016 なあ、ダンジョンってどうやって子ども作るんだ?
【87日目 夜 記録者:凪見ユノ 風呂】
「ぐああぁぁ……!」
「らららー!」
風呂は最っ高っだな!
まるまるコロコロならーちゃんを膝に乗せ、当店自慢、大浴場の湯船に浸かる。自慢はするが一般開放してない。ウチは喫茶店であって湯屋ではないのだ。
雨の夜で冷えた身体に熱めのお湯が沁みていく。身体ごと魂まで水底に沈んでいける気分。濡れないようにはしていたが、寒いには寒いし、なんだかんだ汗もかいた。
今日は薄曇りでいい感じの天気だと思っていたら、突然の大雨になった。風があれば完全に嵐だったなあれは。
天気くらい占ってもよかったか。ふとそんな考えがよぎるが、特段自責の念とかはない。後悔なんてのは反省と対になるべきものだから、反省しないなら後悔もしなくてよい。それでも後悔したいなら、そんなのはただの懺悔。なにかに許されたいだけのことだ。持論だけどな。
それに「陰陽術」スキルで天気を占っても、精度は当たるも八卦。ハズレたときのやり場のない怒りの矛先はもれなく弟子に向くわけで、風呂から出たらアイツには占わなかったことを感謝させることにしよう。
ともあれ、今朝焼き上がった最新型の踊る埴輪「新型杉田」の試運転は上々だったし、らーちゃんもこの通りご機嫌さんだ。悪くない。控えめに言って極上というやつだ。
「窯といい風呂といい、チカはホントいい仕事するな。嫁に欲しくなるな」
アホっぽい本音が口からでる。いいね働き者の嫁。欲しいね。仕事のできるイケメンの旦那と働き者の嫁なら、私は断然嫁派だ。
「店長の世界は女の子同士でも結婚できるのだわ?」
どこからともなく聞こえてきたのは、当の嫁候補、岩ダンジョン娘の声だ。チカは部屋でも廊下でも話しかければ聞こえているし、見えてもいるらしい。人間は精神の在処を脳かそれ以外かと議論してきたが、岩ダンジョン娘の場合そこら辺はどうなんだろうか。
「あー、できないことはないんじゃないか。法的には知らん。国家半壊してたし」
制度としての結婚は個人的には興味もないしどうでもいい。結婚なんて「一緒にいることの約束」くらいがちょうどいい。性別も年齢も関係ないし、破棄だってできる。これも持論だが……って、
「なあ、ダンジョン族って結婚するのか?」
「当たり前なのだわ! お嫁さんはどんな女の子だって一度は夢見るのだわ! でも女の子同士で結婚した話は聞かないのだわ?」
雌雄があれば番うのは本能だしな。同性同士じゃ繁殖にならんし。ん?
「……なあ、ダンジョンってどうやって子ども作るんだ?」
こいつら、生殖行為が可能なのか……? いまさらだが、そもそもどこで雌雄判別してるんだ。精神の在処よりも俄然そっちが気になってきたぞ。
「い、いいいきなり、な、なにを聞くのだわ!?」
生殖行為あるのか。できるのか。どうやるんだマジで。
ついでに羞恥心の基準もわからん。普段から、全身どころか体内の隅々まであけっぴろげにしているだろうが。
ただまあ。
「興味はあるが……いまはどーでもいいわ」
風呂の気持ちよさに比べたら、ちょっとした知的好奇心なんてどうでもいい。
するとなにやら膝の上でらーちゃんがもぞもぞし始めた。胸と腹のあたりがちょっとくすぐったい。
シロクマの毛並みは濡れるとツヤツヤだ。もふもふ感は無いが、これはこれで大変に可愛い。なんとなく頭を撫でる。滑らかな手触りは水そのものを撫でているよう。最上級のシルクサテンってこんなだろうか。触ったことないけど。
「らー!」
らーちゃんがパチャパチャと手を振り呼ぶと、洗い場に控えていたペットボトル大の踊る埴輪こと「らーちゃん専用スギタ」がふよふよとやってきてボチャンと湯船に浸かった。
「すぎたー」
「うむ。スギタだな」
自分の身長ほどあるスギタを大事そうに抱えて、らーちゃんはご機嫌な声を出す。このシロクマ帝国の皇子様はこの埴輪が大層お気に入りだった。
気に入ってもらえて作者としても嬉しい限りだが、スギタはらーちゃんの付与魔法がてんこ盛りで、私が使う杉田とはすでに別次元の何かになっているようだ。なんで手を振っただけで飛んでくるんだろうな、スギタ。半自律型なのか? そろそろ喋り出したりするんではなかろうか。
「あの、『どーん!』だけはナシなのだわ。ダメぜったい、なのだわ!」
チカが力一杯釘を刺す。こっちはこっちで、らーちゃんに「どーん!」されて、スギタがっつり壁にめり込んだのがトラウマになっているらしい。スギタが浮いたとき、震度一くらいは揺れたし。克服にはしばらく時間がかかりそうだ。すっとぼけているようで存外繊細な嫁なのかもしれない。
「おっけーらー!」
