021 矜持と虚栄は見誤るなって師匠の教えなんですよね
【97日目? 昼 記録者:デシイチゴウ 雲消えちゃったなあ】
周囲の色が混ざりながら視界の外に吹き飛んでいく。
大空をじゃみーさんが脚力だけでジグザグに駆ける。その様はまさに疾風迅雷。
抱えられるボクはでたらめな空中機動に目が回りそうだ。
スブタ城からはそれを迎え撃つべくメチャクチャに熱線が放たれ、青空は半ば夕焼け色に染まっていた。数十、数百。轟音が大気つんざき、空が焦げる。
しかし、当たらない。
すべての射線を見切っているのか、じゃみーさんの無秩序な軌道は確実に距離を詰めていく。
強烈な風圧のなか、ボクはぶはっと大きく息を吸った。
「アレって、師匠とらーちゃんがぶっ飛ばしてましたよね?!」
空にそびえる黒蛇の城は、一〇日くらい前に師匠とらーちゃんが山ごと吹き飛ばしたはずだ。
「デシ殿。どれだけ言葉を重ねても、目の前にいるという事実は覆らぬよ」
「らー!」
「そうですけどね!」
言いたくもなりますよ! 城サイズの怪物ですよ。この島の神話作ることになったら出演オファー間違いなしですよ!
もうなんかめちゃくちゃに熱線出してるし。あんなの当たったらボク、消し炭どころか灰も残らない気がしますよ!
「この『裏島』はネ。島のバックアップみたいなところサ。島のリソースが減るとココから補充されルワケ。最近ごっそりとリソースが減ってネ。そこの樹海で穴埋めしつつ、こっちで減った分を再生してたんダヨ。アレはそのときにこっちに混ざって来てたんだろうネ。嫌になっちゃうヨネ」
ヤレヤレダヨと大仰に肩をすくめるヨモさん。
かなり重大な話を聞いた気がするけど、こっちはそれどころじゃない。この可愛くないクマ頭が、空中をスライド移動してついてきていることとかも二の次だ。
「別の『扉』? とかないんですか!?」
「扉」がそもそもよくわからないけれど、帰れるならスブタ城に飲み込まれてしまった「扉」じゃなくたっていい。
「無理ダネェ。アレを倒せば『扉』が出てくるヨ」
「なんのボスキャラですか……」
心の底からうめく。目の前のアレはわかりやすくボスキャラっぽいけど、違うそうじゃない。
「じゃみーはわかりやすいほうが好きだな」
じゃみーさんは呑気な声で……目がいつもよりキラキラしてる気がする。ほんと楽しそうですね!
「アレ、倒せます?」
「さてなぁ。やってみないとわからないが」
じゃみーさんは、近所に散歩にでも行くみたいな口調。
ただその眼光は鋭い。違った、キラキラじゃなくてギラギラだこれ。
「剛拳不敗は負けを知らぬのだよ。デシ殿」
うわぁ、じゃみーさん、マジかっけぇっす。これが騎士団長のカリスマか。
「ときにヨモ殿。しばしデシ殿を頼めるかな」
じゃみーさんが急に話を振ると、ヨモさんは後ろ手に組んだ。
「そうダネェ。それくらいなら許容範囲カナ。預かるだけダヨ?」
「感謝する」
「なぁニ。アレを処理してくれるなら安いモノサ。再生するときに半分くらいこっちと混ざっちゃってテネ。ボクは直接関われないノサ。ちょっとした取引ダヨ」
ヨモさんが何を言っているのかよくわからないけれど、可愛いクマさんと可愛くないクマ頭のスーツ男が会話するのは実にシュールだ。
ちなみに、なんだか物みたいに言われたボクは、間違いなく今のボクはじゃみーさんのお荷物だし、気にもならない。放り捨てられないだけありがたい。手荷物上等。安全第一。
「キミィ、プライドとかないのカィ?」
ヨモさんはやっぱり思考を読めるみたいだ。読心とかのスキルでもあるんだろうか。
「矜持と虚栄は見誤るなって師匠の教えなんですよね。両方ともたいして役に立たないけどなって続くんですけど」
