ルームメイトと学校の授業について
僕は窓の外から入ってきた光で目が覚めた。
まだ慣れない寮の新しい部屋。
部屋の様子は静かだ。
僕はそっとベッドから起き出して、音を立てないように部屋の扉を開け、顔を洗いに部屋を出る。
この部屋には僕の他に二人ルームメイトがいるのだが、まだ寝ているようだった。
朝の澄んだ空気を吸い込む。
洗面所にはまだ誰もいない。
水道の蛇口を開ける。
手にかかる水が冷たい。
両手ですくって勢いよく顔にかけた。
はぁ、目が覚める。
「おう、おはよう。」
声に呼ばれて顔を上げるとルームメイトのレオ・ブレイズがいた。
レオは騎士学科でステラのクラスメートだ。
「おはよう、レオ。ごめん、起こしちゃった?」
「起こしちゃったって……、もう起きる時間だったからいいんだよ。タイムはまだ寝てたわ。今日午前の授業は共通だったな。後で一緒に行こうぜ。」
「そうだね。」
僕はタオルで濡れた顔を拭いた。
レオも隣で顔を洗いながら言う。
「しかしまだ慣れねーわ、共同生活。俺、年の離れた兄ちゃんがいてさ。でも俺が小さい頃にもう家を出てたから、広い部屋を俺が独り占めしてたんだよ。」
なんとなくわかる。
レオは同じ空間に僕らがいることを少し窮屈に感じているようなところがあった。
意外と繊細なのかもしれない。
「僕も、ずっと妹と同じ部屋だったけど、他に友達がいなかったから今の共同生活はまだ緊張してるよ。」
「同じ部屋? まあ兄妹ならそんなもんか。しかし、お前の妹のステラ、あの強さは本物だな。この間授業で模擬戦があったけど、俺、手も足も出なかったわ。」
「うん。ステラは本当に凄いんだよ。」
「俺も負けてらんねーよ。今から走ってくるわ!」
そう言うとレオはそのまま走っていってしまった。
学校の周りを回ってくるつもりだろう。
他の部屋の生徒たちも起き始めてきたので僕は部屋に戻った。
部屋に戻るとタイムも起きていた。
タイムは神官学科で、僕とレオが同じくらいの背丈なのに対してタイムはそれより頭一つ分くらい背が高い。
「おはよう、タイム。」
「おはよう、アスラ。早いね。」
「はは。レオは走りに行っちゃったよ。」
「元気だなあ。僕は朝が弱いからダメだよ。レオが帰ってきたら食堂行こうか。」
「うん。そうしよう。」
レオもタイムも良い奴だ。
彼らと同じ部屋でよかったと僕は思っている。
僕らは制服に着替えて食堂で朝食を済ませると、そのまま午前の授業が開かれる講堂に向かった。
「あれ、もう席空いてないか?」
「レオが帰ってくるの遅いからだよ。」
「あ、あそこ丁度三つ空いてるよ。」
僕らは講堂の真ん中あたりの席に座ることができた。
見渡すと、前の方の離れた席にステラがいた。
その隣にはあの魔法使い学科首席合格のファーもいる。
ステラとファーがルームメイトになったと聞いた時には何の巡り合わせかと僕は驚いた。
授業が始まるのを待つステラはファーと仲良さそうに話をしている。
まあ、ステラにももう友達が出来たみたいでよかった。
もう一人、ステラの隣にいるのはメイノ。
彼女もステラのルームメイトで神官学科の生徒だ。
初めて話した時に僕が持ったメイノの印象は、おっとりとした雰囲気の女の子というものだった。
ステラが僕に気付いたので、僕はステラに手を振った。
ステラも手を振り返してくれる。
隣のファーが僕を睨み付ける。
いや、ファーに手を振ったわけじゃないからね!
