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001 喫茶店でもやるか

 ここはとある世界のとある孤島。

 自然豊かで風光明媚といえば聞こえはいいが、なんのことはない、ただの無人島である。否、現在は無人島というには語弊がある。この島には、島外からの来訪者が多数存在していた。


 彼女、凪見ユノもその一人だ。

 年の頃は三〇前後だろうか。腰まで届く長い黒髪、切長の瞳。長身で凹凸のはっきりとした曲線は煽情的だ。素材は間違いなく美女の素養を兼ね備えているのだが、艶のある長髪はところどころ跳ね、くたびれたワイシャツを着崩す姿は残念の一言に尽きる。

 見るものの多くはこう思うだろう。「ダメっぽい」と。 


 これは元いた世界で『世界を救った異能の少女』と言われた女、凪見ユノとその弟子が送る、異世界スローライフの話である。


 ユノがこの島に"呼ばれた"のは35日前のことだ。

 ユノに限らず、この島の住人はすべからくして何者かに"呼ばれて"いた。そう表現するのが最も近い。

 差出人不明の封書が届き、開けた次の瞬間にはこの島にいた。話としてはそれだけだ。目的も意図も一切不明。謎に満ちた無人島生活は実に静かな幕開けだった。


「師匠ー」


 島の一角に建てられたログハウスの中で、少年が呼ぶ。呼ばれているのはユノ。彼女は何も答えない。入り口入ってすぐの広間の奥で、リクライニングチェアに身をあずけ、ぼんやりと宙を眺めていた。

 入り口から入ってきた少年はユノのすぐ前までくると、当てつけのようにため息をついた。ユノを師匠と呼ぶ彼は、歳は十五前後だろう。短く刈った黒髪。誠実な雰囲気の少年だ。師匠と同じようにくたびれたワイシャツ姿なのだが、こちらは対照的に残念ではない。


「返事してくださいよ、師匠」


「デシイチゴウ。うるさい。考え事中」


 彼はデシやらイチゴウさんと呼ばれていた。彼自身それで定着しているのだろう。特に訂正を求めることもしない。


「そろそろ出かけないと、今日のノルマ終わらないですよ」


「まだ午前中だろ。何時だか知らんけど」


 この島における細かい時間概念は不明だった。ユノもデシも呼ばれる時に時計を持っていなかったので感覚でしかないのだが、デシのざっくりとした見たてでは「多分一日は地球時間の二十四時間ではない」。太陽らしきものはあるし、月らしきものもある。四方位は地球基準で定めることはできる。日時計は作れそうだが、「朝、昼、夜が体感でわかればいいだろ」というユノの言葉にデシも概ね賛同した。細かい時間は共有する相手がいてこそ価値がある概念だ。


「昨日の師匠は『明日の午後は森で食料探索と素材探索』って言ってましたよ。そろそろ移動しないと食料尽きますよ。ホラ、ちゃんとしましょうー」


「わかった、わかった。オカンか、お前は」


「弟子でしょうが」


 デシの言葉を気にも留めず、ユノはイスの上で一度大きく伸びをして立ち上がり、確かめるように首を一度回す。


「しゃあない。もうすぐオープン初日だし、少しは働くか」


 さて、ただの残念なアラサー女が、準備もなく無人島に放り出されて生きていけるわけがない。ユノは特別な力を持った人間だ。自らの霊力を媒介にさまざまな異能を行使する。元いた世界では単に能力者と呼ばれていた。

 そんな彼女に巻き込まれてこの島にやってきたのが彼、デシイチゴウだ。元の世界では文字通りユノの弟子として一緒に世界を旅をしていた。荒廃した世界を歩く道行(みちゆき)を「世界を救った後始末の旅」とユノは言っていた。デシに両親の記憶はない。最初の記憶はユノと旅をしている記憶だった。彼にとってのユノは、親であり姉であり、師だ。敬愛もしているのだが、いかんせんだらしない姿ばかり見ているせいか、尊敬に至らない。


