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024 可愛くないわ

 さてどうしたものかね。

 弁明の機会くらいはくれてやろうと、デシのやつから話を聞いてみたわけだが、


「『裏島』に『着ぐるみクマ頭の男』に『山よりでかい異世界蠱毒』ねぇ。また無駄に情報量が多いな」


 出てきた単語を並べるだけでも大概だ。

 この島の奇奇怪怪も、ここまでくると大売り出しか在庫処分の気分になるな。ただでさえこの店には、妖精姫にクマの王族、スライム吸血鬼にダンジョン娘が揃ってるんだぞ。そろそろ宇宙怪獣とか降ってくるんじゃあるまいか。


「たった一日で、よくもまあそんなてんこ盛りにできたもんだ。『トラブルメーカー』とかいうスキルでもあるんじゃないか?」


「言っときますけど、『異世界蠱毒』は半分師匠も絡んでますからね……」


 げっそりした顔で、デシは深々とため息をついた。

 こいつのため息もかれこれ八日ぶりか。なんか和むな。


「あの、師匠」


「ん?」


「いまさらですけど、なんでボクだけこっち側なんです?」


 怪訝、というよりもデシは不満そうに言った。

 言わんとしていることはわかる。テーブルの長い方の端に座るデシと、向かい合うように座る残りの面々という構図のことを言っているのだろう。

 残りのと言っても、じゃみーは帰ってきて早々にコーヒーを淹れてるし、らーちゃんとナナリアは隣のテーブルの上で寝息を立てている。実質は私を含めて左右に座るマドカと不破くんの三人しかいない。

 入り口には臨時休業の札を下げた。店長権限だ。


「呪いなんてつけてくるお前が悪いんだろうが」


 デシは少し意外というように眉をひそめた。


「師匠も呪いとか怖いんですね」


「バカ言え。私に呪いなんて効くか。気分だよ」


 ()()()()()()()()()()()。厳密には少し意味合いが違うんだが、私を呪うことはいかなる手法を持ってしても不可能だ。

 デシは不可解そうな顔をして、とりあえずため息をひとつ追加した。


「ボクが呪われてるのはわかったんで、いい加減そろそろ休んでもいいですか?」


 疲労ゲージが振り切ったか、スタミナゲージが底をついたか。デシの濁った半眼は焦点定まらずといった具合。こういう目をなんて言うんだったか。

 不意にシャツが引かれた。


「ユノちゃん。イッチーが死んだゾンビの目みたいなんだけど。困るわ。闇堕ちすると血の味が落ちるのよ」


 そう言うマドカの目は真剣そのものだった。そうそう、死んだゾンビのような--。


「ゾンビはそもそも死んでないか?」


 問いで返すとロリババア様は実に不思議そうに首を傾げた。


「動いてるゾンビは存外やる気のある目をしてるものよ?」


 マドカは「知らないの?」とさも常識のように言う。

 ゾンビの瞳なんてまじまじと見たことないわ。見比べたらわかるのかそれは。

 ただまあ、そういうことなら、だ。


「おい、デシ。少しやる気出せば、死んでないゾンビに格上げされるみたいだぞ」


 字面だけなら「生ける屍」は「死んでないゾンビ」と同義かもしれない。もちろん冗談半分だが、テーブル向こうの死んだゾンビの目は揺るがなかった。


「わかりました。やる気だして寝てもいいですか? 久々の三日連続野宿だったんですよ」


 とうとうツッコミすら放棄したなコイツ。思考も麻痺してきているのか、イライラが口から漏れてるぞ。師匠に当たり散らすとは良い度胸ーー再びシャツが引かれる。


「ユノちゃん。イッチーがいまにも襲ってきそうなゾンビの目をしてるんだけど。困るわ。今日はあまり可愛くない下着よ」


 そう言いながらロリババア様は、黒いドレスの襟元を摘み服の中を確かめる。


「可愛くないわ」


「なら見られる前に脱いどけ」


 そもそも下着をつけるほどのサイズだったか?

