そういえば裏島で過ごした三日間は現実には一晩だったらしいけど、ボクは余分に歳を食ったのかな。
後ろから小さな影がひらりとボクの耳を掠める。ふわり漂う甘い匂い。
「ねえねえ、デシくんってマドカとどこまで進んでるの?」
ボクのすぐ目の前で器用にホバリングしながら、花の妖精姫ナナリアさんがそんなことを言い出した。目をキラッキラに輝かせている。え、なにを期待されてるのボク。
「どこまで?」
何を聞かれたのかわかるまで、ボクは首を三回くらい捻ったと思う。
「ああ」
そういうことか。こちらの姫様は恋バナをご所望のご様子です。
「キスとかした?!」
ワックワクなナナリアさん。グイグイくる。ボクはうーん、と唸る。
「どうしてこのタイミングなんです?」
「だってー! お店じゃこんな話できないでしょ? デシくんと二人で出かけるなんて滅多にないし!」
なるほどたしかに。
さて、ボクとナナリアさんは二人で森の中にいます。
『イベント開催のお知らせ』が届いたのが二日前。
封筒の中身は一枚の白いカードと、手紙。
『イベント概要。まずはイベントを発生させよう! 島の特定の場所にいくとカードが反応してイベントが発生! イベントを進めて隠された宝玉をゲット! 達成者には豪華景品!』
もうね。胡散臭さしかないですよ。
ただこの『手紙』は「ボクらを島に集めた誰か」によるもので、届いたのは『通貨』以来。
話し合うまでもなく店をあげてイベント参加をしようとなったわけで。
ちなみに、ボクは師匠に巻き込まれて転移してきたクチなので、手紙もカードも届いていない。
ポケットに入っているカードはもちろん師匠の分。
イベントの手がかりはこのカードのみ。
コレを持って島を歩き回り、イベント発生をさせないことには話にならない。
で、面倒くさがった師匠は「私が店を預かろう! 店長だからな!」と宣言。
師匠の代わりはもちろんボク。師匠の気が変わるまで、探索班で固定になった。
探索は二人一組。初日のパートナーはくじ引きの結果、ナナリアさんになりました。
説明、終わり。
「キスですよね……うーん?」
「……ウソっ!? あるの!?」
「ええと……たぶん、キスはないです」
「意味深!!」
意味深もなにも。マドカさんは吸血鬼なわけですよ。
「マドカさん、ちょいちょい首狙ってくるんですよね」
思い返してボクはため息。そもそもマドカさんとは出会いからして特殊だった。
【40日目 深夜 記録者:デシイチゴウ 晴れ】
「あの、ここで何をされてるんですか?」
師匠が決めた開店まであと三日。深夜、目が覚めたボクはなんとなく夜風に当たりたくなって外に出た。
そこには先客がいた。
ウッドデッキのテラス席にひとり、座っている。
この島は月がいつも丸い。まさに月光。月明かり。
座っていたのは知らない女の子だった。
ボクの声に反応してか、小さな顔がこちらを向いた。
瞳は夜でもわかる真紅。風に揺れる長い銀の髪が月夜に映える。
黒いドレスの少女は無表情に言った。
「アナタは誰?」
声も淡々。無感情。
「それ、ボクの台詞だと思いますよ」
「そう」
そして沈黙。
あれ、いまボクのターンでした?
「ここ、まだ開店してないんですよ」
いまは深夜、店には明かりもついていない。
閉まっているのは見ればわかるレベルだけれども、万が一この子がお客さんで、オーダーをとりに来るのを待っているとかなら申し訳ない。うーん、でもいまは出せてもお水くらいだぞ。
「お店なの?」
おっと。返答が斜め上だ。
「むしろなんだと思ってたんですか……」
「空き家?」
「無人島に空き家ってなかなかミステリーですね」
すると、少女はボクを指さした。
「アナタがいるわ」
「はい?」
ボクが首を捻ると、彼女も首を一緒に傾げた。
「無人島?」
「たしかに、ヒトいますね」
反応を見るに転移したてだろうか。少なくともこの島にいるなら転移者だ。
そして、多分この子は普通のヒトじゃない。幽霊とは違うけど、霊的な感じはする。師匠なら怪異っていうかもしれない。
「ボクはデシイチゴウって呼ばれてます。好きに呼んでくれて構いませんよ」
名乗りはボクから。礼儀は大事と師匠に叩き込まれている。
「おっけー、イッチー」
ノータイムでイッチーになりました。
淡々としているけどノリが軽い。もしかして表情に出ないだけなのかな。
「私はマドカ」
「マドカさんはここで何をしていたんですか?」
ようやくスタートに戻ったぞ。
「なにもしてないわ」
わお。いきなりゴールしたんですけど。
そして、沈黙。
あ、ボクのターンか。