【36日目(午後) 記録者:デシイチゴウ 天気:晴れ】


 森へ向かう道中、師匠が声をかけてきた。


「そういや、デシよ。昨日の晩、何かスキル取るとか言ってたよな。なんだっけ?」


 他人の話を基本聞いてない人だ。慣れたものなので特に嫌な気にもならない。


「『動物使役』ですよ。マスコットキャラ欲しいって言ったの師匠じゃないですか」


 この島ーー世界という方が正鵠を射ているだろうか、ここではスキルという概念が存在している。ボク達の世界でいうところの異能に近いけど、生物的というよりはずっと仕組み的な印象だ。個人の能力に合わせて様々な特殊能力を獲得できるという、世界のルールだった。スキルについて思考するだけで、「確認」「取得」「成長」ができる。

 転移してきた直後に、いきなり「おい、デシ。なんかスキルってあるぞ」とか言い出したときは「あ、ついに壊れちゃったか?」とか思ったけれど、そんなことはなくて安心した。


 ボクや師匠が元々備えていた異能は、この世界のルールで類似のスキルとして登録されて、新たに取得できるスキルは一覧から選べるみたいだった。「それだけでは無さそうだけどな」師匠は付け加えていた。

 ボクの初期スキルは「料理」「植物知識」「言語理解」「身体強化」。平凡だなぁと思う。元の世界でボクの使えた異能は霊力を利用した身体強化くらいのものだったから、正しく世界に認識されているらしい。思えば、これらは全部師匠に叩き込まれたんだよな。素直に感謝できないのは何故だろう。


「そうだな。可愛いマスコットがいればそれだけで客足が伸びるかもしれん」


 マスコットだの、客足だのとはなんのことか。

 それは島に来たばかり、初日の夜のこと。師匠が急に言い出したのだ。それはもう脈絡なく、言い出したのだ。


「喫茶店でもやるか」


 現状把握もままならない、生活基盤すらないなか、「やっぱり壊れちゃったか?」と思ったりもしたが、まったくもって悪いことに正気だった。

 以降、喫茶店を開店すべく行動をはじめ36日目。店舗となるログハウスと内装を大まかに完成させるに至っている。ありえない速度もスキルの恩恵だ。過酷すぎてあまり思い出したくない労働の日々。記憶を封印するスキルとかないものか。いつか取得したら忘れることにしよう。


 草原地帯の先に森が見えてきた。

 この島の広さは正直不明。10キロ四方よりは大きいんじゃないかくらい。島のどの辺りかもまだ不明。ただ、草原地帯と森林地帯、その奥に山岳地帯と大まかにエリア分けされているみたいだった。ちなみに島の外は果てしなく水平線。周囲に島影ひとつ見えなかった。絶海の孤島ってあるんだなあと思った。


「そろそろ森ですけどどうします?」


 太陽の位置は真上に近い。そろそろ午後だ。気温は20℃くらいかな。過ごしやすい。まだちょっと距離はあるけれど、森の濃い緑が視界の先に広がる。


「止まれ、デシ」


「ぐげ!」


 師匠が急に足を止めてボクの首根っこを掴んだ。がっつり締まってカエルみたいな声がでた。


「なんですかいきなり!」


「"誰か"いるな」


 ボクの抗議は無視。師匠の「気配察知」のスキルが反応したらしい。しかも誰かということは、島の原生生物ではなく「転移者」だ。ただ、周囲を警戒するも人影は見えない。草原地帯は見晴らしもいい。隠れられそうな場所はおよそないのだが、まさか姿を隠すスキルでも使われているのだろうか。


「そこのちっこいの! 話す気はあるか?」


 師匠がどこともなく呼びかけた。ちっこいの?


「無礼なやつね!」


 小さい声で返事があった。直後、声の主を認識した。身の丈は30センチくらいか。蝶のような羽をもった小さな姿だった。


「小人?」

「妖精よ!」


 自称妖精さんはぷりぷりと怒った。

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