プロローグ そもそも僕は落ちこぼれである
この世界には魔法がある。
それだけじゃなくて、魔物もいるし、憑依術という魔法で、高度な文化と『カガク』を持った異世界から呼び寄せられた者たちもいる。
魔法、そして彼ら魔物や憑依者はこの世界を説明するのに欠かせない要素だ。
事実、僕の父は憑依者である。
ドラゴンの憑依者だった。
憑依術というのは異世界の人間の魂を魔物に憑依させる魔法だ。
ドラゴンに憑依させられた父は憑依者となり、そしてドラゴンの力を失うのと引き換えに母と結婚してこの世界の人間になった。
つまり僕はドラゴンと人間の子ということになる。
この世界にはそういう人間は珍しくない。
憑依術の歴史は長く、憑依術は日常的に使われていて、今やこの世界の一割は憑依者であるからだ。
「アスラ! よそ見しない!」
僕は慌てて持っていた剣を構えて防御しようとしたが、妹の剣に為す術なく押し負けて吹き飛ばされた。
僕アスラは妹のステラと庭で剣術の稽古をしていたのだった。
「アスラ、バカね! 大丈夫!?」
僕を吹き飛ばしたステラが、僕に駆け寄って手を差し伸べる。
尻餅をついていた僕はステラの手を取ってようやく立ち上がった。
この魔法の世界で、僕は魔法ではなく剣の稽古に明け暮れている。
それは僕の家が代々王国に仕える騎士を輩出してきた名家だからであり、僕も当然騎士になるように期待されているからだった。
……しかし、僕には騎士の才能がない。
騎士の才能はすべて双子の妹のステラに持っていかれてしまったのだと思う。
十四歳。
同い年のステラはその歳ですでに向かうところ敵無しであり、元騎士だった母にも匹敵する実力を備えている。
この間も隣国で開かれた剣術大会で優勝していた。
ちなみに僕も同じ大会に出場したが一回戦で負けている。
「アスラ……、しっかりしてよ? 一緒に騎士学科に進学するんだからね?」
「ん……ああ……。」
僕はステラの問いかけに曖昧に返事をした。
ステラの緑色の瞳をまともに見れなかった。
ステラはその白い髪をかき上げる。
それはステラの無意識に行う癖だ。
父と母に似た黒髪である僕とは正反対で、ステラの髪は光るような綺麗な白である。
その腰まで伸びる白い髪は頭の後ろで束ねられていて、ステラが動くたびに尻尾のように踊る。
このステラの細身の身体のどこに僕を吹き飛ばすほどの力が秘められているのだろうか?
「正直、魔法学校に入学するなんてちょっと自信ないんだよ。やっぱり僕はステラとは違うから。」
「バカ! 今さら何言ってるの? もう私はアスラと一緒じゃなきゃ嫌だって言っちゃったんだから。それに騎士にならなかったらアスラはいったい何になるつもりなの?」
「いや、まあそうなんだけど。」
隣国の東の国イーストラ。
その魔法学校の騎士学科からスカウトを受けたのは剣術大会で優勝したステラだけである。
しかしステラはその魔法学校に対して、双子の僕と一緒でなければ入学しないと答えたのだった。
そのため、本来なら実力不足である僕も特別に騎士学科に入学することを許された……。
いや、正確には入学することを勝手に決められた。
僕にとっては青天の霹靂であり、騎士の才能がないことを自覚して半ば諦めていた僕は今、ステラに毎日しごかれている。
最初その話を聞いた時はそんな理不尽があるだろうかと僕はステラに詰め寄った。
僕はステラとは違う。
騎士にはステラだけがなればいい。
それでみんなは納得する。
僕は家を出て別のことをすればいいんだ。
本当は今もまだ少しそう思っている。
それでもステラは頑張ろうと僕に言った。
魔法学校に入れば何か変わるかもしれないと。
考えてみれば僕とステラはずっとこの家で育って、外の学校には通っていなかった。
騎士の稽古は祖父と母に、勉強はずっと家庭教師のカミエラ先生に教えてもらってきた。
だから、もしかしたら家での騎士の稽古が僕に合っていなかっただけで、学校に通えば僕でもちゃんと格好が付くようになるのではないかと期待しているというのだ。
僕はステラの提案に乗ることにした。
さすがに剣術大会一回戦負けが、優勝者の兄である自分の実力だというのは格好悪くて自分でも信じたくない。
結局僕もまだ諦めきれていなかったのだ。
「アスラさん、ステラさん。そろそろ授業を始めますよ。」
カミエラ先生が大きなお腹を抱えながら僕らを呼んだ。
カミエラ先生はもうすぐ産休に入ることになっている。
出産予定はちょうど僕らが魔法学校に入学する頃らしい。
「はい! すぐ行きます!」
小さいころから僕らの勉強を見てくれていたカミエラ先生には感謝している。
僕らに東の国の剣術大会への出場を薦めてくれたのもカミエラ先生だった。
先生は東の国の出身だったので、伝手があるのだと言っていた。
「お腹だいぶ大きくなりましたね。」
「ふふふ、もういつ生まれても不思議じゃないそうです。……ごめんなさいね、本当は一人前になるまで勉強を見てあげたかったのですけど。でも魔法学校への入学が決まって良かったです。」
「全てカミエラ先生のおかげです。ね、アスラ!」
ステラが白い長い髪を踊らせてカミエラ先生の後を跳ねるように歩く。
ステラはまったく息が切れていない。
対して僕はヘトヘトである。
「あ、そうだ。カミエラ先生。来週、ディナーに招待したいのですけれど、ご都合いかがですか?」
「まあ、本当に? 嬉しいです。楽しみにしていますね。」
僕らの提案にカミエラ先生は二つ返事で了承してくれた。
「やったね、アスラ! 私たちも楽しみにしています!」
実は僕とステラはカミエラ先生のためにケーキを作って贈ろうと相談していたのだ。
もうすぐお別れになってしまう大好きなカミエラ先生に。
時間は全然待ってくれない。
カミエラ先生とのこの掛け替えのない日は過ぎていくし、約束のディナーの日がやってきて、僕とステラは十五歳になり、そうしたらもうあっという間に僕らの旅立ちの日になってしまう。
そういうわけなので、僕が魔法学校に入学することは決まっていて動かせない。
僕はこの道を無我夢中で進むしかないのだ。
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