014 この島にきてから聞いた単語でぶっちぎり一位の凶悪さですよ
先入観という言葉は一見して良い言葉のようにも見えるが、使われる場面は往々にして悪い。曰く「持たない方が良いもの」の筆頭がこの先入観だ。しかし先入観の完全排除は不可能である。ヒトが知性により思考し、感情が生まれるかぎり、未知に接したときに考え想うことは、すべて先入観なのだ。全知全能でもない限り、ヒトは先入観を日々減らし続けることしかできない。
【87日目 夜でした 記録者:デシイチゴウ 雨です】
「いらっしゃいませー」
にこやかに告げるボク。笑顔は顔まで。首から下は今朝のボクへの抗議を再開だ。
はい、エルフのお客様、一名ご来店ですー。
背の丈はボクと同じくらい。マントかポンチョか、材質は不明だけど、いかにも旅人風という感じ。赤いバンダナでまとめた草色の髪、青い瞳。なにより特徴的なとがった耳の少年。整った容姿は中性的でそこはかとなく高貴だ。これでエルフじゃないと言われてもボクは「エルフさん」と心の中で呼ぶだろう。
さて問題はここからだ。会うのも見るのもはじめてだけど、エルフたしか菜食主義者って話だったよなあ。トマトもどきと芋だけで乗り切れるか。肉以外のメニューほぼ全滅だぞ。なんかもう、いっそお茶だけでお帰りいただけないものか。
空いている店内はどこに座ってもらっても良いので、ボクは案内もせずに静観する。エルフさんはカウンターに決めたらしい。ボクとじゃみーさんの間あたりの席に腰を下ろした。
「いらっしゃいませ」
とりあえず木のカップで水をだす。エルフさんはまじまじとカップを見てから、「ありがとう」とさっそく水に口をつけた。店に入るなり水が出されるのを不思議と感じるお客さんは多い。それでも「水くらいは出しとけ」というのが店長の方針。「何も注文しなくても会計できるだろ」っていうのが真意らしいけど。
エルフさんが壁掛けのメニューを眺め、注文が決まるまでのわずかな間、ボクはひとり緊張感に背筋を伸ばす。
「ええと、特製コーヒー。それからよしの肉サンド? ってのをひとつ」
はい、お野菜のオーダーいただき……ませんでしたね。なんですって?
「承知した」
じゃみーさんは特に違和感もなくコーヒーの用意を始めている。ボクも一拍遅れて準備に取り掛かる。「よしの肉サンド」は師匠考案、いわゆる「おまかせメニュー」だ。いちいち食材揃えるのが面倒臭いからとりあえず食べられるものを出しとけ、という師匠らしいメニューなんだけど、いまの瞬間だけは感謝したい気分になる。あ、でも念のため確認しておこう。
「失礼ですけど、エルフの方ですよね?」
マントを脱いだエルフさんは「そうだが」と答え、「珍しいか?」と続けた。見た目に反してぶっきらぼうというか、大人びているというか。
「ボクははじめてお会いしました。ウチの世界にエルフはいないんじゃないかなと」
「じゃみーの世界ではメジャーな種族だったな」
「俺はしゃべるクマがはじめてだよ。エルフいないとかどんだけ田舎なんだよ」
田舎とかそう言うのじゃないと思うんですが。そんな感じで少し世間話。エルフの人はナッドムさんというらしい。見た目は子供、頭脳は大人な一二〇歳。島にきて三日くらいだそうだ。
「エルフの方って、お肉も召し上がるんですね」
ボクが言うと、ナッドムさんだけじゃなくて、じゃみーさんも明らかに怪訝な顔をした。え、ボク変なこと聞いた?
「肉食べないって、なに食べるんだ? 耳が長いとウサギにでも見えるか?」
「うむ。エルフといえば狩猟民族で有名だぞ。デシ殿」
ん? んんん?
