015 これはもう、当店が永久封鎖区域なのでは?
規格外という言葉が使われるとき、そこには必ず規格が存在している。規格と定義は近いようで遠い。定義が呪いであるならば、規格は願いだ。すべてが規格の中にあることを願い、尺度という絶対をふりかざし一切の妥協を許さない。そうありたいという願い。だがヒトは同時に規格外の存在を羨み、自分だけは規格外でありたいと願うのだ。
【87日目 夜 記録者:デシイチゴウ 雨】
ナッドムさんの指先にポッと光が灯り、そのまま横にスライドさせると映像が空中に現れた。師匠の「投影」に似てる。見たことのない魔法の使い方だけど、ナッドムさんの固有スキルなんだろうか。
「大きさはこんなもんでいいかな」
ナッドムさんは親指と人差し指を動かし、画面サイズを調整する。横長三〇インチくらい。ちょうどいい感じ。映し出されたのは……朽ちた遺跡かな?
「これは?」
「俺の記憶。本来エルフは寿命というか、年齢の概念がないもんでな。『記憶記録』の魔法が必須なんだよ。人間にならってだいたいの歳は数えるようにしてるが、正確なところはわからん」
いちいち覚えてられんからなとナッドムさんがぼやく。
「あの、寿命ないって不死なんですか?」
「ちげーよ。大人になってから老化が極端に緩やかになるんだよ。で、数百年姿がほとんど変わらん。人間でいうところの老衰で死んだエルフの話なんて聞いたことがねえ。事故やら病、ケガなんかで適当に死ぬんだよ。」
そうか。長すぎると自然死の確率が極端に低くなるのか……。一二〇歳もだいたいってことね。なんだかボクら人間からすると死生観が根本的に違う気がするなあ。
ナッドムさんは食べる方に移行したらしい。二口、三口と味わってくれているようだ。おとなしく映像をみよう。
記憶というだけあって、映像はナッドムさんの視界そのままだ。目線が違う世界は少し妙な感じがする。ボクよりちょっと低いくらいかな。
そこは石の回廊だった。元は洞窟か何かだったのだろうか。狭い通路に高い天井。左右の壁にはびっしりと壁画が描かれている。幾何学的かつ生物的。色褪せてところどころ剥がれ落ちたりもしているけど、ここに確かな知性が存在していたとわかる。ザ・古代遺跡って感じだ。
ただ壁画には何が書いてあるのかさっぱり不明。絵は「言語理解」の対象外っぽい。突き当たりには石の扉。こっちは文字が書かれている。見たことのない文字だけど、読める。
「永久封鎖区域」。
……あからさまに物騒なんですが。注意書きを通り越して警告文だなこれ。立ち入り禁止の表記とか雑魚に見えてくる気分。
お、ナッドムさんがなんか扉の合わせ目あたりを指でなぞり始めたぞ。指の跡が光の筋になって残る。すると。
ゴゴゴゴゴって、おい。
「開けちゃうんですね……」
警告文。無意味。残念。
「開けるだろ。遺跡探索に来たんだし」
警告文、むしろ逆効果だった。無念。
開けたくなる気持ちはわからなくもないけど、古代遺跡の永久封鎖区域の封印を躊躇いなく解除するのもどうなんですか。なんの遺跡かとか気になることはいろいろあるけど、ナッドムさんの食事の邪魔はやめておこう。
中は真っ暗……お、灯りがついたぞ。円形の巨大な部屋の壁を、螺旋を描きながら炎が天井まで届く。
「うげ……」
ボクは声に出していた。明るくなった部屋の真ん中には、デカい、本当にデカい蛇がとぐろを巻いていた。話の流れから、コレがスブタさんでまず間違いない。異世界の蠱毒、規模がおかしいでしょ。なに詰め込んだらこんなのできるの。
「城かよ」
記憶のナッドムさんが言う。そうですねー。これは城ですね。それくらいデカい。
命名、風雲スブタ城。しかもこいつ動くぞ。
シュルシュルという音は鳴き声なのか、身体が擦れる音なのか。黒光りする鱗がゆらめく炎を映してヌラヌラと全身を輝かせる。巨大な頭がゆっくりと鎌首をもたげる。頭部を囲むような八つの目は炎よりも赤い。巨体を覆う黒い陽炎は、邪気とか瘴気とかそんな感じのものっぽい。
この部屋の広さからすると、何百、いや何千か。魔獣たちの魂と尊厳を歪めて凝縮させた成れの果て。「血と死を喰らうもの」。間違いなく化け物だ。永久封鎖区域指定した古代人、賢い。ん? あれ……自分で造って自分で封印したのか? 古代人、馬鹿?
