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目標:人間になる

作者: 星野紗奈

こんにちは、星野紗奈です♪


以前「美容室」をテーマに書いた小説を、ここに置いていくことにします。

短編の縛りがあるとはいえ、このタイトルを付けたいがために書き始めたので、物語自体がぼんやりしすぎて未熟だなと自覚はしております(笑)

職業ものが苦手なのもあるので、いつかもっと深いちゃんとしたやつ書いてみたいな……。


なんでもばっちこい!という方は、このまま進んでお楽しみください!↓

 その日、この美容室を訪れたのは、一人の愛らしい少女だった。レンズの大きい眼鏡をかけた彼女は、背中の真ん中くらいまで伸びたしなやかな黒髪が印象的な、清楚系女子とでも表現すべきだろうか。小さく揺れるスカートやかわいらしい音を鳴らすショートブーツを見るに、彼女は小動物のような愛らしさも備えているようだ。受付を終えて椅子に座り待つ少女は、どこか不思議な雰囲気を帯びている、ような気がした。最も、それが何かは僕にはわからなかったが。

 彼女の担当となった僕は、文庫本を読み進めている彼女のもとへ軽い足取りで向かった。

「片瀬悠月さんですね、こちらへどうぞ」

 名前を呼ぶと、彼女はいそいそと本をカバンにしまって、ゆるりと笑みを浮かべた。席まで案内する際にも小走りについてきたものだから、「いかにも女の子だ」なんていうありきたりな感想が浮かぶ。

 着席した彼女を確認し、席を少し回転させ、鏡と向かい合う。これから彼女をかわいく変身させる手伝いができるのだと思うと、僕は柄でもなくわくわくした。

「初めまして、ですよね。僕は来栖昭と申します。よろしくお願いします」

 そう挨拶すれば、彼女は控えめに頭を下げた。声に出して返事をしないあたり、引っ込み思案で恥ずかしがりやな性格なのだろうか。そんなことを考えながら、僕は話を続ける。

「本日はどのようにいたしましょう? 何か、イメージとかありますかね」

 すると、彼女は僕の問いに対して想像もつかないような答えを返してきた。

「私、『人間』になりたいんです」

 僕は思わず唖然とした。混乱して、目の前に座っている彼女はもしかして宇宙人なのだろうかと疑い始めるまでに考えが飛躍した。彼女のトンデモ発言から一言も声を発さない僕に気がついたのか、彼女は慌てて説明を付け加えた。

「えっと、表現するのが難しいんですけど。男らしくとか、女っぽくとか、そういうのじゃなくて。『人間』になりたいんです」

 が、彼女の説明は僕をますます混乱に追い込んだ。僕の思考はまさしく混沌と称すべき状態になってしまった。今度は「ええ」とか「ああ」とか、なんとかそんな言葉を発したものの、彼女はやはりといったように眉尻を下げて鏡越しに僕と目を合わせた。

「……やっぱり、無理ですかね」

 彼女はしばらくの沈黙の後、申し訳なさそうに眉尻を下げ、悲しそうに言葉を漏らした。ああ、もしかしたら彼女は今までこうした要望を無茶なものだと決めつけられ、受け入れてもらえなかったのかもしれない、と僕は考えた。いやしかし、この姿を見て「無理だ」と言える非情な男が一体この世のどこにいるというのだろうか。

「……とりあえず、詳しいお話を聞かせていただいても?」

 僕がそう返事をすると、彼女の瞳に輝きが少し取り戻された。そうして、彼女は小説を朗読するかのように、彼女の頭の中にある「なりたい自分」の姿を語り出した。

「私、今までずっと周りに流されてきて、全然自分のことを自分で決めてこなかったんです。身に着けるものとか、習い事とか、進路とか。振り返ってみたら、ほぼ全部誰かに言われてやっていただけだったなって、最近気がついて。そうしたらなんか、私は今のままじゃお人形なんだなって思えてきちゃって」

