種があるならあとは芽生えて咲くだけの
リーリアと婚約者……恋愛対象として向きあうことを決めた結果。
「俺、鈍いのかな? どころじゃねえ……っ‼」
自室にて机の上で頭を抱えて猛自省。
いやもうマジ、あんだけ好意向けてもらっておいてまったく気づかなかったって、俺バカなの? アホなの? クズなの?
リーリアとオレは婚約者同士……つまり恋人同然。よし、恋人、恋人。恋人として見る。……恋人として……見る……?
え。それどうやって? というかどんな感じで見ればいいんだ?
なんてアホ丸出しに考えていたすこし前の俺、マジでアホだった。
「ごきげんよう、ファル様。今日もお会いできてうれしいですわ」
もうまずこれ。いままでかわいらしいとは思えど、さらっと交わしていた挨拶に添えられた笑顔が、なんかやたらとキラっキラして見えるという現象。思わずフリーズ。のち頭を振り、目頭を揉み、再度目にしたリーリアは不思議そうに小首を傾げて俺を案じてくれた。情けない。
隣を歩くことくらいこれまでだっていくらでもしてきていたというのに、ちらりと見下ろせばうっすら頬を染めていたことにも気づいた。え、いやまさかいつもこうだった⁉ 俺これ気づいてなかったの⁉ アホなの⁉
いっそ俺のほうが赤面する暴挙。情けない。
いままでの日常と変わりないはずのことでさえこれなのだ。となれば。
「ファル様。今日はわたくしが昼食を用意しました。あ、もちろんこちらのシェフのかたには事前にはなしを通しておりますわ。ですから、その……お召し上がりいただけると、うれしいのですが」
ある日の昼、いつものようにうちに来ていたリーリアに言われ庭で食事をすることになった際、持参した食事をバスケットの中から自ら取り出しつつ、リーリアはこう言った。
「実は、わたくしもすこしだけ手伝わせていただいたのです。……はしたないと、思われますか?」
恥じらいながら頬を染めて、さらに瞳をわずか潤ませもして見上げてくるリーリアに、否以外でこたえられるヤツいたら見てみたいわっ。と、思わず叫ぶところだった。
「あ、いや、そんなことないよ。すごくうれしい」
…………皆まで言わないでくれ。おっそろしい破壊力だったんだ……。内心がどうであれ、リアルの俺が真っ赤になってしどろもどろになるなんて、そんなの当然としか言えないだろ……っ!
しかもリーリア、こんな情けないこたえしか返せない俺に、それはもううれしそうに満面の笑みを浮かべて……。
……あのときの食事の味を覚えてないあたり、マジで俺情けなさすぎて泣けてくる……。
とにかく。そういうこともちらちら挟み。最初のデートのときの約束もずっと継続されていた。
「ふふ。わたくし、ファル様の御髪にこうして触れられる時間が、とてもすきなのです。ですからどうかこれからも、この時間はわたくしにだけお与えくださいね」
いつだって上機嫌に俺の髪を弄るリーリアの細い指先の感覚に心臓が早鐘を打つようになったのは、割と早かった気がする。
「リーリア、これ、この間のデートの記念にと思って」
「まあ! かわいらしいイヤリング。しかもファル様の瞳の色の石がついているなんて……」
「リーリアと眺めて回った店のものなんだ。高価なものじゃないんだけど、思い出になるもののほうがいいかなって思って」
「うれしいです、すごく! あの、ファル様、よろしければつけてくださいませんか?」
「うぇっ⁉」
このときの俺の指の震えが尋常ではなく、おそろしく時間がかかってしまったことは、きっと言うまでもないだろう……。
それからもリーリアとは予定があえばデートもしたし、そうでなくともうちでは割と高い頻度で会っていた。
リーリアが勤勉でしっかりしていて、ものすごく気遣いに長けたやさしい子だというのはもともとわかっていたはずなんだが、そのひとつひとつに俺への好意が見えたのは、自惚れじゃないと思う。むしろマジ、なんでいままで気づかなかったんだレベルで、リーリアは隠していなかった。
もう、さ。ほら。ここまでくればわかるよな。
これほどまでに好意を向けられて、落ちないわけないだろ……っ‼
もともとひととしての好意は抱いていたわけだし、当然の帰結だったんだと思う。うん。
というか俺、いままでこの状況でリーリアを恋愛対象として見てなかったってなんなの。いっそ賢者なの?
前世は確かに百歳オーバーのおじいちゃんで、そのときの記憶もあるにはあるが、別にいまの俺の精神年齢がそのまま百歳オーバーってことはない。ちらちら前世のクセとか思考とか出てくることもあるが、それでもいまの俺を織りなす基本はやっぱりファーシルで、ファーシルとして生きてきた年齢分がいまの俺をつくっているのだ。
つまり…………俺、別に枯れてない。
というか、前世の記憶があるというのが、イコール前世の人間そのものを背負っているというわけになるわけでもない……すくなくとも俺にとってはそう断言できるわけで、実質俺はファーシル以外のなにものでもないわけだ。我ながら変に達観している部分があることは認めざるを得なくても、老成しているってのはちょっと無理がある。
だって俺、若いし。いや、事実若者が若いアピールするのもどうかとは思うけど。
とにかく。いままで恋愛云々が遠かったのはマジで忙しかったから以外のなにものでもなく、こうして腰を据えれば年相応にそういうものに右往左往するわけだ。
……ということで、回想やらなんやらから現実に戻る。
「うあー……。いやもうこれ、アレだろ。実はすでにとっくに落ちてました的なヤツ……」
頭を抱えていた両腕を下げ、机に突っ伏す。押しつけた頬が冷たさを覚えるあたり、顔の熱、相当なんだろうなって思った。
リーリアのこと、恋愛対象としてちゃんと見ようと決めた途端これって、俺チョロいんじゃあ……とも思うけど、よく考えてほしい。
この状況で落ちないヤツ、いないだろ。再掲。
なんかこの間のいまで、さほど時間も経っていない中、手のひらを返すようにすきですと伝えるのもどうなんだろうと思うけど、リーリアのはなしだともうすでに充分以上待たせてしまってるわけだし、ちゃんと伝えるのは早いに越したことないとも思う。
いやでもだからこそ、諸々挽回したいというか、男としてちょっとこう、カッコつけたいというか……。シチュエーションだけでもちょっと拘らせてほしいとは思ってしまうけど。見栄といわれても否定はしない。
というわけで。
からかわれること覚悟で、義父に領地視察の打診に行くか。
初デートのときとおなじ轍は踏まないぞとこころに決め、綿密かつ念入りに計画を練ることにする。準備大事。
きっとしあわせな夫婦になってみせる、と。意気込む俺は、無駄に容量のある脳をあれこれフル回転させるのだった。