さて、相対するは現代人のエルフさんですが。
ナッドムさんはにげだした!
視界がぐるりと周り、ダッシュで通路に戻る。背後の気配も同時に動く。
スブタは動く城でした。しかも速い。
「逃げたね」
なぜに自慢げですか。迷いなく逃げるに至った判断の早さは自慢に値するかもしれませんが。ちゃんと封印されてたでしょ。警告無視して開けたの自分でしょ。ただ、
「まあ、逃げますよね」
同意はする。ボクも逃げる。間違いない。
「じゃみー的にはちょっと残念」
ちょっとしょんぼりしているし。騎士団長、強そうなの見るとわくわくしちゃうんですね……。
あ、行き止まりだ。
「ピンチじゃないですか」
「焦ったね。ちょっと死んだかなって思ったね」
わりと他人事ですね。過去の出来事だけどさ。お、ナッドムさん壁画の中に文字を見つけたぞ。
「『招待状』?」
記憶のナッドムさんが呟くと画面が暗転した。あ、なるほど。壁画ってのもありか。
映像が止まった。
「とまあ、こんな感じで転移してきたんだがな。ちょっと飛ばすか」
スッと指をスライドするナッドムさん。
早送り機能! エルフのヒトたち限定かなぁ。記憶の記録と再生ってすごく便利っぽいぞ。
「このあたりでいいか。ついさっきだけどな」
記憶、再開。山だ。山はあんまり行かないから知っているところかは不明。とりあえず島の風景なのはわかる。殺風景な岩肌が続く山道だった。空は黒い雲が切れ目なく続き、すぐに雨に変わった。雨宿りができそうな場所はない。
「結構降ってますねー」
山の天気は変わりやすいというけど、あっという間に土砂降り手前くらい。視界が煙る。
「まー、雨自体は魔法で濡れないようにはできるんだけどな」
サンドイッチを食べ終わったらしい。ナッドムさんが答えてくれた。そういえばナッドムさん、店に来た時から濡れてなかったな。便利な魔法多そうだ。
しばらく登ると先の方にうっすら洞窟っぽい穴が見えてきた。雨宿りできそうなくらいには大きい。穴の全景が見えてきたあたりで、奥の方にいくつかの明かりが灯った。先客がいるのかな。ちらつく色は、赤。
「嘘でしょ」
ボクは思ったまま声に出していた。灯りじゃない。あれは目だ。燃えるような赤い八つの目。
「一緒に転移してきたのか、あいつも文字が読めたのかはわからんがなー」
コーヒーを飲みながら呑気にいうことですかそれ。
スブタ城、再来。え、なに。いま島にあんなのいるの? この島ごと蠱毒しちゃいませんそれ。
あ、じゃみーさん、めっちゃ嬉しそう。
やる気満々ですか!? いやいや、ダメでしょ。スブタ城はダメでしょ。巨大イノシシとかと別次元ですよ。城ですよ。目の前の山の中、スブタ詰まってますよ!
「やれるか……?」
え、ナッドムさんもやれるの? コレ?
記憶の方のナッドムさん、覚悟を決めたっぽい。荷物を置いて戦闘態勢に切り替えた。狙うように指を構える。
スブタ城は動かない。ただ真っ赤な視線は間違いなくこちら向いている。気のせいではない。画面越しでもそれがわかるくらいの殺気。
距離はまだ相当あるけれど、あの巨体なら、いや魔法もあるならとっくに間合いの内側だろう。
ボクはチラリとナッドムさん本人を見る。ナッドムさんはここに五体満足でいるわけで、この窮地を乗り切ったということだ。勝ったのか? 勝てるのか?
