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018 なんでそんなマイナーな怪異が破壊神なんだよ!

【87日目 夜 記録者:凪見ユノ 明日は晴れ】


「くっくっく……敵情視察に来てみればよもやお前と出会うとはな」


 らしきことを、カレーうどんがくぐもった声で言ったんだろうな。実際は泥まみれの髪に覆われた声が床に向けられている状態。カレーうどんがぴくぴくしながらぼえぼえ音を発しているようにしか見えない。

 近くなら何言ってるかわかるかもと、近寄って観察してみることにする。やはり見たままだと赤いコートにぶちまけられたカレーうどんか。まだなんか言ってるみたいだが、さっぱりわからん。怪異慣れしてる私からみても、実に怪異だ。

 マドカはそんな姉を見下ろして、一言。


「味噌煮込みうどんを姉にもった覚えはないわ」


 ああ、味噌煮込みうどんのほうだったか。


「誰が味噌煮込みうどんじゃああ!!」


 がばぁっと両腕だけで跳ね起き、味噌煮込みうどんを顔に貼り付けた怪異がーーいや、細いな。


「これカレーそうめんだろ」


「たしかにこれはカレーそうめん」


「食べ物から離れんか! 無礼者がぁ!!」


 きっと頭からカレー鍋にダイブして、出てきたらこんな感じだろう。見た目もさることながら、なかなかドスのきいたしゃがれ声だ。わめくたびカレーそうめんがびちゃびちゃ動く。


「なあ、マドカ。このカレー姉様、汚いんでとりあえず『浄化』しても大丈夫か?」


 念のため聞いておく、開店当初は店の床に「浄化」を付与してあったんだが、幽体の転移者が入るなり消滅しそうになって、やむ無く解除したことがある。どうも汚れだけじゃなくて、霊的な穢れも浄化対象らしい。こいつら幽霊寄りだし。


「ユノちゃんの『浄化』は、わたし達には多分命の危険がある。つまり問題ない。カレーそうめん、やってよし」


 怪異カレーそうめんよ。いい妹を持ったな。


「よし」


「よし、じゃないですよ。やっちゃダメでしょ、しょうがないなあ……」


 私が手を出すよりも早く、割り込んできたデシがゴソゴソとズボンから何かを取り出し、カレーうどんの頭に手をかざした。


「はい、『購入』」


「ぶぼっ!? ごぼぉっ!?」


 バケツ一杯分くらいの水が都合三回、カレーそうめんにぶっかけられた。泥が洗い流され、見事な金髪が姿を現す。だいぶ派手にむせていたが命の危険はないだろう。


「初対面の女の頭に問答無用で水をぶっかけるとは、クズ野郎の素質が見えてきたな。デシ」


「イッチー、大丈夫。わたしはクズ野郎も嫌いじゃない」


 ロリババア様は無表情なせいで、フォローのつもりなのかアピールしているのか、いまいちよくわからない。デシのほうはそんなやりとりにも慣れているのか、ため息をひとつ、追加オーダーしただけだった。


「二人してクズクズ言わないでくださいよ。チカさんー。お願いできますかー?」


「はいはい、なのだわー」


 足の下から声がする。当店の床はいつの間にか喋るようになっていたらしい。


 ぼたぼた水の垂れていた髪とコートついでに床が一瞬で乾く。「水操作」という名の「速乾」だなこのスキル。


「チカのやつ、フロアでもスキル使えるのか」


 フロアからここまではっきり会話できるのにも驚きだが、スキルなんかはてっきり体内限定かと思っていた。


「最近、「水操作」の乾かすやつだけは使えるようになったみたいですよ。よく使うんでレベル上がったんじゃないですかね。レベル表示とかないんで、よくわかんないですけど。あ、チカさんどうもですー」


「なのだわー」


 いろいろスキルを上げていけば、いつかチカだけで店が回せる日がくるんではないだろうか。あとで研究してみよう。


「お姉さんってことは吸血鬼ですよね。これ、下半身て再生するんですか? どこかに置いてきたとか?」


 デシがしゃがみ込み、尋ねる。姉さまはくわっと目を見開き身を乗り出した。


「童よ! われをドカのようなマと一緒にするでない。われは偉大なるメであるのだぞ!」


 マ行しか伝わってこないわ。


「あの、全然わかんないんですけど、つまり下半身は生えてこないってことですか?」


 デシは座ったままマドカを向いた。マドカは首を横に振る。


「アリ姉さんは『メ』。偉大なる女神テケテケ様の系譜」


 テケテケ……様? ああ、テケテケか! ようやく頭の片隅に引っかかっていた怪異の名前を思い出した。吸血鬼と比べるとだいぶマイナーだぞ。

 デシがすり足で近寄ってきて、ボソボソと話しかけてくる。


「テケテケって、下半身探し回ってる怪異でしたよね」


「地球のテケテケはそうだが、マドカのところは違うんだろ。女神とかいってたし。あれだ。他人の空似だ」


 マドカは『地球感覚に翻訳すると、スライムっぽい核を守るために、魔力で人体を構成している種族』だと言っていた。遺伝があるのかは知らんが、表に出る性質みたいなものは、個体ごとに異なるということなんだろう。