 彼女の目は少しうるんでいて、声も震えている。それでも彼女は決して俯かず、言葉を止めない。鏡越しに目に入るそんな姿に、僕は一種の憧れにも近い感情を抱いた。

「だから、まずはお人形を卒業しようと思って、そう思ってここに来ました。髪を切って、いつでもなりたい自分になれる自分になりたいんです。それで私、今日初めて自分で予約取って、一人で美容室に来ました」

 まっすぐ見据えられた瞳には、鋭い熱がこもっている。僕はそんな視線に射抜かれて、久しく忘れていた興奮が胸の内にずくずくとよみがえるのを感じた。それと同時に、僕はもう引き返せないと理解し、息をのんだ。

「わかりました。僕に、あなたが『人間』になる魔法をかけさせてください」

 僕がそう言うと、彼女はさぞ嬉しそうにゆるりと微笑んだ。僕はその笑顔だけで、大した根拠もなく有能な魔法使いになれるような気がした。

「では、一緒に具体的な髪形を考えていきましょう。普段のヘアアレンジはどんな感じですか?」

 さっそく質問を投げかけてみると、彼女は先ほどまでの言葉の勢いを恥ずかしく思ったのか、少し声のトーンを落ち着かせて話し始めた。

「あ、えっと。普段は、そうですね、ハーフアップとかサイドの三つ編みとか……自分で言うのはおかしいかもしれませんが、真面目なキャラで通っているので、あまり派手で凝ったことはしないです。運動するときは邪魔なので、だいたいポニーテールにしてますかね。無意識的に常に比較的平凡な髪形にしていたかもしれません」

「なるほど。『いつでもなりたい自分になれる自分』とのことですが、具体的にはどんな時にそう思います?」

「例えば、ちょっと大げさな言い方かもしれませんけど、女の子同士で集まっているときにはとびきりかわいくなりたいし、大人の前では頼りがいがあるしっかり者だって思われたい……あと、体育の授業とかで男の子と運動するときはそれなりに本気出して練習してみたいかなぁ」

「愛らしくも凛々しく、可愛らしくも勇ましく、ってところですかね」

 自分なりにかみ砕いて紡いだ僕の言葉に対し、彼女は「多分、そんな感じです」と小さく呟きながら、こくこくと頷いた。

「別にLGBT的な感じではないと、自分では思っているんですけど。やっぱり『こんな時男の子みたいだったら思い切りとか勇気がついてくるかもな』と思うことがよくあって。髪型でそこを変えられれば、私自身が変われるんじゃないかなって、ちょっと期待してます」

 嬉しそうに口角をあげた彼女を見て、僕は絶対に彼女の要望を叶えてみせるぞとやる気に満ちてきた。普段だったら抽象的で面倒な注文だと思いそうなものだが、そういう方向に思考が向かわないのは、相手が彼女だからだろうか。

「あとは何かありますか?」

「いえ、何も」

 彼女はすっと前の鏡を見据えて、そう答えた。背筋はピンと伸びており、顎を引いた姿勢は彼女の一部であるつつましさを体現している。そんな彼女が発したのはたった一言なのに、その返答の中に美容師である僕への絶対的信頼とも表現できるようなものが見えた気さえした。

「では、始めていきますね」

 美容室を訪れた一人の少女に感化されて、妙な高ぶりを感じながら、彼女にそう声をかけた。これは同時に、僕自身に入れた活でもあった。そうして手になじんだはさみをひとなでし、僕は準備に取り掛かった。


 カットの間は、僕と彼女は大した会話を交わさなかった。新たに得た情報をあげるとするならば、彼女は今高校三年生であること、意外と面倒くさがりだということくらいだろうか。