 それはともかく、だ。


「なあ、デシ。三日ってなんだ?」


 さっきこいつは「三日連続」と口にした。チカから聞いたのは「昨日から帰っていない」だ。この情報の齟齬はなんだ。どこから二日間捻出してきた。


「三日は三日ですよ? とうとう数も数えられなくなりましたか、師匠」


 こちらへ向けられた死んだゾンビの目は、実に胡乱(うろん)だ。そういう目をするわけな。そうかそうか。


「なぁ、デシ。先に言っておくが、『売られたケンカは買ってから倍にして売り返せ』が凪見流(なぎみりゅう)って知ってるか?」


 ついでに凪見流には「不可抗力という文字もない」からな。いかに疲れていようが、死の間際だろうが、関係ない。覚悟はできているんだろうな。


「いつから流派を名乗るようにしたんですか……じゃみーさんも言ってやってくださいよ」


 じゃみーはちょうど人数分のコーヒーを運んできたところだった。子どもサイズのまるまるもふもふしたフォルムがテーブルを回りコーヒーを置いていく。実にファンシーでファンタジー。そんな姿から渋い声が返される。


「じゃみーは流派、剛拳不敗を名乗ろうかと思っている最近だ」


「そっちの話じゃないです……」


「ちなみにコーヒーの流派だ」


「そこは戦闘方面にしましょうよ、騎士団長……」


 デシはため息。不破くんは「むぅ、興味があるな……」と呟く。あるのか、興味。

 ようやく噛み合わない話の流れに気がついたらしい。デシは一度俯いてから怪訝な顔を前に出した。


「……ボクらが店を出たのは三日前じゃないんですか?」


「イチゴウさんたちが出かけたのは昨日のお昼なのだわ?」


 足の下から声が割り込む。ちゃっかり参加している地下施設である。


「それじゃあボクらの時間のほうがおかしいってことなんですね……」


 シャツが二度引かれる。


「ユノちゃん。イッチーがチカリスにだけ態度違う気がするんだけど。困るわ。三年目の浮気かしら?」


「確かにこれはクロだな。凪見流に二股の文字はない。ついに我流開眼か」


 まだ出会って一年も経ってないけどな、ロリババア様よ。百年単位で生きられそうな種族も三年で浮気するんだろうか。

 コーヒーを置き終えたじゃみーが不破くんの隣に座る。


「ところで、ユノ嬢。デシ殿が呪われている件はもういいのか?」


「ああ。それな」


 別に忘れてたわけではない。

 なにせソイツは視界の中にずっといるのだ。

 帰ってきた時点ですでに、デシのやつは腰のあたりから首にかけて、半透明の黒い蛇に巻きつかれていた。腕二本分くらいの太さで、全長数メートルはあろう。山よりでかいサイズではないが、コイツが異世界蠱毒で間違いない。ただその存在はかなり希薄だ。霊というより残留思念に近い。

 ふむ、()えているのは私だけか。


「害はなさそうだし、放っておいてもいいんだがな」


 ほとんど簀巻きにされているのにデシのやつは呑気な顔だ。締め殺されるどころか、苦しむ気配すらない。

 残留思念しかないといっても、蛇は数千の魔獣特選詰め合わせみたいなやつだ。デシごとき呪殺するのはわけないくらいの力は残っていよう。

 結論は単純。害意がないのだ。


「そうなんですか? とりあえず無事だなぁくらいに思ってたんですけど」


 首を傾げるデシの頭に合わせて、蛇も首……じゃないか頭を傾げる。仲良しか。

 あ、頭飲まれた。


「師匠?」


 結構な勢いで咀嚼されてるのに気にした様子も一切ない。

 うん。害はない。間違いない。豪快に齧ってるけど。


「とりあえず蛇が憑いてるぞ」


「それはわかってます。ヨモさんにも言われました」


「お前、その蛇にめっちゃ懐かれてる」


「え、うええぇぇぇ……?」


 そこは驚くのか。噛みついてるのも、構って欲しいアピールかじゃれついている感じなんだろうな。そもそも蛇って懐くのか?


「どうせお前のことだから、可哀想とか思ったんだろ」


「べ、別に助けたいとかは思いませんでしたよ?」


 わかりやすいというか、なんというか。今回ばかりは「はあ」と私の方がため息をつく。


「お前が悪い。責任とって世話しとけ。気が済んだら蛇の方から離れてくかもしれん」


 そう言い放って、じゃみーが置いてくれたカップを手に取った。芳醇な香りが鼻腔を刺激する。初めての香りだ。


「豆、変えたのか?」


「うむ。今回の戦利品だ」


 納得のいく出来だったのか、じゃみーはいい顔だった。

 これは期待大だな。そう思いながらカップに口をつける。

 その刹那のことだった。

 違和感があった。

 味の話ではない。

 世界の連続性に綻びができたような感覚とでもいえばいいのか。ほんのわずかな間、世界が途切れていたような感覚。いや、何かが差し込まれた?

 その正体は直後に判明する。


 テーブルの上に、封筒が置かれていた。


 一瞬前にはなかったものだ。一通ではない。マドカもじゃみーも、不破くんも、形はまちまちだが、それぞれの前に似たような封筒が置かれている。

 私のは白い洋封筒だった。

 見たことのあるそれには、こう記されていた。


『イベント開催のおしらせ』と。

次回からイベント編突入です!

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