「つまり、マが吸血鬼で、名前がドカ。『吸血鬼のドカ』で『マ・ドカ』ってことか」


「いえーす」


 無い胸を張っても、無いものは無いのだぞ、ロリババア様。


「そうだったんですか!?」


 デシよ。お前は驚いたらダメな気がするぞ。夜は基本お前の担当だろう。持て、興味。アピールされた黒いドレスのまな板を下からチラ見してる場合ではないぞ。貧乳派か貴様。


「で、そこの元カレー姉様は、メがカレーそうめんで、名前がアリ。『カレーそうめんのアリ』で『メ・アリ』とーー」


「テケテケ様だと言っておろうが!! 不敬罪で下半身もぎ取るぞ!」


 そこはやはり下半身狙いなのか。しかし、だ。上半身だけだと絶世の美女だなこいつ。マドカと対照的な金髪碧眼。きらめく金髪は上半身よりも長い。先入観のせいだろうが、日本人離れしたテケテケに違和感しかない。


「まあ、落ち着け。店長の凪見ユノだ。こいつはデシイチゴウ。弟子だ。で、あっちはコーヒーマスター、じゃみー……と、ロリババア様のマドカだ」


「ロリババアです」


 なんとなく、期待を込めた眼差しが向けられて気がして紹介したんだが、相手は身内だぞ。いいのかロリババア様。誇らしげに無い胸を張るような役職ではないと思うぞ。


「先に名乗るとは、礼儀はわきまえているようだな。私はメ・アリ。四魔大公の娘だ。そこのドカの姉でもある」


 こっちもこっちで偉そうに言うのはいいが、形状的に這いつくばっているようにしか見えん。この空気を絶妙に読まない感じ、なんとなく姉妹を感じるぞ。

 で、大公か。多分爵位のことだろう。転移前に悪魔の軍団とやり合っていたとき、やたら似たようなのを名乗ってたような記憶はある。ただ数が多すぎて正直覚えてない。


「なあ、じゃみー。大公ってどれくらい偉いんだ?」


 こういうのは詳しそうな世界出身に聞くのが一番だろう。カウンターでマイペースにコーヒーの研究をしていたシロクマ帝国騎士団長は、期待通りに即答してくれた。


「国にもよるが概ね王族だ。じゃみーは伯爵だが、それよりもだいぶ上だな」


 王族追加されたかー。ロリババア様も王族だったかー。いい加減、「王族喫茶よしの」とかに改名するか。なんかノーブルな感じになるな。


「で、その王族様が敵情視察にきたと?」


「そう! 聞いて驚け! 我々は近々この島で時代の先駆けとして出前専門の店を開くこととしたのだ!」


 なぜにこの王族様はデリバリーしようと思ったんだろうか。


「我々って、他にもいるんですか?」


「くっくっくっ、やはり気がついておらんようだな。すでにこの店にいるではないか!」


 ゾクリと背中に怖気が走った。じゃみーも反応している。マドカも無表情なままだが、雰囲気は明らかに変わっていた。デシだけは呑気に後ろを振り返り、それから首を捻った。


「あれ? さっきまで別のお客さんいましたよね?」


 そう、奥のテーブルに一人、人間の客がいたはずなのだ。存在感の薄い、印象すら残っていない客が。その人間らしき客は、この場にいる誰にも気取られることなく、いつからか、メアリのすぐ後ろに立っていた。私にも、じゃみーにも認識されることなくそんな真似が可能なのか。

 白い女だ。人間の見た目なら三十代か。銀ではない、純白の長髪。マドカとよく似たデザインの白いドレス。切れ長の瞳と首から下げた鏡は、深い紫。

 存在感が薄い? 冗談じゃない。こんな目立つ女を認識していなかったと。平和ボケしてたとしても、あり得ない。何かのスキルか?

 白い女は無造作にメアリの首を後ろから鷲づかみ、持ち上げた。


「バラしたら意味ないじゃない。本当にアリちゃんはおバカさんねえ」


 軽々とメアリが吊し上げられる。


「あ、いただ、痛いです! 姉様!!」


 メアリが暴れて抗議するが、掴んだ手はびくともしない。


「ごきげんよう皆さん。今日のところはもうお暇させていただきますわ。また近い内に。ドカちゃんもまたね」


 透明な声とはこういう声を言うのか。ウインクと声の余韻を残し、空気に溶け込むように白い女とメアリの姿は薄くなり、消えた。

 完全に気配がなくなり、私は短く息を吐いた。


「なあ、マドカ。あのバケモノじみたのは、なんだ?」


 まだ体に緊張が残っている。向こうもこの場でやり合う気はなかっただろう。明らかに戦力差はこちらに傾いていた。単に威圧してきただけという感じか。


「あれはルク姉。こっちに来てるとは思わなかった。『ミ』のルク姉。ミは破壊神ムラサキカガミ様の眷属でーー」


「なんでそんなマイナーな怪異が破壊神なんだよ!」


 マドカの言葉が終わる前に私は思わずつっこんでいた。


「わたしにいわれても困る」


 ロリババア様はなぜか自慢げに胸を張った。

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