答えつつ、らーちゃんはスギタを船にして湯船を巡行。空適性だけじゃなくて、水上適性もあるのかスギタ。そんな光景を眺め、ゆったりと風呂を楽しんだ。
いつまででも浸かっていられそうだったが、湯当たりで台無しにしたくはない。軽い眠気が鼻先をかすめたあたりで入浴を終えた。
スギタに乗ったらーちゃんと脱衣所に出ると、ちょうど入り口が開いた。
「おや」
珍しい姿に思わず声が出た。
「ユノちゃん、いたの」
そう私を呼んだのは銀髪赤眼の女。見た目は弟子一緒か少し上くらい。子どもと大人の境だが、一見しただけで伝わってくる落ち着いた雰囲気は、幼さを残す容姿と妙にミスマッチだ。
当店の夜シフト担当。マドカ。正式な呼び方だとマ・ドカだったか。吸血鬼だそうだ。
店を開けた直後から働いている古参店員なのだが、私とは生活時間が合わないせいで数える程しか話した記憶がない。ちなみに九十歳らしい。ロリババア様である。私を「ちゃん付け」で呼ぶ稀有な店員だ。
「なんかえらいずぶ濡れだな」
マドカは頭から足先まで水が滴っている。バケツで水を被ってもなかなかここまではなるまい。風呂から出た私たちの方が乾いているくらいだ。
「外、出てたから」
端的、簡潔な返答。マドカを一言で表現するなら、淡白。明るいとか暗いとかではなく、淡白。あっさり。起伏が少ない。あわせて胸もあっさりだ。
濡れ鼠の全身は黒い喪服っぽいドレスが貼りついて、ボディラインくっきりだが、わかりやすく胸は薄い。だがそれがいい、というくらいには均整が取れている。
「チカリス。お願い」
「はいはいなのだわー」
チカの「水操作」で瞬く間にマドカの姿が乾く。乾く瞬間、銀髪と黒いドレスがふわりと空気をはらんで落ち着く。チカはついでとばかりに私とらーちゃん、ついでにスギタも乾かしてくれる。以心伝心。なんという嫁力。
「ありがと」
「どういたしましてなのだわー」
スラリとしすぎて濡れ女みたいだった姿が一転、深層の令嬢といった佇まいに変わる。
「どうせ濡れてるなら風呂入ったらよかったんじゃないか?」
ここまできて風呂に入らないというの勿体ないだろう。いいぞ風呂。しかし、私の提案に返されたのはよくわからないという顔だった。
「水浴びたのに、お湯も浴びるの?」
雨もシャワーも同ジャンルか。結構多いんだよな、風呂文化のない世界。この良さがわからんとは勿体無い。別に強制はしないけどな。私だって「ウチの世界は泥水すするのがクールなんすよね」とか言われても絶対に飲まんし。
「まどかー」
「らー様、おはー」
マドカが両手を上げると、らーちゃんは「らー!」と応えてハイタッチ。
「おー」
謎のテンションで私もなんとなく混ざる。淡白な割に、ノリは良いんだよな。
マドカの手は冷たく、湯上がりの手のひらに心地よい。吸血鬼といっても地球のそれとは違って、マドカは生まれた時からそういうヒトだそうだ。いま見えているマドカの身体は本体を守るための魔力構成体で、本体は半精神体らしい。半というのは触ることができるから。地球感覚に翻訳すると、スライムっぽい核を守るために、魔力で人体を構成している種族。
「そういや、地球の吸血鬼には流水がダメとかいろんな設定あったんだが、マドカは大丈夫なのか」
地球の吸血鬼は、日光を筆頭に十字架、ニンニク、銀、その他色々と後付けでめちゃくちゃな弱点が設定されている。ほとんど眉唾らしいけど、そこら辺の設定をまるっと全部搭載していた吸血鬼の知り合いが地球に一人いたんだよなあ。
「なにそれ。ザコすぎ?」
気持ちはわかるが、無感情な顔でディスってやるな。あれもダメ、これもダメが多すぎて、なんなら小石投げられたら死ぬんじゃないのかってくらいの気分にはなるが。
「半分おとぎ話だよ。気にすんな」
知り合いの吸血鬼は「人間の限界を越える魔術」の代償に自分の体に弱点設定しまくった結果、そうなった。ただの吸血鬼マニアのおっさんがやらかしただけの話なんだが、弱点つけた回数の限界突破をしていたから、自分の得意領域でだけはまさに「最強」だった。あいつ元気かな。
「気にすんなはいいけど、服、着たら?」
そういえば真っ裸だったな。
一緒にいたらーちゃんは、トレードマークの青いネクタイでビシッと決めている。最近一人でネクタイできるようになったのが嬉しいらしい。わざわざこっちまで見せに来てくれた。
「うむ、今日も決まってるな。らーちゃんは」
「らー!」
褒めると、皇子は自慢げにネクタイをぷるぷる振っていらっしゃる。大変かわいい。
「常人には見えない服なの?」
納得したみたいに手を叩くんじゃない。ないよ。誰が着るんだよそんなもん。
裸族認定されそうだったので、私はおとなしく服を着た。