「とりあえず、中に入りますか?」
マドカさんは手ぶらに見える。
転移者当人なら、ボクごときが心配しなくてもいいんだろうけれど、女の子をひとりで外に放置するのもなんだか寝覚めが悪い。
ボクが促すとマドカさんは席を立った。身長はボクと一緒くらい。歳も同じくらいかな。可愛いと綺麗の間。長いスカートのドレスはちょっと大人びて見える。
マドカさんは一歩、二歩とステップしてボクの前に立つ。
「お誘い?」
マドカさんは無表情に首を傾げる。
「別に、無理にとはいいませんけど」
「積極的なのね」
少し考える。
「なんの話、してます?」
テンポが合わないというか。論点がズレているというか。
「同衾?」
「しません」
「そう」
無感情な返答にため息が出た。
なんだろう。疲れる。もうどっちでもいいや。
ボクは回ってきた会話のターンを放棄して、店の中に入ろうと背を向けた。
直後。
かぷり。
首筋がちくり。やわらかく湿った感触がぺとり。
腰に回された細い腕。背後から抱きしめられている。
布越しの感触は柔らかく、ひんやりとしていた。
「なにしてます?」
「ふぐふぐふぐふ」
ひやりとした息が耳まで届いた。滅茶苦茶くすぐったい。
「あの、もしかして血とか吸ってます?」
噛みついたまま頷かれた。くすぐったい。
ぷはっと息継ぎが聞こえて、声が囁く。
「おいしい」
かぷり。
「もう一回吸うんですね……」
仕方ないのでしばし待つ。歳の近い、しかも掛け値なしの美少女に抱きつかれて悪い気はしない。
「おかわり」
「それ、吸う前に言いませんか?」
「じゃあ、おかわり?」
返答前にかぷり。三度吸いつかれる。自由か。
首に痛みはない。どれくらい吸われているのかわからないけど、特に気分も変わらない。
マドカさんは吸い終わると首筋をぺろりと舐めた。
少し待ってみたけれど、マドカさんは抱きついたままだった。まあいいかなと話を続ける。
「マドカさん、吸血鬼なんですね」
「そうよ」
これで違うと言われても困る。
「ボクも吸血鬼になったりします?」
「どうして?」
「吸血鬼ってそういうものなんじゃないんですか?」
地球だと吸血鬼に噛まれると眷属にされてしまうとかだったと思う。会ったことはないけども。
「吸えなくなって困るわ」
「そういうもんですか」
確かに吸血鬼同士で吸うって話はあまり聞かない。
でも、ただ血を吸うだけって、ほぼ、蚊なのでは?
「ごちそうさま」
「ありがとうございました?」
返す言葉に悩みつつ、とりあえず店員らしいものを選ぶ。
マドカさんの体が離れた。
ボクが振り返ると、無表情なマドカさんの顔が、ほんの少しだけ微笑んだ。吸血鬼の歯がちょこんと先を覗かせる。
「ここで働くわ」
「……はい?」
「まかない。ある?」
ボク、指さされてますよね。なんとなく言わんとしていることはわかる。
「とりあえず、店長に聞いてみましょう」
まあ、二つ返事で採用されたわけですけども。
* * *
「……とまあこんな感じです。このあと入り口の『浄化』トラップでダメージ受けたマドカさんにもう一回吸われましたね」
そういえば師匠が『浄化』トラップを外すまで、マドカさん窓から出入りしてたっけ。かれこれ二ヶ月前の話。随分昔のような気もする。
「ユノもユノだけど、デシくんもデシくんよね……」
「そうですかね?」
ナナリアさんは呆れた顔。「生きる前代未聞」の師匠と比べられてもなあ。
「てことは、デシくん、それからずーっと、毎日吸われてるわけ?」
「あー、マドカさんの食事周期って気まぐれみたいですよ。数日に一度、お腹減ったらって感じみたいです」
通算すると三十回くらいかな。最近は「場所で味が違うわ」とか言い出して、首以外も狙ってくるので、口から吸われたことあったっけと思い出してみたんだけれど、多分まだ、ない。ムードのかけらもないファーストキスになりそうだなあ。特にこだわりはないけどさ。
「マドカって燃費いいのねえ……」
恋バナの気配はすでになく、「残念マドカさんトーク」になっている気がする。
「ナナリアさんはーー」
それならいっそナナリアさんの恋バナでも聞いてみようかと口を開いたときだ。
微かな違和感がボクの思考をよぎった。虫の知らせというやつだろうか。
「きにひゃあああああああ!」
奇妙な悲鳴が森の奥から聞こえてきた。
マドカ登場の話でした。
書き始めた頃は「夜担当の吸血鬼店員」くらいしか設定なかったんですけど、気がつけばナチュラルにデシを狙いにくるロリババア様になっていました。
次回は新キャラ登場!
ナナリアも活躍させてあげたいなあ。




