002 いえ、たぶん地球外です
この世界は「言語理解」のスキルがあらゆる言語を統合していた。転移者同士、例え世界が異なろうとも普通に会話がすることができる。なにせ転移者は機械生命体、天使、獣人などなどとにかく多種多様だった。そして推測するに、招待状の差出人は『その世界にあって普通じゃないヒト』を集めている。目的はやはり不明である。
【36日目(午後) 記録者:凪見ユノ 天気:晴れだったはず】
妖精ねえ。
まじまじと観察する。
妖精という生き物……? に性別があるのかはわからないが、見た目は少女。一言でいうなら。ピンク。桃色。髪から服から羽根からピンクを基調に揃っている。てか、こいつ浮いてるだろ。羽ばたいてないし。羽は飾りか?
「妖精って妖怪と大差ないよなぁ」
デシに同意を求める。デシは苦虫を口に詰め込んだような顔を向けてきた。「同意を求めるな」とでも言いたげだが、気のせいだろう。
「ヨウカイってなに? 魔物っていわれてる? ねえ?」
おや、妖精さんはお怒りのご様子だ。妖怪という言葉が魔物っぽい感じで伝わったのか。なんとかしろと視線を送ると、デシはため息ひとつ。
「妖精さんはここで何をしていたんですか?」
話を逸らす。ややこしいことは誤魔化すに限る。師匠の教えを忠実に守るのは良い弟子の条件だ。妖精さんはまだ文句がありそうな仏頂面だったが、妖怪についてはスルーを決めたようだ。
「花を探してたのよ。蜜があるやつ。食事よ食事」
なるほど、花の蜜を吸うのか。
「虫か」
「妖精だっていってるでしょうが! 私はナナリア。ナナリアの花の妖精よ!」
おっと、妖精さんがさらにお怒りになられたぞ。羽パタパタさせている。感情連動するパーツなのかそれ。ナナリア、ね。
「ナナリアってわかるか、デシ」
植物知識のレベル上げてたし、わかるだろきっと。
「いえ、たぶん地球外です」
うむ。それだと宇宙ぽいぞ、デシ。そこは異世界っていってやれ。妖精さんが私の鼻先まで飛んできて、怒鳴る。
「ナナリアは世界にひとつの貴重な花なの! 私、妖精の国の姫なの! 敬いなさい!」
妖精さんはお姫様にクラスチェンジを申請! だが断る。却下だ。
「やだよ。面倒くさい。だいたい異世界の王族なんて肩書き、そこらへんの食べられる草以下の価値だぞ」
「師匠、それはあまりにど正論すぎです」
あ、姫様なんかプルプルしとる。泣かせるつもりはないんだが……お、こらえた。
「あなたも名乗りなさいよ。無礼よ!」
「ユノだ。で、こいつはデシだ」
ちゃんと答える。簡潔にして完結。しばし沈黙。風が気持ちいい。少し甘い匂いがするのは姫様か? これがナナリアの花の匂いなんだろうか。あ、鳥が飛んでる。
「えっと、終わり?」
困った顔をされても、こっちが困る。名乗れと言われて名乗っただろうに。デシが再びため息をついた。ため息で幸運のステータスがマイナスにならないか師匠はたまに心配だ。
「ここの近くで喫茶店を開こうと思ってるんですよ。いまは色々準備してます」
お、自己紹介と見せかけて宣伝か。悪くない。いや、待てよ。閃いたぞ。
「なあ、お前ウチで働かないか? 絶賛店員募集中でな」
正確には私の代わりに働いてくれるヤツ募集中だ。働かずに済むなら妖精の手も借りたいところだ。
「ちょ、師匠。このヒト、一応お姫様ですよ」
「よし。『妖精姫が接客中』とかノボリ出そう。そういうの好きな客がきそうだろ」
「あやしい店になりますよ……」
細かいやつめ。そもそもこんな島の喫茶店があやしくないわけがないだろう。おや、姫様が何か言いたげだ。
「ねえ、喫茶店て、なに?」
この姫、本気の顔である。大真面目である。
「デシよ。ダメだこいつ。高貴すぎるか原始的すぎるぞ」
耳打ちする。これは論外だろう。
「雇うっていったの師匠でしょうが。それに喫茶店がない世界だったのかもですよ。そうですね。喫茶店は、ええと、お茶が飲めるお店でしょうか」
「お茶! 飲めるの!?」
姫様の顔が輝いた。いや、咲いた? 予想外に食いついてきたな! びっくりした。喫茶店はご存じなくともお茶はご存じか。
「好きなんですか? お茶」
「大好きよ! 仕事のおともにお茶がないと、王族なんてやってられないわよ!」
仕事と申したかこの姫は。いやいや王族の仕事なんてお遊びみたいなもんだろう。
「ナナリアさん、お姫様なのにお仕事してたんですか?」
「してたわよ。女王候補だったしね。国庫の管理とか経済政策考えたりとか。国の経営って結構大変なのよ。王族ヒマなしってね」
なん、だと。
「なあデシ。こいつ雇おう。今すぐ。とりあえず副店長とかやらせよう。今すぐ。なんなら私の代わりに店長やらせてもいいと、私は思う」
「雇いましょう師匠。師匠の一〇〇倍くらい頼りになりそうですよ、このお姫様」
素晴らしき師弟の合意。よし、あとで覚えとけお前。そんなことより今はこの逸材を逃す手はない。あとで覚えとけ。
「お茶飲めるなら考えてあげてもいいわよ。詳しく話を聞かせなさい」
三食寝床とティータイムつきで姫様は副店長にクラスチェンジした。どうも妖精の国ではお茶は超のつく高級品だったらしい。ちょろいな。王族。