023 勝手にヒトの純潔をバイト代にしないでくれるかなっ!!
「てんちょうー! 店長ー! 起きるのだわー!」
闇の現か夢の現か。意識の糸が震える。
「んぅ……」
誰の声だ? いまはいつだ? ここはどこだ?
ねむ……。
寝起き前の泥濘に意識が再度沈む。
しずーー水ぅ!?
「だあああぁ!?」
冷たぁっ! 跳ね起きた。
「おきたのだわ!」
意識が現世に接続した。
そうだ。店の地下に籠もってちょっと研究をしていたんだ。何日寝ていなかったか、途中から記憶は曖昧でしかも途切れている。寝落ちだな。間違いない。そこまではいい。
「おまえかぁあああ!」
天井に向かって吼える。起きたら大浴場の水風呂に沈んでたなんて、もう犯人はひとりしかいない。
この地下空間の主--というか本人。岩ダンジョン娘のチカ。転移罠を利用した水風呂目覚ましを考案したのは確かに私だが、私に使ってもいいとは一言たりとも言っていない。
バレバレの犯行に及ぶとは私への挑戦状と受け取っていいんだな。よぉし、手加減抜きでやってやろう。何日間だか知らないが引き籠りフラストレーションを燃料にして……。
「ひいぃぃ!? 怒らないでほしいのだわぁ!!」
そのまま「びえええ」とガチ泣きである。
あまりの泣きっぷりに、頭が一気に冷える。ついでに体も冷える。髪やら服やらから色気もなくぼたぼたと水が落ちていた。
「……風呂はいるか」
ダンジョン娘の嗚咽を聞きながら入る風呂もたまには良かろう。
濡れて貼り付く服やら下着やらを文字通り脱ぎ散らかし、私は隣の湯船に移動した。
色気? 知るかそんなもん。
「ええと今日はいつだったか……」
【96日目 朝 記録者:凪見ユノ 大浴場はいつでも日本晴れ】
「なあ、チカ。私何日ぶりだ?」
「うぅ……八日ぶりくらいなのだわ」
ダンジョン娘がそれなりに泣き止むまで、私は久々の大浴場を堪能した。こいつ、泣いてるとき涙は出るんだろうか。しかし一週間超えてたか。最後は丸一日くらい寝てたんじゃあないか?
「で、用件は?」
服を着替えーーといってもいつものくたびれたワイシャツとスカートなんだが、廊下を歩きながらチカに尋ねる。
「そうなのだわ! イチゴウさんとじゃみーさんが昨日から帰ってこないのだわ?」
「ふむ?」
たしかにそれだけ聞くとちょっとした事件かもしれない。デシのやつだけならともかく、じゃみーも一緒か。あの剛拳不敗のコーヒーマスターが、万が一にも危機に陥るなんてことはないと思うが。
「らーちゃんも一緒なのだわ」
「……なんだと」
寝起きのもふもふタイムが……ない!
「寝直していいか?」
「ダメに決まってるでしょうが!」
階段の上から態度の大きい、小さな声が降ってきた。ナナリアである。桃色姿の妖精姫は朝からご立腹な様子。下から見てもスカートは相変わらず鉄壁だ。
「手が足りないの! さっさとフロアに出てきなさい!」
「えー……」
「えー、じゃない!」
副店長は厳しかった。仕方なくそのままフロアに上がる。
天窓から差す、地下のそれとは違う強い陽光に目を細める。朝だなぁ。
「結構な寝坊ね、ユノちゃん」
一週間ぶりくらいに出てきたことを言っているのか、今この瞬間を言っているのか。いずれにしろ嫌味半分だろう。
見た目は少女。中身は不死身。銀髪赤眼のロリババア様。吸血鬼のマドカだ。
朝から店に出ているとは珍しい。
「おや」
「おはよう、店長」
カウンターの内側にマドカと並んで若い男が一人。長身で黒髪。見てわかる日本人男性の容姿。顔立ちは端正で鋭く、抜き身の刀を思わせる。
「不破くんもウチの店員だったのか」
「そんなわけないでしょうが!」
ナナリアの間髪入れぬ合いの手。ツッコミか。
常連客の不破くん。地球の日本人だが、私とは違う時代、違う世界から来たらしい。並行世界というやつなのか、はたまた異世界と呼ぶべきか。個人的にはどうでもいいんだが。
「副店長に泣きつかれたので」
不破くんは無表情に答えた。この常連客、もともと表情が希薄で感情が読みづらい。別に嫌がっている風ではなさそうだ。
さて、そんな彼だがカウンターに立つ姿はなかなかどうして、堂に入っている。
そういえば実家がカフェをやってるんだったか? 客商売をしてたならもう少し愛想良くても良さそうなもんだが。
店内には、モーニングタイムを過ごしにきている客が……五組。不破くんがドリンクを、マドカがフードを担当して、ナナリアが給仕か。