メイノも気付いて僕に手を振ってくれた。
メイノ、良い子だな。
魔法学校の共通授業は、実は僕らがずいぶん前にカミエラ先生に教えてもらっていた勉強とだいたい同じ内容をやっていた。
だから僕は今のところ授業の全てを理解していて、レオやタイムにわからないところを教えてあげることが出来ている。
これから難しくなるのかもしれないけれど僕はすっかり魔法学校の勉強に自信を持てていたのでそんなに心配はしていなかった。
問題は魔法使い学科の専門授業だが、それは逆に僕がレオやタイムから基礎を教えてもらっていた。
せめて入学試験で出る範囲までは覚えなければ授業についていくことはできない。
午前の授業が終わり、僕らは昼食のために大食堂に移動する。
大食堂はいつも全学年が同じ時間に集まってきているので人で溢れている。
そのため、昼食は中庭や教室などで食べる生徒も多い。
「あ、ステラ! 僕らも一緒にいいかな? ファーもメイノも、いい?」
僕は、大食堂のテーブルにいち早く着いていたステラたちを見つけて声をかけた。
「はい、大丈夫です。」
快くメイノが少し動いて僕らに席を空けてくれる。
「いいよ、アスラ。レオもタイムもどうぞ。」
「ありがとう、ステラ。」
僕たちも席についた。
僕は意識せずステラの前に座る。
横にはメイノ。
メイノの前、僕の斜め前にはファーだ。
反対側の僕の隣にレオとタイムも座った。
「何それ、おいしそうだね、ステラ? 日替わりランチ?」
僕は目の前のステラの食べている料理を見て聞いた。
「うん、おいしいよ。魚のソテー。今日は魚か肉か選べるの。ファーが食べてるのは肉料理の方。ファー、お肉の方はどう? ちょっと交換しない?」
「うん、いいわよ。このソースは酸味があって私の好きな味。ほら好きなところ取って。」
「ありがとう。それじゃ私はこれをファーにあげる。」
ステラとファーが仲良さそうに料理を分け合っていた。
美味しそうだな。
僕も料理が無くならないうちに取りに行かないと。
席を立つ前にチラリと見ると、メイノの皿はサラダが山盛りになっていた。
好きに料理を選べるコーナーからサラダだけ持ってきたのだろうか?
僕は荷物を席に置くとレオたちと一緒に料理を取りに向かった。
日替わりランチは栄養がバランス良く考えられていてそれで毎日違う料理なのだから僕はバカにできないと思う。
事実、これがこの大食堂の一番人気メニューだ。
売り切れてしまう時もよくある。
僕は無事に日替わりランチを手に入れて席に戻った。
「へへへ。大量だぜ。」
レオはメイノとは真逆に皿を肉料理でいっぱいにしていた……。
タイムはパンばかり取ってきたみたいだ。
タイムは小食のようだった。
どうしてこれで僕よりも背が高いのか不思議だ。
僕らはしばし談笑しながら食事をした。
僕とステラとレオが話を振り、メイノとタイムが応える。
ファーは目の前の肉料理に集中していることが多かったが話を振られれば無視はしなかった。
食事をし終えて少し休憩した後、ファーが立ち上がって言った。
「次の授業、教室遠いから私はそろそろ行くわね。」
「あ、そうだった。僕も行かなきゃ。」
午後は学科ごとの専門授業だ。
授業の時間の前に移動時間があるからもう時間がギリギリだ。
僕も慌てて食器を片付け、ファーの後を追う。
ファーは歩くのが速い。
僕はやっと追いつくことができた。
「ちょっと……! なんであなた、私の隣を歩くわけ?」
「いや、だって行くとこ同じだし。一緒に行こうよ。」
ファーはステラのルームメイトだし、クラスメートだし、僕はファーと仲良くしたいと思っていた。
ツンツンしているけど、ファーだってみんなと一緒の時は普通に話してくれる。
今だってそんなことを言いながら僕から逃げようとはしないし、歩幅を合わせてくれている。
ファーも根は良い子なんだと思う。
可愛いし。
第一印象がお互いあまり良くなかっただけだ。
それでもなんとなく話すきっかけもなく無言のまま歩いてしまって、僕らは教室に着いてしまった。