『魔王と呼ばれても』
カニバリズムあり。
『会員制肉料理専門店』の続編
『謝肉祭』を読んでからもあり。
家畜による地球環境汚染が問題視される中、エンバイロメンタルヴィーガンに掌握された国連は、国連加盟国に対し、牛・豚・家禽等の段階的に飼育数削減及び廃止を盛り込んだ『家畜家禽飼育禁止協定』を制定した。
これに各国の食肉取扱関係者や畜産関係者は猛反発するも、各国の首脳部は国連の決定に消極的にではあるが賛同し畜産業をゆっくりと縮小していった。
世界的に食肉業界が縮小していくなか、劇的な反応を起こした国があった。……日本である。
食にこだわる日本、特にとある肉に執着する者達が激怒したのである。
彼らは全員が、ある『会員制肉料理専門店』の会員であった。その店は提供される肉の特殊性から予約が取りにくく、会員数に対して一日にさばける客数が余りにも少なかった。ゆえにこの店の常連たる紳士淑女たちは普段は牛肉・豚肉を存分に食らう事で我慢しており、代替肉や昆虫食などでは到底満たされるような者たちでは無かった。
その店の会員たちは全員が日本国内の政財界に強い影響力を持つ者、もしくはその立場にいるものであり、行動に移すや否や近くあった国会議員選挙で衆参両議院の議席の七割以上を獲得。店の常連の、台間 蔵人氏を一二九代目内閣総理大臣に就任させた。
台間総理大臣は就任後すぐに、現在飼育されてある牛豚家禽をすべて食肉として順次流通させる決定と新たに家畜を飼育することを禁じた。その代わりに環境負荷の少ない食用新生物の開発を進めることを発表した。
発表後、半年も経たずに食用新生物は御披露目となった。食用生命体『Edible Life Form』の頭文字とファンタジーの物語でよく知られる特徴的な見た目から『E.L.F』と名付けられた。
『E.L.F』はベースとなったヒト種と見分けが付きやすいように両耳が細長くなるようにDNAデザインされた。また、少ない飼料で早く成長するように調整した結果、ヒトの一日に必須カロリーの約三分の一の食事量で済み生後十二ヶ月~十四ヶ月で繁殖可能な成体となる。しかし、早く成体になる代わりに寿命は十から十五年と短くなった。
この食用生命体『E.L.F』が異常なスピードで御披露目となったため、その裏側を探る者や単純に生命倫理やエルフ肉への忌避感から、デモや抗議行動をしようとした発起人が行方不明になる事件が続出した。
これにより『エルフを否定すると国に消される』と言う噂は、あっというまに広がり日本国中に認知された。台間政権に対する恐怖と、まだ少数しか生産されていない『エルフ肉』の販売予定価格が庶民に到底手が届かない金額であることも重なり、ほとんどの国民は肉を食べることを諦めることにした。
そのような国民に対して台間政権は『菜食控除』を導入。菜食の度合いにより減税される法案を可決し、内閣支持率を上昇させた。
海外各国からの批判非難は絶えず。『日本は悪魔の国』『台間は魔王』と、毎日海外メディアは報道し続けたが、日本政府は全く反応を見せず一切無視を決め込んだ。
徐々に日本国内で『E.L.F』の生産を増やしていく中、裏社会で最も有名なレストラン『謝肉祭』の総料理長である伴悔 唯の発案により、日本人のDNAから誕生した『E.L.F』の他に二品種を産出する計画も決まっている。
白人種をベースにし脂の乗りが良く、霜降り肉にしやすいようにデザインされた『白エルフ』と、黒人種をベースにし赤身の弾力と血の旨味が強い『黒エルフ』の品種改良計画が進行中である。
近年のうちに『エルフ』『白エルフ』『黒エルフ』の中から好みの肉質を選んで食べられる様になる予定だ。
「お待ちしておりました。台間様……いえ台間総理」
「くはは、どちらでもよいぞ? なんなら魔王でも構わぬ、割りと気に入っておる」
「では、魔王様と……」
「くははははは!」「ふふふふ」
『人肉料理専門店 謝肉祭』の支配人瀬刃と常連である台間は、他愛のない会話で笑い合う。
「ふぅ……して、そちらの顔色の悪い娘はなんだね? 新しい従業員か?」
「はい。雇ったと言うよりは身柄を預かっているかたちです。江栗君、ご挨拶を」
「……ひぅ。……江栗ひとみです」
名前しか言えずに小刻みに震え出す小柄な少女。台間はこの店の従業員にしては若すぎるのが気になり、ひとみと名乗った少女を改めて見た。
少女が視線から手を隠すようにしているのが気になり、台間はぐいっと少女の左腕を掴み、眼前に引っ張りだした。
「む? 怪我をしておるのか?」
「っ!…………!」
包帯でぐるぐる巻きにされている左手を見て不思議そうに呟く。ひとみは、やや乱暴に引っ張られたために強まった痛みに、悲鳴をあげないように唇を噛み堪える。
「シェフに小指を喰い千切られたみたいです。食材に手をつけたお仕置きと聞いております」
「……は? シェフはそんなに機嫌が悪かったのかね?」
「いえ、普段のシェフならば即、腑分けなので……。逆に非常に機嫌が良いために『小指』だけで済んだのかと」
男二人の会話を聞き、より恐怖を感じてガタガタと震える少女をよそにしたまま話しは進んでいく。
「半月ほど前に死刑執行が執行されたことになった『伴悔 真理亜』さん。真理亜さんはシェフの実母です。親子で暮らしはじめてから、ずいぶんと唯シェフは丸くなりましたよ?」
「いや、丸くなってそれかね……」
「……ひぅ、ぃゃ……。た、たべないでぇ…………」
伴悔 真理亜は、娘唯を妊娠中に死産確定の診断を受けた。その後、ありとあらゆる、ある思想に染まり、夫とその両親および近隣の幼児を最低でも三名を殺害した上、報道される事がなかった遺体損壊を行った死刑囚である。
また、その娘である伴悔 唯は、実母である真理亜を知らずに養護施設で育ち、独力で有名ガイド1つ星レストランのオーナーシェフとして実力を奮いっていた。繁盛店として奮う矢先、ゲスなジャーナリストに実母『真理亜死刑囚』との血縁を脅迫のネタにされ、本人の思わぬ形で血と肉の味に覚醒した人である。
「今宵は、国際的に矢面に立っていただいた台間様に御礼申し上げ、感極まった伴悔唯シェフが全身全霊を込めた『E.L.F』料理を堪能してください! 当然、天然物もご用意しております! 御賞味あれ!!」
狂宴者
台間さま 『会員制肉料理専門店』 くは!
瀬波 『会員制肉料理専門店』支配人
江栗ひとみ『本当に飴?』のひとみちゃん
伴悔真理亜『ママ』『ママですもの』『覚醒』
伴悔 唯 『覚醒』『会員制肉料理専門店』
(土屋 唯)