「あ、これ私いなくてもいいやつだ」
「よくないやつよ! おかしいでしょ! 常連さんがヘルプに入ってるでしょ。マドカなんて夜からよ! てか私も徹夜よ!」
「閉めろよ、店」
「あんたねぇ……」
妖精姫の苦言を私はバッサリ切り捨てる。
「あのなあ。勤勉は美徳か? 嗜好でなきゃ嘘だろ」
嫌々やっているなら労苦だし、それに励めとか意味がわからん。それを美徳とするなら、貴賤上下の差別なく勤勉でなければ、ただの欺瞞だ。絶賛労働中の姫が勤勉かどうかはさておき。
「まあ、いいさ。せっかく起きんだ。たまには仕事をしようじゃないか」
私はひょいとカウンターを飛び越えると、特製フードの木札をひっくり返した。
それからしばし。
朝の客がはけて、店内は落ち着いた。
私は大きく伸び。肩を回す。特製フードは好評で都合八品の料理を出した。
「ふむ。久々のキッチンも悪くないな」
およそ一週間ぶりの仕事はいい気分転換になった。満足、満足。
コーヒーでも飲むかと隣を見ると、不破くんが洗い物を終えるところだった。
「不破くんもすまんな。バイト代は……そうだな。ナナリア一晩分あたりでどうだろうか」
この島で労働相場とかさっぱりわからんが、ナナリア一晩分なら足りるだろ。多分。常連客には人気だし。
「勝手にヒトの純潔をバイト代にしないでくれるかなっ!! あとなによ! 一晩分って!」
不破くんの返事を待たず、魔力と殺意のたっぷりこもった空カップが爆速で飛んできた。額のど真ん中を狙ってきたそれを片手で受け止め、洗い物をしている不破くんに渡す。
ふと疑問が湧いた。
「妖精って交尾で増えるのか?」
聞いた途端、ナナリアの顔が服のピンクよりも赤くなった。
「もうちょっと言い方ってもんがあるでしょ……」
「だって花の妖精だろ? 花粉ぶっかけたら孕みそうじゃないか?」
別の花の花粉でも受粉とかするんだろうか。ナナリアは小さな身体で大きなため息。
「あんたの不敬にいちいち腹立ててたらいつか憤死するわ……。ちなみに、その……アレよ! そういうのは人間と一緒よ。混血だっているんだから!」
んん? 混血? 目の前のピンク色の妖精をマジマジと見る。
嘘だろ。どうやるんだ……?
「あんたがなに想像したのか、なんとなくわかるけど、違うわよ。魔法で大きくなるから」
割と真っ当な答えで安心した。あー、びっくりした。
「だ、そうだけど、不破くんどうだ? バイト代」
「謹んで辞退したい。バイト代は次回の会計一回分ではどうだろうか?」
真面目か。即答か。ナナリア、サラッとフラれたぞ。
「わかった、それでいこう。しかし見事な手際だったな。正式に働いてくれてもいいんだが?」
不破くんは「ふむ……」と考え込むような仕草をしてから、「たまのバイトくらいがちょうどいい」とだけ答えた。
「ああもう、誰かさんのせいで余計に力使っちゃったわよ」
フラフラとカウンターの上に降りたナナリアは、そのまま突っ伏す。潰れた蛾かな。
「ナナりんが害虫にみえるわ」
テーブルを拭き終えたらしい、フロアに出ていたマドカが戻ってくる。
激しく同意したい。こう、べちっといきたくなる。
マドカが不意に顔を上げた。
「変な匂い……?」
疑問符をつけてこちらをみられても、特段変わった匂いはしない。
そういえば「気配察知」を止めたままだったなと気がついたところで、入り口が開いた。
見知った顔と目が合った。
すっとぼけたような締まりのない、その割に生意気そうな少年の顔。
「えと、ただいまです……」
気まずそうに視線を逸らすのは間違いない。我が不肖の弟子だ。
「遅くなった」
その後ろからまるまるモフモフの小さなクマが入ってくる。
じゃみーの鞄からは白い毛玉が顔を出して、気持ちよさそうに寝息を立てていた。
らーちゃんも無事らしい。
いろいろと言いたいことはあるが、とりあえずだ。
「なんでおまえ呪いなんてつけてるんだ?」
八日ぶりに会った弟子は、がっつり呪いに絡みつかれていた。
久々の店長パートです。濃いめのキャラばっかり増えているので、不破くんみたいなゲストキャラは薄口です。
思いついたキャラをポンポン増やすもんだから、設定集ちまちま作って更新しないと、思いついた時の使っていない設定忘れたりするんですよね。
気がついたら設定増えてたりもするんですけどね……。




