色鮮やかになる世界
僕——アスラは浮かれていた。
僕の隣には恋人になったファーがいつもいて、その存在感にクラクラする。
ファーの毛先の一本一本までもが僕には詳細に見えて、ファーのその肌が唇が眼がすべて僕だけに向かって輝きを放つ。
たわいもない話題でもファーの声が僕の脳を揺らし、ちょっとした動作のたびに届けられるファーの香りが僕を酔わせる。
ファーが僕の世界を一変させた。
僕の世界はファーで埋め尽くされたのだ。
僕が魔法学校に入って初めての冬が来ていた。
去年の今頃は魔法学校に入学することになるなんて夢にも思っていなかった。
双子の妹のステラが年明けにこの東の国イーストラの剣技大会で優勝して、魔法学校にスカウトされてから僕まで春からの入学が決まって、その後なぜか騎士じゃなくて魔法使いを目指すことになった。
校長先生のおかげで、今まで使えたこともなかった魔法も使えるようになった。
それどころか僕は前世の記憶を次第に夢に見るようになった。
僕の前世はこの世界の人間じゃない。
日本で生まれた賢斗という男の子だった。
僕は前世の夢を見るようになって、自分が別の世界からの転生者で、そして特別なスキルを持った人間だと知らされた。
……転生者なのは妹のステラも同じだった。
僕は今までステラが転生者であることを秘密にしていたことを知らなかった。
ステラは今まで誰にも言えなかったのだ。
でも今は僕とも秘密を共有できる。
本当はまだ僕は前世の記憶に混乱させられているけれど、それでも僕は少しでも僕がステラの力になれるようになれればと思っている。
僕ら二人は双子なんだから。
この魔法学校に入学できて一番良かったことはやっぱりファーと出会えたことだ。
初対面の印象は最悪になってしまったが、思えばその時からずっと僕はファーのことが気になっていたんだ。
ファーと仲直りして、仲良くなって、そして恋人になれた。
もうこれは絶対に運命だと思う。
もちろん、この魔法学校で出来た友達、レオやタイム、メイノと出会えたことだって掛け替えのないことだと思っているよ。
とにかく、去年の僕は家の中のことしか知らなかった。
それが家の外に連れ出されて急に世界が広がった。
今までの灰色がかった世界に急に色がついたような感じだったんだ。
魔法大会が終わってからあっという間に冬になり、冬期の期末試験も終わっていよいよ冬休みになる。
冬休みが終われば年が明けて新しい年が始まる。
なんか前世の記憶が蘇ってから改めて考えてみると変な感じなんだけど、この世界には前世の世界と同じような暦がある。
……つまり、この世界の、前世の世界からの影響は根深いということだと気付いた。
今のこの世界の人口の一割は前世の世界と同じ異世界から憑依術で連れて来られた憑依者になっているし、憑依術はもう何百年も続けられてきたことだ。
百年以上前に『ケヤキザカ』の曲が流行っていたという記録もある。
この異世界の技術や文化はこの世界と切り離せない。
この世界の人間はそれを本当の意味ではわかっていないと思う。
僕だって前世の記憶が戻るまではわかっていなかった。
きっと、それがわかっているのは異世界を知っている憑依者たちだけだろう。
だから、異世界解放同盟が言っていた異世界からの解放なんてものは絶対に無理なことだ。
この世界がこの世界でなくなってしまう。
いや、そんなことよりも……。
僕はずっとステラにいつ言おうかと考えていた。
魔法大会が終わって、ファーと恋人になったことをステラに言った時、ステラは最初呆気にとられていたけれど、ステラから聞けた次の言葉は祝福の言葉だった。
だから僕はステラが僕とファーが付き合うほど仲良くなったことを喜んでくれたと思った。
でもそれからステラと距離が出来ている気がする。
いや、それはステラのせいじゃない。
ステラは剣技大会の功績が認められて、騎士団の特別育成プログラムの参加者に選ばれたんだ。
普通はこれは三年生から選ばれるものだと言う。
だから本当に凄いことなんだ。
でもそれでステラは休みの日も騎士団の練習に参加することになってしまったし、寮もファーとメイノとは別の一人部屋に移ることになったらしい。
僕ら双子の恒例の食堂での報告会もずっと開催できてない。
僕にはステラにどうしても相談したいことがあったのに。
その日、僕とファーは授業の合間の休憩時間をお茶をしながら過ごしていた。
一年生の後期の授業からは学科共通の授業が減って学科別の授業が増えたので、こうやってファーと一緒にいる時間も大幅に増えた。
その代わり、騎士学科のレオや神官学科のタイムとも寮以外で顔を合わせることも減ってしまった。
当然、ステラとも全然会えない。
「ねえ、アスラ。最近ステラと会った?」
ファーが急にステラのことを話題にしたから僕は驚いた。
今僕がステラのことを考えていたことがわかったのかな?
奇跡みたいだ。
「いや、全然会えてないよ。偶然だね、丁度僕もステラに言いたいことがあってどう伝えようかと考えてたところだったんだ。」
「そう……。」
「ファー、どうしたの? 何か気になることでも?」
「ううん。ただちょっと、友達と会えなくて寂しいなと思っただけ。ステラが忙しいのはわかるんだけどね。」
ファーの持っていたコップの中の氷がカランと音を立てた。
そうか。
ファーは以前、この学校で出会ったステラとメイノが初めて仲良くなれた友達だったと言っていた。
それまであまり同年代の子と一緒に遊ぶことはなかったらしい。
ファーにとってもステラは特別な存在になっていたんだなと僕は思った。
「今度、ステラに時間を作ってもらおうよ。なんなら、久しぶりにレオやタイムやメイノも一緒にさ。」
「大丈夫かしら? 私のワガママで、ステラの邪魔にはなりたくないわ。」
友達なんだからステラにそんな遠慮をする必要ないのに。
ファーは人との距離感に不器用なところがあると僕は思っていた。
それが可愛いところではあるのだけれど。
「きっと、ステラだってファーに会えたら嬉しいと思うはずだよ。そのうち落ち着いたらまた前のようにみんなで遊べるようになるよ。」
「……そうよね。そうなったら嬉しい。ありがとう、アスラに聞いてもらえてよかったわ。」
「僕はいつだってファーの力になるよ。」
僕の手の甲にファーがそっと触れた。
僕はファーの眼を見る。
ファーは僕を笑って見つめ返してくれる。
こういう授業の合間の休憩時間でも、ファーと一緒にいる時間は僕の宝物だ。
僕はもっとずっと長くファーと一緒にいたいと願っていた。