 というのも、僕はいつも以上に真剣だったのだ。サービス精神を疎かにしていたわけではないが、事前の話し合いで彼女のことはある程度は理解していたつもりだったから、言葉を発する必要性を感じなかった。いうなれば、会って数十分の彼女に対し、以心伝心、あるいは阿吽の呼吸のようなものを感じ取ったのである。

 他の客にシャンプーをしている音、美容師が準備する器具の音、受付のスタッフの足音、美容室のすぐそばの道路を走る車のエンジン音。言葉のない時間にそういった数々の音たちが刻まれていく。そうして作り上げた空間は、非常に心地よいものだった。


「……こんな感じで、どうでしょう」

 静かに手を下した僕は、しっかりと息を吸い込んでから、そう声を発した。指先がかすかにふるえているのが自分でもわかる。所謂武者震いというやつだろうか。

 彼女は伏せていた視線をそっとあげた。そうしてあの熱い視線を鏡の向こうの自分自身へ向ける。果たして、僕は彼女を『人間』にできたのだろうか。僕もつられて鏡の向こうの彼女に目をやった。すると、彼女はゆっくりと目を見開き、そのままじっと鏡を見つめていた。

 背中の真ん中あたりまで伸びていた黒髪は、大胆なカットの結果ベリーショートに収まった。毛先は軽く外ハネにセットしてある。くしゃりと笑えば愛らしく、伏目だとセクシーな印象を与えるようにしたつもりだ。やわらかめにセットした髪は可愛らしさを演出しているが、一方で外ハネがやんちゃさも兼ね備えている。後姿は敏腕女社長のような凛々しさを醸し出しつつ、無邪気に主人を受け入れてくれる子犬のあたたかさも思わせる。

 彼女はたぶん、今まで出会ってきた誰もが知り切れなかったほどに、感情とか、趣向とか、そういうものが豊かだったのだと僕は思う。彼女のいう『人間』とは、一つの枠に収めきれないような、そういうものだったのではないか。そうしてこれが、僕が考えた『人間』の姿だった。

 しかし、依然として彼女からの返事はない。もしかして、これは失敗だったのだろうか。僕の『人間』に対する解釈は間違っていたのだろうか。急に背筋が冷え切って、自分が行ったカットに自信がなくなる。心なしか、手の震えもひどくなった気がする。唐突に興奮が冷めて我に返った僕は、怖くなってもう一度彼女に言葉をかけた。

「……いかがでしょう」

 僕の言葉で目が覚めたかのように、彼女ははっと息を呑み込み、あわあわと手を動かし始めた。

「あ、えっと、ごめんなさい。何も言わなくて。嫌とかじゃなくて、なんていうか、びっくりしちゃったんです」

「ああ、髪、短くなったから」

 僕がなるほどというようにつぶやくと、彼女は再びわたわたと手を動かした。

「ええと、違うんです、そうじゃなくて。……こんなに私の事わかって、というかわかろうとしてもらえたのが、初めてで。うれしかったんです」

 そうして笑った彼女の雰囲気は、初めの可愛らしいという印象から大きく変わっていた。なんという表現がしっくりくるか、非常に難しいところではあるが、僕は「生きている」と言いたい気分だった。

 そこからの展開は早いもので、僕は他の客の時と変わらず軽く片づけをし、彼女は受付で支払いを済ませる。カットを終えるまでの時間が濃密すぎて、ずいぶんあっさりと映画のエンディングにたどり着いたような気持ちではあるが、そこには何の不満もなかった。むしろ、僕は達成感に満ち満ちていた。

 彼女はドアに手を掛ける直前、くるりとこちらを振り向いた。スカートがふわりと風を起こし、ぱちんと目線がかち合う。すると、それを確認したかのように、彼女はまっすぐな瞳で微笑んだ。

「本当に、ありがとうございました!」

 ドアベルがカランコロンと音を鳴らし、彼女の姿が遠ざかっていく。ショートブーツが鳴らす軽快な音は、彼女の足跡をそこに刻んでいるようだった。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました(^^♪

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