エルフといえば森に住んでいて、弓と魔法ってイメージ。森で弓。……狩人だな。なんで菜食主義って思ってたんだろう。
花の妖精姫やってるナナリアさんだって主食は蜜だけど肉も食べるもんな。ナナリアさんにも変な顔されたっけ。「マンイーターってお花もあるし」って言われて納得したけど、マンイーターと一緒でいいのか、姫様。
「そうですよね。変なこと聞きました。味付けのリクエストとかありますか?」
ややこしいことは誤魔化せという師匠の教えに従い、ボクは話を逸らす。ナッドムさんは特に嫌な顔もせず、「苦くなければいい。苦いのは嫌いだ」と返してくれた。
「わかりました」
とにかくいまは誤魔化せたことと、食材が足りたことを喜ぼう。さて、おまかせクッキングタイムだ。
そうだな。メインは鳥肉。あとはトマトもどきを焼いて挟もう。
味付けは……師匠が「購入」しまくった調味料からなんとなくチョイス。シロクマ帝国産の肉醤油と、地球産バターに決定。肉醤油は文字通り肉から作った醤油で、肉料理との相性が抜群に良い。ボクは見たことがないけれど、師匠曰く地球にも同じようなものはあるらしい。
トマトもどきを輪切りに、続いて鳥肉の塊から一人前を削ぐ。ナイフは転移前から使っている調理用のヤツ。でかい鳥肉は削いでも見た目はステーキだ。側面の皮を剥がして、表面に塩コショウを軽く振り馴染ませる。調理には師匠の最新作「万能調理陶板(深型)」を使用する。見た目はただの陶器の大皿だけど、霊力を通すだけで瞬時に高温になり、焼いてよし、煮てよしという万能調理器具だ。
師匠が登り窯を手に入れてから、便利な調理器具が増えました。ありがとうございます、チカさん。いい仕事です。
高温の陶板にバターを落とすと、油の弾ける小気味よい音とバター特有のコクのある匂いが立ち上る。トマトもどきは両面をサッと焼き、一度皿にあげる。次は鳥肉だ。肉の焼ける音はそれだけで食欲をそそる。追加で入れたバターが少し焦げてきたあたりで、肉の周りに肉醤油を垂らすと、なんともいえない香ばしい匂いが吹き上がった。「購入」したパンにサッとバターを塗り、焼き上がったトマト、肉を乗せて挟めば、本日の「よしのサンド」完成だ。
ナッドムさんは先に出された特製コーヒーを飲みながら、ボクの調理風景をただ眺めていた。
「手際はいいみたいだな」
皮肉なのかバカにしているのか、ただ口が悪いだけなのか。ここはお褒めの言葉と受け取っておこう。カウンター越しに皿を出す。
「ありがとうございます。一応『料理』持ってますんで」
もうね、ボクの存在価値にすらなりつつある「料理」ですよ。最近獲得できるスキル一覧に「地味」って増えてたんですよね……。どんなスキルだよそれ。
「『スキル』ってやつか。『料理』なんてのもあるんだな。魔法以外興味ないからスルーしてたぞ」
あ、魔法つかうんだエルフ。魔法は得意って知識はあってたぞ。よし。
「生活に便利なスキル、結構ありますよ。あ、こちら、熱いうちにどうぞ」
バター系の味付けは熱いうちが一番美味しい。ナッドムさんは一口かぶりつくと、みるみる目を丸くした。味を確かめるようにしてから飲み込み、断面を凝視する。
「うまい。クマの淹れたコーヒーに子どもの料理とか思ってたが、これはいいものだ。半信半疑だったが、当たりだったな」
半信半疑?
「どなたかのご紹介ですか?」
島で唯一の喫茶店。最近は口コミも増えてきた。誰だろう。覚えてる人なら良いんだけど。紹介してくれたヒトには次回一品サービスだ。
「ああ、さっき変な女に助けられてな。そいつが言ってたんだよ。この店はうまい飯が食えるから行ってみろって」
常連さんだろうか。この島の人は男女問わず大抵「変な人」ジャンルだからなあ。
「助けられたってなにかあったんですか?」
この島で普通の転移者がピンチになることは珍しい。ボクは巻き込まれ転移者だから、正規の招待客ではないんだぞ、と言い訳しておく。じゃみーさん、らーちゃん、いつも助けてくれてありがとうございます。
「そうだな。『血と死を喰らうもの』って聞いたことあるか?」
ないですね。
「なんですかその物騒を通り越して化け物じみた名前」
出会おうものなら、無条件に渡っちゃいけない川を全力の水面ダッシュで渡り切りそうなんですけど。この島にきてから聞いた単語でぶっちぎり一位の凶悪さですよ。
「化け物じみた、ね。そのまんま化け物なんだがな。『地下室に大量の魔獣を閉じ込めて一匹の凶悪な魔獣を作る』魔法ってのがあってな」
ナッドムさんが解説をはじめる。ナッドムさんの世界では、魔法が使える獣を総称して魔獣と言うらしんだけど… …って、食べながらする会話じゃないぞ。味が落ちるから、気分的に。
この話ってどう考えても「蠱毒」だよなあ。ヒトって世界が違っても考えること一緒なんだなあ。業が深いというか。そっち系専門家の師匠が聞いたらどんな顔をするやら。
「なるほど、それで『血と死を喰らうもの』というわけか」
じゃみーさん、ちょっと楽しそうな顔で言わないでください。ニヤリじゃないですよ。絶対戦ってみたいとか思ってるでしょ。
「どういうことですか?」
なるほどの意味がわからず聞いてみる。じゃみーさんは、ボクの問いの意図を即座に汲んでくれたらしい。
「ナッドム殿の説明された魔法の結果できあがる魔獣は、どんな魔獣であるかわからないということだな」
「あ、なるほど」
「蠱毒の蟲」も別になんの生き物か限定してないもんな。字面からムカデとか蜘蛛で想像してたけど、たしか原材料はネズミありベビありカエルありの無差別級呪術だった気がする。できあがりで名前決めるんだっけ? あとで師匠にきいてみよう。
「その、ブタさんがどうかしたんですか?」
名前が長いので、わかりやすく最初と最後の文字だけ残してみる。
「デシ殿、さすがに縮めすぎではないか?」
「じゃあブスタさんくらいにしときます?」
「長い名前はとりあえず略せ」という師匠の教えだ。なんか酢豚みたいな名前になったな。もうスブタさんでいいや。
「まあ、名前はなんでもいいんだが。そうだな。俺も飯食いたいから、『観る』か」
ナッドムさんはそういうと、自分の目の前に指をかざした。