「身も蓋もないネェ……」
ヨモさんはしみじみと言った。
「て、ことなんでじゃみーさん。頑張ってきてください!」
他力本願。困った時のクマ頼み。じゃみーさんはボクを見て、ニッと口だけで笑う。
「では、いってくる」
そう言い残し--じゃみーさんはポーンとボクを真上に放り投げた。
「はい……ぃいい!?」
ボクの悲鳴は天高く、赤と青の空に響き渡る。
「ホイ」
本当にどうやって移動しているのか、最高点に到達する前にボクはヨモさんにキャッチされた。片手で小脇に抱えられているような格好だ。筋力で抱えられているというよりは、そもそも重さを感じていないみたいに感じる。
「そこらへんはご想像におまかせカナ」
思考を読まれての会話にもだいぶ慣れてきた。「そうですか」と思考しておこう。
そのわずかな間で、シロクマ帝国近衛騎士団長単騎によるスブタ城攻略戦の火蓋は切られていた。
ボクを抱えてきた時はセーブしてくれていたのだろう。じゃみーさんのスピードが目に見えて変わった。ヨモさんは相変わらず謎のスライド移動でじゃみーさんに並走している。しかし、なんでヨモさんには攻撃が当たらないんだろう。不思議と流れ弾ひとつ飛んでこない。
対するスブタ城の熱線弾幕は近寄ることで一気に濃くなる。隙間なく視界が赤に染まる。じゃみーさんはそれを回避--しない。止まらない。
「ふっ!」
じゃみーさんは拳一つで熱線をまとめて叩き落とした。眼下で巨大な爆発が起こる。
じゃみーさんのスペックがぶっちぎってるのはわかっていたけれどもさ。
「あの熱線て、素手でなんとかできるんですね……」
「クマくんは闘気で怨念を押し切ってるんダネェ」
「え、あの熱線て怨念なんですか?」
「そうダヨ? キミ風にいうなら蠱毒だからネ」
そうか。あんまりデカくて怪獣扱いしてたけど、スブタ城は蠱毒なんだった。無数の魔獣から生み出された、ある意味呪物の頂点みたいなやつだ。
「八つの目それぞれに呪いがあるネ。ひとつがあの『怨念操作』ってワケ。自分の中の怨念を収束させて射出してるんダネェ」
「げ……ほかに七つもあるんですか……」
「いまも別のが発動中ダヨ。さしずめ『再生』カナ」
「はぁ!? 『再生』!?」
ところどころ身体が欠けてるのは再生途中だったからなのか。らーちゃんと師匠がどのレベルまで吹き飛ばしたのかはわからないけど、こいつってそもそも倒せるのか?
そんな会話も束の間。じゃみーさんがついに黒蛇と肉薄した。間髪入れずスブタ城の一部が後方に大きく吹き飛び、くの字に折れ曲がる。必殺のじゃみーパンチが炸裂したのだ。
でもスブタ城は折れ曲がっただけだ。地面にクレーターを穿つほどの膂力を持ってしても、粉砕するには至らない。どんな耐久力してるんだあの蛇。
「ふむ。妙だな」
じゃみーさんは感触を確かめるみたいに手を何度か握り込む。
「『念動』ダネェ。呪力を利用した物体干渉力で全身を守っているようダヨ」
難攻不落なんじゃないかこれ。ゆらりと体制を立て直したスブタ城は怨念砲を放つのを止め、じゃみーさんをじっと見据えた。明らかに警戒しているのが見て取れる。
周囲からザワッと音がした。なんの音だ? と思った瞬間、スブタ城の周りの地面が弾けた。
弾けたように見えたのは木や岩だ。それらは大小無数の砲弾となって、じゃみーさんへ一斉に飛来する。
「念動」を使った広範囲攻撃だ。
さらに、スブタ城の頭部から、イソギンチャクみたいに何本もの赤い触手が飛び出した。「怨念操作」を熱線から触手状に切り替えたのか。
「じゃみーさん!!」
ボクが叫ぶ。いくらなんでも数が多すぎる。しかも全方位からの攻撃だ。
圧倒的な物量が、押しつぶすようにじゃみーさんを飲み込んだ。