刹那。視界が爆発した。映像は途切れた。
「はい?」
攻撃されたのとは違う気がした。山自体が爆発したような。え、なに。ちょっとよくわからないんですけど。
「だよなあ。俺もなにが起きたのかさっぱりよ。なんかいきなり爆発したんだわ。何かが降ってきたような気もしたんだが。気絶してたわ。起きたら山えぐれてるし」
隕石とか? そういや起きるときなんか揺れてたような気がしたっけ。運良く隕石が降ってきてスブタ城、落城ってこと? うーん。わからん。しかし、だ。
「よく無事ですね、ナッドムさん」
目の前で山が吹き飛ぶような爆発とか、ボクなら生死判定発生な案件ですよ。判定失敗したらデッドですよ、デッド。判定すらでずデッドかもしれませんよ。ちょっと自信ありますよ。
「護身用に魔術防壁を常時展開してるしな」
「へえぇ……そうなんですねー……」
ナッドムさんどっちかというと、ボク寄りかなぁって思ってたけど、規格外側でした。当たり前みたいに言ってますけど、「魔術防壁常時発動」ってこの島だと常識なんですか。拳は繰り出せば敵は倒れるとか、衛星軌道からの砲撃魔法とか、ホント、転移者は規格外ばっかりだよ。
そんな話をしていると、けたたましく店の扉が開いた。突然の音だったのにビクッとなったのはボクだけだった。なんでみんな普通にしてるかな。
「やー! 降られた、降られた!」
入ってきたのはくたびれたワイシャツに黒のタイトスカートの女。寝癖なのか、ところどころ跳ねた黒髪は、降られたという割に一切濡れていない。水も滴るいい女、と本人は言うだろう、きっと。喫茶店よしの店長にして規格外筆頭、凪見ユノ。師匠だ。
「らー!」
師匠が背負った布袋からひょっこり顔をだしたのは、シロクマ帝国第八皇子ことらーちゃん。青いネクタイが似合う小さなシロクマで、伝説級の極大魔法を使えるこちらも規格外さん。……まてよ。剛拳不敗のじゃみーさん、植物無双できるナナリアさんも規格外だから、一般人レベルなのってボクとチカさんくらいなのか、もしかして。
うん。考えないことにしよう。
「二人して出かけてたんですか?」
らーちゃんは飛行ユニットことハニワのスギタさんをゲットしてから、師匠と出かけることが増えた。ついでに師匠の方もいつの間にか、片足ずつハニワに乗せてホバー移動する技術を習得していた。機動性が上がったようなことを言ってるけど、師匠の場合、自分で動いた方が間違いなく速いのをボクは知っている。ただの横着と趣味だ。
「まあな。ちょっと山の方までーーおや、キミはさっきのエルフくんか」
ホバー移動してきた師匠が声をかけたのは意外な相手だった。
「アンタも来たのか。いい店だなここは」
ナッドムさんは座ったまま師匠と挨拶を交わす。ということは。
「ナッドムさんにウチを紹介したのって師匠なんですか」
変な女。納得。ナッドムさんセンスありますね。
「ん? ああ。そうだぞ。らーちゃんと新型杉田の試運転をしてたら、うっかり山をぶっ飛ばしてしまってな。現場に行ったらこのエルフくんが寝てたんだよ。雨の中で寝てたら風邪ひくかと思ってとりあえずウチを紹介しといた」
うん。ちょっと待て。いまなんと? 山を、なんだって?
「どーん! やったらー!」
らーちゃんは上機嫌に両手をパタパタさせている。
そっかー、やっちゃいましたかー。
スブタ城よりもウチのスギタさんの方が強かったようです。なんだよ新型って。いつできたんですかそれ。何したらうっかり山ごとスブタさん吹き飛ばせるんです? 異世界古代文明の生み出した恐怖の怪物ですよスブタさん。そのスギタさんは店に置いといて大丈夫なやつなんですか。これはもう、当店が永久封鎖区域なのでは?
言葉を失うとはこういう時に使うんですね。どうしたらいいんですか、じゃみーさん。
助けを求めてじゃみーさんに視線を送ると、じゃみーさんは淡々とコーヒーを淹れる用意をしていた。
今の会話スルーしちゃいます!?
「ユノ嬢はコーヒー、らー様ははちみつ湯。ナッドム殿もおかわりいかがか」
「ああ、いただこう。そうか。あの爆発アンタらだったのか。結構派手にやったなぁ」
ノークレームですかナッドムさん。確かにスブタ城の脅威から救われてますけども。それともエルフの死生観がおかしいだけ? ほんと規格外なヒトたちばっかりだーーって、ふと思ったんだけど、この島だともしかして、ボクの方が下方向に規格外なだけなんじゃ……。あー……。
和気藹々と話が始まるなか、ボクは「今日の想い」を心の中の小さな箱に詰め込んで、意識の彼方に放り投げた。
あとでチカさんとお茶しよ……。




