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 我がオスニエル領には美しい景勝地が広がっている。かつて火山の噴火により川が塞き止められることによってできた多数の湖沼はその地質により美しいエメラルドやコバルトブルーの色に輝いている。


 初夏、雪解けの水が湿地に流れ込む。ミズバショウの群生地にかわいらしい白い花が咲く様は爽やかですがすがしい。

 勿忘草の群落は青紫の花が咲くころ、甘い香りに包まれる。


 春から夏、秋へと色とりどりの花が次々と咲いて湿地や山を飾り人々の目を楽しませてくれる。



 何が言いたいかというと。沼とは美しいものであり、巷にはびこるような汚いとか危ないとかいうイメージは間違っているのだ。

 世間でそのような間違った沼のイメージがあるのは、かつて王都の近くにそのような危険な毒沼や、家畜がはまって抜け出せなくなった底なし沼が存在したらしい。

 すでにそんな危険な沼は埋められて存在しないので、ただの噂でしかない。

 だから、揶揄するように『沼の貴公子』などと言われても、不名誉になど思いたくないのだ。



「私は、そんな沼に対する悪印象をどうにか変えたいのだ!」

「はあ……」

 新聞部の応接セットに腰かけて、新聞部員相手に私フィル・オスニエルは熱弁を振るっていた。

 学園には新聞部があり、掲示板に毎月彼らの手による新聞が張り出される。他にも、何か特筆すべきことがあれば号外が発行される。新聞の記事には一般生徒による投書コーナーや悩み相談コーナーなどがある。

 そこに投書を投稿したつもりが悩み相談では? と疑問を持たれて、面談することになった。そこで改めて、自分の持つ主張を語らせてもらったのだ。



「オスニエル様は領地のイメージアップを図りたいと」

「とういうか、沼と聞いて何故汚いと思う⁉ 毒沼のせいで危険と思うのはしょうがないが、うっかりはまれば汚れるのは当たり前だろう! そんなもんはどこの湖沼にはまっても一緒だ!」

「ええ、はい……」

 熱弁すればするほど相手が引いていく。これがいつもの展開である。


「具体的にはどうすればイメージアップすると思います?」

「そうだな。誰も実態を知らずにいるから、イメージの刷新がされないわけだ。だから、領地の実態をどうにか知らせたい」

 せっかくの景勝地なのに、観光客も少ないのだ。実にもったいない。

「つまり。領地に人を招いて、実態をお伝えすればいいと……」

 応対してくれる、新聞部女子はふむと考える。


 俯きがちに考え込んでいた彼女が顔を上げるとき、彼女の眼鏡がきらりと輝いた。

「じゃあ、取材に行きましょう! 素敵な観光地があるんですよね!」

 彼女は眼鏡の奥の瞳をキラキラさせて言った。




「きゃーーー! すっごいきれーーーー!」

 折しも初夏である。水面は光輝き、花は咲き乱れ、新緑は瑞々しい。澄んだ空気に、心が洗われる。

 私の帰省についてきた新聞部女子セアラ・ロードリックは美しい景色にわかりやすくはしゃいでいる。

「……なるほど。絵になる風景だ」

 彼女の推薦でついてきた男は画家志望の美術部員ロニー・クインシー。

 おしゃべりでずっと騒がしいセアラ・ロードリックに対し、ロニー・クインシーは寡黙でいることを忘れそうになる。

「こーんなにきれいなのに、全然知られてないんですねー。不思議ー」

 それは私も常々思っていた。

「過去に何かあったのかもね」

 ロニーが静かに呟く。


 この日は移動に時間を要したので、屋敷でゆっくりとしてもらった。

 そして、翌日。

 散策路を二人に案内する。幾らも歩かない内に、ロニーが動かなくなった。

「見どころを一通り案内したいんだが」

「僕のことは気にしなくていい。適当に散策して、絵を描かせてもらう」

 腰を落ち着けて、スケッチを始めてしまった。

 我々はロニーを置いて、二人と護衛と兼任の案内人で散策路を行く。



「わああ……!」

 ロードリック嬢が目を輝かせて感嘆の声を漏らす。清流の中に、プラムに似た白い花弁の花が咲いている。

「かわいい……! 素敵ー、こんな夢の世界みたいな光景が本当にあるなんて……」

「うちの領地に咲く花は大体が小さいんだが、こういう可憐な咲き方を見せてくれるんだ」

 これらの野生の花は都の宮殿や貴族の邸宅の庭園にあるような豪奢な花とは違った清廉な魅力を見せてくれる。

 もちろん、庭園に咲く人の手が入った花もそれはそれで美しいが、私はこういう小さくも懸命に咲く領地の花が愛おしく思っていた。

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